第百七十三話:<軍人剣士>
更新が滞ってしまい、申し訳ありませんでした。
次話にて長かった7章は終了、残った他の人物の話の処理とその後のための追加話を間話の形で挟んだ後に8章に入りたいと思います。
7章は6章とは別の意味で反省の多い章となりました。
7章補完、物語全体の補完を兼ねた間話を挟み、8章は万全の構えで書き進めていきたいと思います。
「見つけたぜぇ! ここで会ったが百年目、大人しく捕まって、“あいつ”に詫び入れろや!」
「……少しクールダウンしなさい。仇敵(?)を見つけてはしゃぐ気持ち、分からないでもないですが、急いては事を仕損じるという有名な――あ、ちょっと」
――見つかった! しかもよりによってこいつかい!?
目指す“ゴール”に向けて駆けていたユーノは、聞き覚えのある声を聞いて思わず舌打ちを漏らした。
声の聞こえた後方を振り返ると、成人男性の背丈大の長剣を背中に吊り下げた一人の兵士が、相棒のバンダナ男の制動を無視してこちらに突進してくるところだった。
その口元には歓喜の笑みを浮かべ、背中の長剣の柄に手をやっている。
先ほど、ユーノが戦った狐耳少女の安否をしきりに気遣っていたあの暑苦しい男だ。
訓練で鍛えあげたと思しき剣士の脚力を全開で使い、瞬く間にこちらへと追いすがって来る。
――結構速いなー。流石軍人、純粋な脚力みたいに基礎体力がものをいう能力は相当なもんだね、やっぱり。
とはいえ、見たところ剣士としての技量が化け物級にずば抜けている訳でもなさそうだ。
魔法、不意打ち、搦め手込みの実戦とあれば、対峙してもそうやすやすとは負けることは無いはずだった。
しかし、だからと言ってこの場で戦うのは下策だろう。
――あたしの姿を確認したのは、後ろのこいつとその相棒っぽい槍男、それとその後ろにどっしり構えてた糸目。今のあたしは“識別信号”は出してないけど、あたしが敵だってことを知られちゃえば関係ない。……追い詰められた、かなー?
背後の喚き声を聞き流しながら、ユーノは少しだけ心に焦りを抱いた。
自分が“ゴール”に向かう過程で、兵達に呼び止められることや、怪しまれてしょっ引かれる可能性は考慮していたつもりだった。
しかしこれほど早く、しかもこちらを完全に敵認識してる相手に見つかるとは、不運としか言いようがない。
今頃、男の仲間達は自分を絡めとる網を張るべく応援の招集に駆け回リ始めた頃だろうか。
悠長に戦っていたら、時間を浪費して包囲網の中に閉じ込められてしまう。
「――隙有りだっ!」
そんな具合に考え事をしていたのが良くなかったのだろうか。
或いは、装着する仮面の効力で焦燥や恐怖の感情を抑え込み過ぎていたせいだろうか。
「なっ――え!?」
前に踏み出そうとしていたユーノの右足が急に強い力で後方へと引っ張られた。
慌てて手を地について疾走の勢いを殺し、ユーノは体勢を立て直す。
ユーノの足を止めさせた原因は、大蛇のような太縄だった。
何時の間にか背後から放られ、右足に括りつけられた太い縄。
その縄の先を目で辿っていくと、「うっしゃあ!」と左拳を握りしめて獲物確保を喜ぶ追手の姿が目に入った。
手にした取り縄を男が引っ張り、ユーノはたまらずバランスを崩した。
「この――っ!」
地に転げればいいようにされるだけだ。
そう判断したユーノは地につけたのとは逆の手を男に向ける。
咄嗟に凝縮した魔力に切れ味鋭い風の刃のイメージを載せる。
風魔法はあまり得意な方ではないが、戦闘における緊急回避や牽制に重宝するこの魔法だけは実戦レベルにまで高めてあった。
常人離れした魔力量を遠慮なく振るい、鋭利な風の刃を一本、空中に浮かべる。
足を拘束する縄に狙いをつけ、即座に解放の弦を鳴らそうとした。
ちょうどその瞬間
――!!
首筋にゾクリとした悪寒を覚え、咄嗟に地に身を投げ出した。
ボシュリ!
地を転げて回避したユーノの立っていた辺りを、鋭い槍の一突きが貫いた。
新手の登場。
それを感知したユーノの行動は素早かった。
魔力の構成が乱れて形を歪めさせていた風刃を即座に“起爆”させる。
“切れ味の鋭さ”を最優先でイメージしていた風刃は、形を大きく崩していて尚、その力を存分に発揮した。
――ッ!
起爆と同時に振り上げた右足が、焼けるような痛みを訴える。
風刃の起爆地点にて縄ごと切り裂かれたユーノの右足に幾筋もの切り傷が生まれた。
幾本もの血の飛沫と共に、バラバラになった縄の残骸が粉状になって宙を舞う。
空中には少々太めの血の線も引かれることになったが、傷口の綺麗な切り傷など、一流剣士の活性化された生命力があれば即座に塞がる。
「あ、てめ、高かったんだぞ、この魔道具!」
「そんなことを言っている場合ですか。さっさと剣を抜きなさい」
高速縄を失った男から離れようとユーノは身を翻した。
しかし、その行く手を阻むように、もう一人の兵士が姿を現す。
先ほど槍の一突きを放ったバンダナ男が、槍の先端をユーノの鼻先に向けてきた。
相棒の不手際を咎めつつも、その目は油断なくユーノの全身を映している。
――ああ、もう! 面倒な事態になったなー。
ユーノの心中で焦りの炎がますます酷く燻り出した。
この世界の軍隊における「剣士」は、非剣士の軍人達とは全く異なった戦い方を要請され、それに見合った訓練を受ける。
具体的には、「数十人、数百人単位での同時連携行動」が、特に剣士団同士での戦いではほぼ不可能になる。
それは、剣士達の力量が一定でないことが原因だ。
剣士達は常人を遥かにしのぐ身体能力を持つが、その身体能力の高さ、質などは個々の才能であったり技能で会ったりに大きく左右される。
大規模戦闘では通常、「最も足の遅い友軍」に速度を合わせるのがセオリーだが、剣士達の戦いでそれをやってしまうと、足の速い一団に攻撃を仕掛けられた場合、必ず先手を取られてしまうことになる。
しかも、剣士の足の速さと戦闘力の高さは、往々にしてイコールではない。
足の速い剣士だけの部隊を作ったは良いが、戦闘技量の足りない兵が討たれ、その隙間に敵方の剣士が入ってくるようなことがあれば高速戦闘が信条の剣士達にとっては致命傷になりかねないのだ。
しかも、如何に防御力の高い剣士達と言えど、ひと塊になってしまっていては敵方から数十、数百と飛んでくる大規模魔法攻撃の的にされ、強引にねじ伏せられてしまう。
では、そんな剣士達が多くの友軍と肩を並べて戦うために編み出した布陣とは、どのようなものか。
「ああ、やってやろうぜ! お前がくりゃ、百人力だ。……にしても、よくこの場所に先回りできたな。壁やら家やら飛び越えて縦横無尽に走っていたぞ、俺達」
「この町は我々の庭です。それに、あなたの喧しい声は嫌でも耳に入ってきますから、位置特定には困りませんでしたよ」
「何だ? ま~た俺の声に文句つける気か?」
「朝練に励む貴方の大声で、いったいどれだけの兵が朝の安眠の一時を妨害されていると思ってるんですか? 私はもう慣れましたけど、そうじゃない人だっているんですから気を遣いなさい」
「お前のお小言のがよっぽど喧しいぜ? 俺にとっては、だけど。俺の場合、朝練も必死こいてやらんとこの隊に残り続けられんからな、気合入れるために声も出す」
敵の前でいきなり夫婦漫才のようなやり取りを始めた二人。
息の合ったそのやり取りを見れば、彼らが正にこの世界の本当の「軍人剣士」であることが見て取れる。
大きすぎる塊になることが非効率になる剣士達は、徹底的に無駄を省いた布陣を組む。
最低単位で2~3名、通常はその最低単位×3~5組からなる、およそ10名前後ほぼ同じ足の速さと実力の隊を複数作成し、それぞれの隊がかなりの自由裁量を与えられるのだ。
彼らと野良剣士の最大の違いは、数こそを武器にすること。
敵と相対する場合、乱戦の中で可能な限り多対一の状況を作り出し、確実に、速やかに敵を屠る能力を磨く。
だからこその小数隊であり、システマチックかつ臨機応変な連携を用いることで、高速戦闘の最中でも味方を傷つけることなく敵だけを倒していくことができるのだ。
一定以上の実力を備えた剣士隊に、非剣士の兵達がまともに打ち合う事は出来ないとされる。
ほぼ同程度の実力と規模の剣士部隊を備えた軍同士の戦では、スーパーボールのように跳ねまわるブロック崩しの玉をぶつけ合いながらその「ブロック」どうしの争いが終わるのを待つといった光景が戦場俯瞰となる。
剣士部隊で勝るが非剣士部隊で劣る軍の戦い方、どちらも劣るが強力な剣士隊を一つだけ備える軍の戦い方。
この世界の戦場では、独特の定石と奇策が存在し、独特の戦史が残っている。
マクロ視点を一旦外にやり、ミクロ視点に話を戻すとつまり、この世界の軍人剣士の本領は同じ隊に所属する仲間との連携にこそある。
そして今のユーノを挟み込む二人はまさに、そうした訓練を積んだ――それも、相当にレベルの高い相手のようだった。
「まあ、そちらは置いておきましょうか。……さて、そこの仮面の君。我々はアルケミの街防衛軍剣士隊、第一番隊です。我らが上官の一人娘にして、我々の大切な仲間――ノエルさんを傷つけた罪、購っていただきましょうか」
槍を構えたバンダナ男が、底冷えのする声でユーノを静かに威嚇してきた。
その向かいでは、投げ捨てた捕縛縄を残念そうな目で見やった男が、引き抜いた長剣――両手掴みの大剣に迫る程長い剣の柄頭に手を当て、ゆっくりと肩に構える。
突進と共に斬撃を放つのに長けた構えだ。
応じるユーノは、二人を視界に捉えたまま、ゆっくりと貰い物の長剣を前に構えた。
ユーノの勝利条件は逃走。
彼ら二人の勝利条件は捕縛、もしくは――状況からして、殺害まで許容される。
ユーノの町脱出、最後の障害は、かくして姿を現した。




