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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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間話:占い師の見た「その日」(後)

 慌ただしく店を出て行ったエアリスと手を振って別れたルゥは、対外用の占い師装束を脱ぐのももどかしいとばかりにひらひらとした裾をたくし上げ、家の階段を急いで駆け上がっていった。

 二部屋しかない二階の部屋、その奥側の扉をばあん、と音を立てて開く。

 家具も少ない、物も少ない、けれど掃除の行き届いた綺麗な部屋がルゥの目に飛び込んで来た。

 今は職場である治療院で寝泊まり中であろう、彼女の占いの師匠の部屋だ。

 薬品関係の書籍、治癒方面の神聖魔法に関する書籍が数冊並んだ小さな木の本棚に、部屋中をキョロキョロと見まわしていたルゥの視線が吸い寄せられた。


「あった!」


 二段ある本棚の上段、その所蔵スペースのおよそ半分を占有する巨大な紫色の水晶球にルゥは手を伸ばした。

 人間の三歳児と同程度のずしりとした重みがルゥの腕に伝わる。

 

「うんしょ。おっと……っと、落とさないように、足を滑らせないように……危ないっ!?」


 自他ともに認める低身長、非力なルゥにとって、自分の頭と同程度の大きさの水晶をしたの階まで運ぶのは中々骨の折れる作業だった。

 階段を降りる最中、自身の長い裾を踏みつけそうになり、一瞬ひやりとする。

 それでも、今から自分がやろうとしていることのためには、簡易版の手のひら水晶ではなく、師匠が使うこの紫水晶がどうしても必要なのだ。


「ふぅ……、これでよし」


 この「占いの館」は客商売を始める以前から、ルゥの師匠の手で占いに最も適する構造に改造を施されている。占い道具を置くテーブルは、魔力伝導率を高めるために床下に描かれた結界の中心部に在していたし、占い手とその相手の精神を落ち着けるために炊くお香の効果を最大限にするために、排気窓や扉の位置は全て最適位置だ。

 占い師と相手が心地よくコミュニケーションを交わせるよう、明かりの配置にまで気が配られている。

 初めてこの家を訪れ、師匠の細やかな配慮と魔術的な計算が垣間見られるこの一階を見た時の興奮と感動を、ルゥは鮮明に記憶していた。

 そんな「占いの為に用意された場所」の中心に、ルゥは運んできた紫水晶を据えた。

 鎮座する紫水晶は、額の汗を拭いながらそれを覗き込むルゥの全身を丸々全て写し取っていた。


「……運命神アリアンロッド様、どうか私に導きを――」


 静かに椅子を引いて席に着いたルゥは、先ほどエアリスと向き合った時とはまた別種の緊張感に身を包まれながら、紫の水晶球に祈りの念と魔力を送った。

 この世界の水晶占いは、神官が行う「祈祷」の仕組みと若干似ている。

 「祈祷」が行った者の精神と神の精神を繋げる行為であるとすれば、占いはその道具と神の精神を繋げる技術だ。――もっとも、ただそれだけではないのだが。


 運命神アリアンロッドを国神とするこのノワール王国では、占い師という職業は他国と比して「胡散臭い」、「怪し気」というイメージは持たれていない。

 別に運命神に直接未来や運命を聞いているのではなく、占いたい事物を思い浮かべた上で神との「接続状況」を確認し、それを正当な方法で解釈しているだけなのだが、運命神に接続しているという事実自体が好印象なのだろう。

 

 注ぐべきものを注ぎ終えた若き占い師は、一般人半年分の生活費に匹敵するという紫水晶を瞬きもせずに見続けていた。

 

「――やっぱり見える。……不吉の形だ」


 そして露わになった占いの結果を見て、思わず天井を仰いだ。

 蜘蛛の巣一つない綺麗な部屋で、ルゥは自分の体が蟲だらけの沼地に沈み込んでいくような気色の悪い悪寒を覚え、体をぶるりと震わせた。

 高性能な水晶と魔力を通じて繋がったせいだろう。

 不吉の味や臭いとでもいうべきものを思い切り全霊で味わってしまったルゥは、体の活力を全て吸い取られてしまったかのように背もたれにだらんと力無く体を預けていた。

 

「……最近、町周辺の魔獣達の生態がおかしい。先生曰く、もしかしたら凶暴魔物の群れが大規模で動いているかもしれないって。もしくは、大きな自然災害の前兆かもって……」


 仲のいい友人達とは、「そんなことあるわけないでしょ。もしそうだとしてもこんな山奥の、防備も備蓄も整った街で気にするほどじゃない」――などと結論付け、休日の焦点巡りの話題にすぐにシフトしてしまったのだったか。

 しかし、自分の信頼する占いを通じてこの町の不吉を読み取った今のルゥにとって、それらの言葉は鼻で笑い飛ばせるような与太話ではなくなっている。

 

「でも、だからと言って私に何かできるかって言われても……正直、無理だろうね」


 近年こそそれなりの地位と信頼を得てきた占い師ではあるが、それも一般の平民に対してのものでしかない。

 権威ある神殿の祈祷者の言葉や、街を動かす役人の言葉ほどの力は、ルゥの呼びかけの言葉には宿らないのだ。

 貴族の出、豪商の娘などのバックボーンがあれば話は違うのかもしれないが、元々貴族の極端に少ないこの町で、ルゥが頼れる貴族の知り合いなど一人もいない。


「だから私にできるのは――せめて知り得る限りの人達にこのことを伝えること。そして、何が起きても動じない心構えを培っておくこと。うん、本当にそれだけだ」


 自分に言い聞かせるよう一人呟いたルゥは、両の膝に手を載せ、重い身体を無理やりに椅子から引き剥がした。

 両親や師匠には、足で職場まで出向いて伝えれば良い。彼らなら自分の言葉を信じ、何かしらの準備態勢を整えておくことだろう。

 そして何より、この町で一番多く自分の知り合いがいる場所に行かなければならない。


 ――ちょっと早いけど、学校に行こう。何が起きるのかは分からないけど、今日訪れる不吉な運命から、皆を守るきっかけを作らなきゃ。だって、小さなきっかけを与えて良い未来を導く手助けをするのが占い師の仕事なんだから。


 再度二階に上がり、手早く登校の準備を整えたルゥは、エアリスと同じ制服姿で階段をゆっくりと下ってきた。

 一階部屋に置いたままにすることにした紫水晶にぺこりと一礼し、扉に手をかけた。

 すっかり地平線上に顔を出した太陽の光が、家を出てきたばかりのルゥの顔をさっと照らし出した。少女の目がきゅうっと細まる。



 そして、一流の占い師を志す一人の少女の激動の一日が始まった。



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