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間:一話

side:クロエ

 ガタン、ガタン、ガタゴト、ガタゴト。ガタン、ガタン――――――

 

 ――……ちょっと、居眠りでも、しようかな?


 子供の身の丈くらいの大きな車輪を回して、ガタガタと、絶えず揺れながら、黒くて荒い土の上を走り続ける馬車。

 そんな馬車の屋根の上に腰かけて、わたしは一つ、小さな欠伸をした。

 馬車の旅は慣れてる方だけど、道中の暇をつぶす方法は詳しくないっていうのが、わたしという人間。

 持て余した時間の潰し方なんて、寝ることくらいしか思いつかない、……思いつけないよ。

 だから、寝ることにした。

 宙にぷらーんと垂らしてた足を屋根の上に引き寄せて、わたしはゆっくりと背を倒す。

 車輪が穴を噛んで、小石を踏み越える時の振動が、これで背中に直接伝わってくるようになった。

 背中の翼をローブの中で少しだけ広げて、屋根にぴったりと貼り付けておく。

 これで、少しくらい微睡んだとしても私が馬車から振り落とされることは無い、かな?

 灰色に曇った空からは瞼を焦がすような太陽の光は落ちてこない。

 すごく、落ち着く。

 わたしの瞼は安らかな睡魔を受け入れて、重みを増していった。

 背中越しに聞こえて来る“車内”でのやり取りが耳を掠めていくけど、ダカダカと地面を叩く馬達の蹄の音やゴトンゴトンと喧しい馬車の唸りに紛れてどこか遠くに行ってしまう。

 本当なら、その会話は――中にいる二人がしている話は、もっと興味を持って聞いておくべき事柄なのかもしれないけど、


 ――……わたしは、そういうの・・・・・・得意じゃない。


 色々な人達の話を聞いて、その人達の人格を推し量ったり、知識を確かめたり、他の人達との関係性を鋭く見抜くようなこと。

 わたしは、得意じゃない。

 だから、やらない。

 今はただ、気持ちよく眠りたい。

 

 ……………………………………………。

 夢を見た。

 白く冷たい石造りの廊下を、わたしは歩いてた。

 すっくと屹立する石の壁を見ても、どしりと居座る石の床に視線を落としても、彼方に佇む石の天井を見上げても、何一つ目に留まる物が無い。

 そこには、白を彩る小粋な模様も、寂しげな情景を慰める気の利いた調度品も見当たらなかった。

 ものすごく殺風景な建物だった。

 それが、私の歩む道だった。

 ゆっくり歩くわたしの足音が、窓さえ無い白い空間を満たす唯一の音源。

 その音も、わたしが足を止めた途端に、空間に吸い込まれたように消えた。

 胸を打つような静寂が訪れる。

 そして、色も音もない完璧なほど綺麗な静寂に包まれた私は――何故だか、無性に泣き出したくなった。




 わたしは、静かな場所が好き。

 人通りのない街角のベンチに座ったり、洞窟の壁に寄りかかって目を瞑ったりしてると、すごく落ち着く。

 そして、静かな時間も好き。

 ちょうど、布団から起き上がったばかりの微睡みみたいな一時が、私にとって一番、好きな、時間。

 ……でも、そんな私ではあるんだけど。

 本当に独りでいるのは、あんまり好きじゃない。

 私が好きな誰かには、ずっとそばに――いて、欲しい。

 

 人がいっぱいいるところ、皆が大声で騒いでいるようなところ、ごちゃごちゃと色々なものであふれかえっているところ。

 そんな場所は苦手。

 あんまりにもやかましすぎると思うから。

 そんな場所を歩いていると、私はだんだん頭が痛くなってきちゃう。

 小さな子供たちの無意味な大声が、耳にキンキン鳴り響く。共通の知り合いの話で盛り上がる道端の会議、そこで偶にどっと上がる笑い声は、いつも私の眉をしかめさせる。

 だからそんな場所は、足早にそそくさと通り過ぎるようにしている。

 背中ごしに、賑やかな声と声のかけ合いを感じながら。


 人の少ない森の中、余計な音や猥雑な景色が無い、地下水流が優しく流れる洞窟の中、カーテンが喧しい太陽の光を遮ってくれる家の中。

 そんなところは大好き。

 そこに座っているだけで心が安らいでくるように思えるから。

 野を駆ける動物も、川に棲む魚も、私の心の中をざわつかせたりしない。

 普通の人間なら足元の水溜りも見えないような暗い所なら、もっと、もっとほっとする。

 

 そして、わたしのそんな性格を一番良く知ってくれているのは、たぶん私のお兄ちゃん。

 町を歩くとき、お兄ちゃんは大抵私の横に来て音や景色を遮る壁になってくれる。

 街の喧騒に酔って千鳥足気味になった時は、そっと手を取って「大丈夫か? 本格的に辛くなってきたらすぐ言えよ」、って気遣ってくれる。

 何時からだったろう。黒マント装束で道行く人の目を引いてしまう私に気を遣って、私より目立てる派手なシルクハットを頭に載せるようになったんだっけ。 結果として余分な視線まで引っ張っていた気もするんだけど……、 少なくともわたしの方をジロジロと眺めて来る輩は減った気がする。


 お兄ちゃんには、ずっと頼りっぱなしだったと思う。

 わたしが着るものも、食べるものも、住む場所も、ちょっと前までお兄ちゃんが全部用意してくれた。わたしの仕事は料理と掃除とお金の管理、それと特に生活が乱れがちなお兄ちゃんの健康管理くらいだろうか。

 

 そんなお兄ちゃんのことも含めて、わたしが好きな人は今、何人かいる。

 口下手で、人の多い所は苦手な私だけど、わたしのことを好きになってくれそうな人には誠実に向き合いたいって思っているし、実際、たぶん、そうできていると思う――勿論、“お仕事”以外の場所で、だけど。

 それに、――ずっと昔のわたしは、まだあの町に住んでいた時のわたしは、本当に普通の、ただの女の子だった私は、たくさんの好きな人達がいた。

 そう。ちょうど今、わたしの足元でやいのやいの言い合っている二人みたいな気安いやり取りができる友達だって……わたしにもたくさん、いた・・

 

 

「ねえねえ、カオル。あの子、本当にこのまま連れてくつもり~?」

「……小声のつもりかもしれないが、たぶん“あいつ”には聞こえているぞ、ユムナ。まさか、今更異議有りとでも言うつもりか? それなら、こんな走行中の馬車の中でなく、旅支度を始めた時にでも言えば良かっただろう」

「あたしの気持ちの上でってことなら異議は無いし、別に、カオルが私の知らない所で誰かと親交を深めるのだってどうこう言うつもりも無いわよ~? それがあたしにとって微妙な間柄の相手だったとしても。でも、こういうのっていわゆる『呉越同舟』って奴じゃな~い?」

「対立する二陣営の手の者が行動を共にするのは良くないと言いたいのか? その考え方は頭が固すぎる。そして、今回に限って言えば、その呉越同舟は問題にならない。お前だって神託であいつと仲良くするなと言われている訳では無いだろう? 大丈夫だ、問題ない」

「どういう根拠があってそう言えるのよ~。――って、そういえばなんで神託の内容が分かるの?」

「神託の詳細は知らん。だが、それを告げる相手の考えはぼんやりとではあるが、見えてきたんでな。不完全にせよその内心を推し量れるくらいには――だからユムナ、細かいことは気にするな。……そうだな。お前は俺の傍にいればただそれだけで良い」

「その言葉に頷いたら、あたし、女としての何かを失っちゃう気がするんだけど……」


 ……ああ。


「……仲が、良いな」


 ……ん?

 今わたし、何か言ったっけ?

 目を覚ましたわたしは、いつの間にか濡れていた両の瞼を右手の甲で擦って、そっと息を吐いた。お兄ちゃんがこの場にいたら、温かい白湯でも差し出してくれていたかもしれない。

 気づくと、空が朱色に染まっていた。

 寝る前まではあれほどあった雲はどこかに消えて、夕日が照らす小さな雲と紅色に染まった山々が彼方に見える。

 それなりに長い間、寝ちゃってたみたいだ。

その割には余り疲れが取れていない気もするけど、安眠環境じゃあなかったんだから、仕方ないのかな。

 もう一度夢の旅に出かけるって選択肢もあったけど、瞼を閉じ直しても眠気がやって来る気配が無い。

 仕方なしに、放っておいても耳に入って来る下の二人の会話を聞き流すことにした。


「まあ、いいわ~。……それよりカオル、真剣な話があるの」

「……何だ?」

「そうカタくならないでいいわよ~? 実はあたし、アルケミの街で買い忘れちゃったものがあることに気づいたの。とても、大事なものを」

「買い忘れだと? それは有り得ない。今回の“お使い”のために必要な荷物は全部、俺が馬車に積載済みなのを確認して――っておい、ユムナ。なんだその“呆れてものも言えないわ”とでも言いたげな顔は」

「ふふん。カオル、人間が買うのは何も必要最低限な生活物資だけじゃないのよ? その様子だと、やっぱり用意してなさそうね。……あ、そうか~。カオルの出身地にはこういう文化がない可能性もあったわよね、うっかりしてたわ」

「――ああ、なるほど。お前の言っているものが何なのか分かった。“それ”なら俺も買ってはいないが、準備はできている。というより、何故お前がそれを買い忘れたんだ?」

「買い忘れたってのは方便。用意するものは決めてるんだけど、そのために貴方にちょ~っとだけ手伝って貰いたいな~ってね。……お願いできないかしら?」

「ああ、分かった。俺に出来ることなら何でもやってやる」


 下の二人は自己紹介の時、確か、お互いに相手に苦手意識がある者同士、なんてことを言っていたと思う。でも、両方とも、相手と仲良くなりたいと思って、そのために相手に歩み寄って、その結果が今の二人の姿だってことなら、何だかんだで二人の相性は、すごく、良かったんだろうな。


 バサバサ、ピュルルル


 ――?

 ふと聞こえてきた羽音が耳をくすぐったので目を開けると、渡り鳥の群れが夕暮れの空を舞っていた。

 空高く飛ぶ鳥達は羽を几帳面なくらい一直線に伸ばして、黒い十字架の形になって私の視界を左から右へと通過していく。

 ……今わたしが聞いたのは、あの鳥たちの羽音?

 でも、いくらわたしの耳が良いっていっても、あんな遠くの鳥の羽ばたきなんて聞こえない気がする。

 少し気になって首を捻ったけど、……まあ、いいかな。

 どうせ、そんなに大したことじゃないはずだから。


 前話投稿から期間が空いてしまって申し訳ありません。

 一応、今作の投稿復活でございます。

 今回から十数話は本編外の挿入章である「間章」ということにさせて頂きます。

 七章間話で片付けるべき事柄があまりにも多かったため、その分をただでさえ長くなった七章に突っ込むのではバランスが悪くなると感じ、このような形を取らせて頂きました。

 今章の主軸になるのは、クロエとノエルという、今作品では割合日陰の立ち位置になっている二人の少女に関するエピソードです。

 今話から始まる”間章”、読んで楽しんでいっていただければ幸いです。

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