間話:占い師の見た「その日」(前)
「何々……? 占い師の心得……第一条。見通セシ未来、決シテ騙ルコト無カレ。第二条。占ウ者ラノ本文ハ、占イシ者ラノ運命ヲ明ルク拓クコトニコソ有リ。……うひゃあ、それにしても達筆だね~。で、次は、っと……第三条――」
「わー! わー! 読み上げないで! お願いだから!」
「あ、戻ってきた。随分早いね」
「そりゃ、慌てて戻っても来るよ! その心得書き、引き出しの奥に閉まっておいた奴なのに! 何でエアリスが今、手に持ってるの!?」
「え? そりゃ、その引き出し開けたからに決まっているじゃん」
「何でそんな自慢げに胸逸らしながら言ってるの!? それ普通に窃盗だから! 犯罪だから! 私が憲兵に名乗り出たら、エアリス普通に捕まっちゃうから!」
「むう、随分けち臭いこと言いやがるのお」
「誰の真似!? てか、口元隠して意味深に笑うな! 犯罪者臭が三割増しなんですけど! あと、けち臭いとかそういう以前の問題だから!」
「はっはー、冗談よ、冗談。エアリスちゃんの小粋な冗談。殺し屋が八百屋の店長やってるみたいな微笑ましい話。きっと素敵な笑顔でお客に釣銭渡してるに違いないよね」
「全っ然! 微塵も微笑ましくないよ、そのたとえ話! あと、私の引き出し漁ったって事実は冗談では済まされないからね!?」
ケラケラと笑いながら手に持った紙をピラピラと舞わせているのは、学生服の少女、エアリス。
その手から自作の「心得書き」を取り返そうとピョンピョン飛び跳ねているのは、身長140cmほどの小さな女の子だった。
紫を基調とした、上質そうな布飾りがあしらわれたマントを身に纏っている。
しかし、本来なら齢15の女の子の身を綺麗に彩るはずのそのマントは今、舞い上がった埃を一身に受け止め、その色艶を失っていた。
二人の少女が狭い部屋をバタバタと駆け回ったことで巻き上がる、灰白色の砂塵と米粒以下の微小なゴミだ。
女二人で姦しいその小さな家が建っているのは、人通りのまばらな、けれども清掃は綺麗に行き届いた裏通りの一角。
客引き精神にあふれた看板の賑やかな表通りの角を曲がり、目をぎょろぎょろと動かす梟の鳥かごを釣る黒屋根の家を目印に、しばらく歩くこと数分の場所にある。
ただ道を歩いていたのでは見過ごしそうな、小さな一軒屋だ。
日に焼けて茶色がかった赤色をしている屋根に、子持ちの三人家族がそこそこ満足して暮らしていけそうな大きさの煉瓦造りの家。
一見すると普通の民家と見まごいかねないが、その家は、ここ数ヶ月の間に急速に知名度を上げている、とある者達が生活をしている場所だった。
朝日が昇ったばかりでまだ外は薄暗い。そんな時間帯に、朝の訪れを告げる鶏の役どころを奪いかない喧しい騒ぎ声がその家からは響き渡っていた。
「いやあ、本当にルゥちゃんは弄りがいがありますな~。普段、ミシルなんかには弄られ通しの私がここまで攻めに回れるとは……ふう、末恐ろしい才能、その片鱗を見させてもらったぜい」
「ああ、もう! あんまり好き勝手やるんなら、もう占ってあげないから!」
「え~、それが朝早くから合いに来たクラスメイトにかける言葉?」
「こんな言葉言わせてんのはどこのどいつじゃああああああああああああ!!」
ヒートアップしすぎた年若き占い師のルゥは、乙女の喉を壊しかねない悲痛な叫び声を放ち、目の前のエアリスをぽかぽかと殴り始めた。
だが、殴られている等の本人は飄々としたものだった。
猫獣人の血が1/8入っているというルゥの拳は軽く、大した痛みを覚えないのだ。
むしろ、顔を真っ赤にして「ふしゃ~!」と唸るルゥの姿を間近で見て、非常に和んでいた。
「まあまあ、ルゥちゃん。一旦落ち着こうよ。ほらほら、ゴロゴロゴロゴロ~」
「~~~~!? ~~//」
それでも流石にいつまでも彼女を怒らせ続けるのは良くないと判断したエアリスは、ついに必殺技を行使した。
ルゥの顎の下に手を伸ばし、熟練の手さばきで慰撫を繰り出したのだ。
さらに、ビクンと動きを止めたルゥの耳後ろ、腹、背中と手を伸ばし、所によって強く、ところによって弱く、丹念に撫でていく。
縦横無尽に這い回るエアリスの両手は、気の立った子猫の表情を蕩けさせていった。
「―――――――――――――――はふぅ」
数分の後、先ほどまであれほど喧しかった占いの館は、満足そうに目を閉じる小柄な占い師の女の子と、その子を膝にのせて椅子に腰かける、良い笑顔をした学生服の少女がいるのみになっていた。
「コホン。――で、エアリスは占い、好きなの?」
「好きか嫌いかで言ったら――興味がある。つまり、大好きっ!」
やがて、目を覚ましたルゥはエアリスを来客用の椅子に座らせ、咳払いの後、何事もなかったかのように占いの準備を整えていった。
先ほどまでの騒ぎの名残を感じさせない、静かな占いの場――それを形成しようと若干必死だ。
「あれ? エアリスは生の占いを見たことが無いんじゃ? 紹介者の大家からはそう聞いているんだけれど」
「見たことないから興味があるんじゃない!」
つい昨日、とある伝手で「噂の占い屋に開店前に特別に、しかも無料で占いをしてもらえる」という約束を取り付けたエアリスは、今日という日を実に楽しみにしていた。
その占い師の正体が自分のクラスメイトだと知れた時も、その期待が削がれることは無かった。
むしろ、不断机を並べて勉学に励む同級生の占い師コスチューム姿をしげしげと眺め、「……何これ、可愛い。うちの制服より可愛いんじゃ……?」などと呟きながらどこぞの専門家のようにあらゆる覚悟から知人の晴れ姿(?)を愛でるなど、さらなる興味対象を増やしてまでいた。
見るだけでは物足りず、とうとうペタペタと触りはじめ、ペラペラと色々な布部分を捲り上げる彼女の姿は、憲兵が見れば即しょっ引かれるレベルの怪しさを纏っていた。少なくとも、彼女の性別が男であれば、即お縄だったろう。
寝起きの目をしょぼつかせながらなんとか布団から這い出てきた出てきたルゥにとっては、朝から災難とはご愁傷様、といった具合だったが。
「興味ある――、ね。そういえばエアリスが良く一緒にいる、あのミシルって子のほうも、前にそんなことを言ってたっけ」
「そりゃ、私達は十数年来の友人だし。――ただまあ、あの子の興味対象はちょっと私にはついていけない領域にあるんだけどさ~」
「たしか軍事マニアなんだってね、あの子」
「うん。簡単な話なら私もついて行けるんだけど、……休日返上で軍の鍛錬場に行ってるあの子のレベルには追いつけないよ、さすがに」
先ほど占い着のレンタルを約束させられたルゥは、エアリスとの談笑に花を咲かせながらも、淀みない手際で占い道具を整えていく。水晶球をセットし、カードの欠けが無いかを手早くチェック、消耗品の鮮度の確認も忘れない。
現在この町で密かに流行り始めている「星座占い」。それを考案したのは何を隠そう、このルゥである。
彼女の師匠にあたる先代の占い師は、街の医療区での研究の傍ら、幼い頃実家で叩きこまれた占い師の技能を用いて、知人の運勢を占う程度の細々とした占い活動をしていた。
しかし、一家そろってこの町にやってきていた少女が、両親の紹介でその先代占い師に占術を実践してもらい、「私が進むべき道、これ以外無いよ! 私、絶対これやるから! 止めても無駄だからね!」と鼻息荒く言い出した辺りで、盛大に運命の歯が狂ったのだ。
「……正直、意外だね。エアリスなら喜んでついていきそうなもんだけど――って思ったけど、規律正しい軍人さん達とエアリスとじゃ相性悪いのか」
「うぐ……。否定できないのが痛いな~。これが日ごろの行いってやつなのか……」
「良くも悪くも目立ってるもんね、エアリス。遅刻はともかく――あ、そろそろ占いの準備整ったよ。遅刻回避のためにも、早く占い終わらせた方が良いよね?」
「そ~だね、お願い。私はともかくミシルまで待たせちゃってるし。う~、今頃時計塔前で足踏みしてそう」
「そこまで分かってて何でいつもいつも遅刻に巻き込むのか」
「い……いつもじゃないし。それに今日は道端で見つけたルゥちゃんを愛でてたって立派な言い訳がある! 問題なし!」
「いや、私、道端になんか――! ――って、危ない危ない。ふう、またエアリスに乗せられるところだった」
「おりょ、成長したね」
「こんな成長の仕方、望んでなかったけどね……」
ため息を吐いた占い師の少女は、エアリスのペースに巻き込まれない内にと、精神をいつもの占い師としてのモードに切り替えた。
何か言いたそう、聞きたそうにうずうずしているエアリスを右手の一振りで黙らせ、眼前に置いた水晶球に目を凝らす。
やがて、彼女の小さな両目の先で水晶球に像が結ばれていった。
何時になく明確な、はっきりとした像。
しかし、それを見たルゥは困惑に眉を顰めた。対面のエアリスもルゥの様子に首を捻る。
ルゥの困惑の原因は一つ。
エアリスの未来を見る前に練習も兼ねて行ったこの「街」の占い。
そこで、ひどく鮮明な「不幸」の運命を見つけてしまったからだ。