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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百七十一話:<愚か者の独白>

 一話にまとめきれず、結局二分割になってしまった……

 今章はそういった話が多すぎですね、すいません

 薫の独白は続く。

 独白の中で、薫は自分という人間を見つめ直していた。いや、見つめ直さぬ訳にはいかなくなっていた、

 ガラスケース内「竜崎薫」の模型を用意し、その細部までを丹念に眺め回しているような気分だ。

 そこそこハッタリの効いた己の全体像の出来に悲しい目を向け、細部のアンバランスな造形の一つ一つを見つけては苦笑し、息を吐く。

 成熟したように見えて、まるで未熟で幼いままの我が身を嘆くかのように。


「話は遡るが……、俺は紅と別れて神の使いユムナと一緒に旅を続けるようになったあたりから、酷い視野狭窄に陥っていた。――目が曇っていたと言い換えても良い」

「目が……曇ってた?」

「ああ。愚か者だったという事だ」


 そのことに、ようやく気づくことができた。

 日本の地では無しえなかったことを、はるか遠く、この異世界の地で。

 

 視野狭窄の原因は分かっている。

 この世界にやってきた薫が「それまで決して混ぜなかったものを混ぜてしまった」こと。

 意識せぬ間に混ぜてしまっていたそれらが、薫に思わぬ影響を与えていたのだ。

 

 日本にいた時、薫は「組織人として働くときの自分」と、「一般人としての自分」を明確に区別していたように思う。

 薫がASPという組織の立ち上げに携わった時から、そして紅がASPの同僚として入ってきた後も区別していたそれら。

 「組織人としての竜崎薫」そして、「一般人としての竜崎薫」。

 これらは共に、竜崎薫という一人の人間を構成する要素だった。そして水と油のように、決して混ざり合うことなく薫の中に混在していた。


 薫は幼くして異能者として覚醒している。

 能力者管理組織ASPという組織に身を置くことになったのも、恐ろしく若年――まだ男児と呼ばれるような、刑事裁判では発言の証拠能力すら認められないかもしれないような、そんな年代でのことだった。

 そんな小さな子供が、大人達が当たり前のように多く存在する世界に前触れもなく放り込まれた。

 そして薫は、目に見える誰かのためではなく、組織や社会といった目に見えない者のために働く立場を得た。

 しかし薫は当時まだ幼く、人生経験が浅いことに加え、それまで同年代の子供すらほとんどいない小さな村にて生活してしてきた少年だった。

 そんな少年が、いきなりそのようにふわふわとした、非日常的な生活をこなしていくのは無理があった。

 そして、そんな彼は、状況に対応するためにある手法を取ることにした。

 それが、自分にイメージできるがちがちの「組織人」を体現する存在の鋳型に自分を当て嵌めること。

 弱音を吐かず、不平を言わず、上の指示を遵守し、常に組織の利益を考えて行動する。

 本来の意味での組織人とは異なるが、薫の中では分かりやすい、能力を持って苦難を乗り越える、従事者としての自分になったのだ。

 それはあくまで幼い少年の考えた「理想の大人」でしかなかったのだが、とにかく薫は必死になって自身をその鋳型に落としこんだ。幸か不幸かそう言ったことに向いた『力』を持っていた薫は、それを見事にやり遂げる。

 かくして、薫は「組織人」としての自分を手に入れた。

 仕事以外で彼と接しない人間には、少々積極性に欠けるという点を覗けば欠点らしい欠点のない優秀な職員として評価されるようになる。

 そんな彼の一日は、都内のとあるビル出勤することから始まる。

 通学偽装のランドセルを打ち捨てて白衣に着替えると、巨大PCの前に腰を下ろして、大人数人がかりでこなす分量の仕事を一人で捌来始める。

 発明好きの奇天烈同僚の自慢話を右から左に聞き流し、将来はバリスタとして自分の店を持ちたいと夢見る10歳年上の後輩が入れてくれたコーヒーに角砂糖をぶち込みながら舌で味わいつつ、早く前線に行きたいよお~、とごねる8歳の少女に懇々と説得の言葉を重ねる毎日。

 さらに、時間を見つけては肉体派の異能者達との模擬戦も含めた、ハードな肉体鍛錬にも取り組んでいた。

 妹の居ない組織の中で、薫は「組織人」としての自分を貫き通していった。


 そしてその一方で、家では妹とのごく普通な家庭生活を営んでもいた。

 本当に大したことの無い、ごく普通の家庭生活だ。

 少々変わっていたのは、家族との触れ合いの記憶の殆どが妹とのそれになっていることくらいか。

 朝は妹と同じ食卓に並んで座り、妹の作った温かな朝食に舌鼓を打つ。

 ある日は、雨続きで溜まった洗濯物を、リビングで妹と二人並んでアイロンがけをしたりもしていた。

 大掃除でもないのにやたらと念入りに薫の部屋の掃除をしていった妹に、何故本棚の裏側から押し入れの布団下までジロジロと覗いていったのかを尋ね、赤い顔になった紅に可愛く睨まれたなんて経験を覚えている。

 風邪で寝込んだ妹の看病にお粥を用意したら、「お兄ちゃんは台所に立っちゃ駄目!」と理不尽に起こられたこともあった。

 そんな日常生活において、「組織人」としての自分は不要だった。

 素直に目の前の事象に心を揺らし、「何が効率的か」よりも「相手が――妹が求めているものが何か」を考え、その通り実践してやれば良い、心地よい環境だ。


 そうした区別は、それなりに上手くいっていた。

 少なくとも、ASPの業務に薫が支障をきたすことは無かったし、紅との日常は薫にとっても、紅にとっても心休まる時間だったと断言できる。


 しかしそこには、とある危険な因子が紛れ込んでいた。

それは、もし薫がその一生を生まれた小さな村で暮らすのであれば、大きな問題にはならなかったかもしれない因子。

 薫の「一般人としての自分」を構成する要素の殆どが、彼の妹の存在によって占められていたこと。

 言い換えるなら、薫の中にあった、あまりに大きすぎる紅への依存心。

 その因子がこの世界にて開花し、薫の大きな歪みとして成長していたのだ。


「つまり、俺は今まで、自分が真正の妹馬鹿だと気づかずにいたということだ」

「……は?」


 ASPにて紅が薫と「再会」を果たした時には、まだその歪みは発現していなかった。

 紅が、薫の助けを必要としないほどに、強かったためだ。

 彼女は、マシンガンが火を噴き、ロケットランチャーが持ち出され、戦車砲塔級の徹甲弾すら登場する戦場を無傷で生き抜くだけの力を持っていた。

 持ち前の面倒見の良さで同僚たちからの受けも良く、少なくとも仕事上、薫が身を案じる必要を感じさせなかった。

 兄に余計な心配をかけたくないという一心で強くなった紅は、薫以上の頻度で前線に立ち、兄を安心させようと試みていた。頭上に揺れるウサミミをASP印のキャップで隠しながら。

 時には薫すら立ち入れない有毒ガスに溢れるビルに単身突入、目的の「兵器」破壊を成功させて来るようなこともあった。

 そんな妹に対し、薫が「組織人」のまま相対することに、少なくとも仕事の上では何の問題も無かった。


 だが、薫の中のこうした不均衡の萌芽は確かに芽吹いていたのだ。

 そして日本を離れ、この世界にきてから、いっそう大きな爆弾として育っていった。

 自分が身を捧げた組織から離れ、妹と「仕事」を介しない昔のような距離感を得たことで、余計にその成長は高まっていた。

 或いは、「一般人」としての自分の中に入って来る大勢の仲間達がこの世界でできてしまったことが原因だったのか。

 いずれにせよ、結論は一つ。

 薫の中に食い込んだこうした不均衡が歪みとなって薫の判断を狂わせていた。

 紅の身に本当の「危険」が迫ったことで、薫の中の「一般人」が暴走。

 何が何でも紅を助けろと訴える「一般人」が自分の中に侵食してきたことに気づかず、「組織人」としての自分が全ての判断を下しているのだと錯覚したまま、薫は判断を下し、行動を決め、歩み続けることになった。

 自分の判断や行動が、正常な思考で行われていないことに気づかないまま。

 妹に対する事象について、自分が異常なほど優先順位を高めていたことに気づかないままに。


 とある少女が二位以下の優先順位の大切さを教えてくれたお陰で、ギリギリ価値観を歪めきらずに踏みとどまっていた状態のままでいられていた。

 しかしそうした踏ん張りがとうとう効かなくなる日が来たのだ。

 この町で妹の身の危機を知ることで、パニック寸前にまで心を乱し――だが同時に、それがきっかけとなって、ようやく「一般人」としての自分の存在に気づくことができた。

 そして、観測したそれを自分の中で整理することができるようになった。


「――俺は今日、ようやく自分の殻を破ることができた」


 自分が未熟であることを受け入れることによって。

 妹に依存しすぎていた自分を、再構築することによって。

 助けたいと願った妹を、他の物ともどもまとめて、冷静に助けられる自分になることができた。


「今まではただの妹馬鹿だった。だがこれから俺は――理性的な妹馬鹿になる」

「は? ――ちょっと待って、意味分かんないんだけど」

「……要するに、覚悟ができたという事だ」


 それまでの薫には、「一般人」という呪いと同時に、「組織人」という枷もあった。

 そして今、自分の中の歪みに気づいたことで、幼い頃イメージしたそれもまた、破るべきものだと気づけた。そして、破った。

 そうして薫は、二つの枷から解放され――決心を抱いた。

 目をパチパチとさせるユーノに向け、薫はその決心を口にする。

 拳を強く硬く、握りしめながら。


「俺はこれから、紅のためにこの世界の未来を導いてやる。これは、俺自身の意思だ」


 ユーノの息を飲む音が聞こえた気がした。

 薫はこれまで、神の陣営、その神に相対する陣営、多くの者と出会ってきた。

 そして、この世界における自分の立場。自分の強さ。

 また、この世界における紅の存在の大きさ。

 そういったものの概要がある一部分は漠然と、あるものははっきりと見えてきている。

 その上で、薫は判断した。

 自分の手元には、充分「世界を動かす材料」が揃っていると。

 動かし方は知らずとも、材料さえあれば道は繋がる。

 世界を変える力が、自分にはあると。


 「世界を変える」という宣言。

 まるでチーズを創るために仔牛を用意するような遠大な遠回りのように思割れる言葉だ。

 「妹を守る」という言葉と「世界を導く」という言葉に相関関係を見出すほうが感覚としてはおかしいのだから当然であるのだが。


「ちょ、ちょっと待ちなよ! あんた、あたし達の戦いに、そんな理由で干渉してく気なの!? 」

「そうだ」


 しかしそれは、今回ばかりはあてはまらない。

 というより、その判断を下した薫という人間が、当てはまらないと考えている。


「てか、変わってないじゃん! あんたの戦う理由! 良く分かんないけど、今日までの戦う理由もベニのためだったんじゃないの!?」

「そうだな。だが、戦う理由を本当の意味で自覚できたのは大きな違いだろう。今の俺なら、リーティ……以前ある人と約束したような、他の誰かを助けながらの戦いだってできる。お前達が無用な殺戮をばらまくようなら俺の名前に置いてそれを止め、神が不要な不幸をもたらすようなら、俺が責任をもってそれを止める。導くべき未来はまだ見えないが、そうする覚悟が、今の俺にはある」


 そして、薫は告げた。


「お前達の戦いは、俺が代行してやる。そして、その戦いにおける最大の鍵が紅だというのなら、俺以外の誰にも、好きなようにはさせん」


 最悪の妹原理主義者の自分勝手な宣告を。

 顔の高さに上げた拳を、決意の固さで硬く握りしめながら。

 眼鏡の奥に、強い意欲の炎を宿した表情で。

 薫の言葉の本気度合は、その態度からいって明らかだった。


 一瞬言葉を失ったユーノだったが、刹那の間だけ目を瞑って心を鎮め、薫の面をきっと睨み付ける。


「その言葉、聞いて一つ思ったんだけど。あんたさ――」


 そして、問うてみた。

 宣言者の薫を見極めんと、拡大した瞳孔に薫の全身を映して。


「神にでも、なるつもり?」


 ただ一言。


 神の存在の肯定と否定を巡って争う二陣営が、今この世界にある。

 それらの戦いの趨勢に一石を投じ、自分の都合の良いように結果を道に請うという薫の決意。

 ただ一人の人間が、世界の行く末を決めようとする行為。

 それは確かに、神同然の行いと言えるかもしれない。


 しかし、薫はそれを否定する。


「そう見えるかもしれないが、違う。俺は「人間」になるんだ。自分の意見を自分自身の責任を持って貫き通し、自分が守りたい者の為に、自分自身を捧げることのできる存在に、俺はなりたい。これはお前達の主張に近いんじゃないか? この世を傍観する神でなく、この世に暮らす人の判断に未来を託すというのは」

「や、あんたって異世界から来たんじゃなかったっけ? ――って、ああそうか。だからこそ自分がその役目に適してると判断したのかー。傍観者でも当事者でもある自分なら、って感じ? 随分とまあ傲慢なことで」

「傲慢なのは分かっている。俺はあくまで俺がもっとも守りたい者のために動く。そして、自分の運命を他者に託したいなどと思う人間は少ない。俺の言う事に無条件で耳を傾けてくれる人間はほとんどいないだろう」

「少なくとも、あたしはそうだねー。今の話を聞いたからってはいそうですか、ってあんたに未来を決めてなんて言う気になれないし、そもそもあんたにそれだけのことができるか半信半疑だしさ」


 ユーノの言葉に、薫はゆっくりと頷いた。

 困難な道のりだとは分かっている。

 しかし、紅にも、そしてこの世界で出会った多くの人や街のためにも、それが出来るだけの能力と立場を持っているであろう自分は、それをするべきだ。

 そう語って、言葉を締めくくった


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