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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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間話:ユーノ[後]

 思いのほか力作になってしまいました。

 あれ? 間話で時間稼ぎしている内に本編執筆を進めるんじゃなかったっけ?

 ……人生は思い通りにはならないみたいです。はい。

 あたしは買い物客、旅人、商人の声が喧しい表通りを逸れ、狭い通路に進入。

 そのまま、帰路に着くことにした。

 歩きながら、汚れた衣服の表面に得意の水魔法で薄い水の層を形成する。

 表面を湿らせ、手で簡単に梳いていくと、服の汚れが落ちてくれるんだよね。

 何度も服を撫で、真っ黒なった手を、盛大に水荒い。

 酒と黴の臭いの充満する裏通り、やたらと陽の辺りの悪い土の地面に、あたしが生成した水がぴちゃぴちゃと音を立てて落ちていく。

 ついでに仮面を一旦外して、掌にためた水を顔に叩きつける。


 ――あー、水魔法使いになって良かった~。


 こういう風に気兼ねなく水を使うたびに、つくづく思う。

 教会の養育施設にいた時からそこそこ得意ではあったけれど、魔石無しでは碌な応用魔法の使えない水魔法なんて何の役に立つのかと当時は思ってた。

 でも今じゃ、水魔法の無い生活なんて、考えられない。

 

 ――ま、こんなのは魔石も無しに好き放題魔法を使える魔力あってこその、贅沢な使い方だけどねー。


 瘡蓋かさぶた一つ残らず出血が収まってるけど、流れた血の跡なんかはこうやって拭い落とさなくちゃいけない。少し面倒だけど、落とせるだけまし。

 目につく汚れを拭い落として、さらに洗顔もやって、とてもさっぱりした気分。

 ここが街中じゃなきゃ、今すぐ服を脱いで水浴びでもしたいとこだねー。

 

 さて、改めて拠点ねぐらに戻りましょうかとくるりと体を回したところで、


 短い、女性の声が聞こえた。

 怯えたような、誰かに訴えかけるような叫び声。

 喉を震わせ、けれども大声になる前に喉の奥に飲み込んでしまった感じの声。

 

 あたしは、歩みだそうと体重を乗せかけた右足を軸にぎゅるんと方向転換。

 そこにあった家の屋根を思い切って飛び越え、向かいの地面に着地。

 声の聞こえた方に、迷わず急いだ。

 

 やがて、がやがやと、そこそこ喧しいいくつかの声が耳に届き始める。

 何を言っているのかと耳を澄ませると、唐突に若い男の怒号が耳を劈いた。

 鼓膜を貫通し、腹の奥まで潜ってきた大声に、あたしの体がビクンと跳ねる。

 震えだした体を抑えるために、ぎゅっと方腕で身体に回し、歯を噛みしめながらペースを落とさず走り続ける。


 あたしが男たちの大声が怖いと思うようになったのは何時からだったかなー。

 ――や、思い出すまでもないか。

 神殿からあたしを引き取った豪商一家に、遊び道具にされていた時で間違いない。

 あの時受けた心の傷は、今も残る体の傷以上に深く、あたしの体に刻み込まれてるんだろう。

 少年といえるくらいの年齢の男性の声なら、まだ我慢できる。

 でも、20を超え30を超え――40くらいの男の声となるともう駄目なんだ。

 怒声はおろか、ちょっとした大声を聞くだけで身体が竦み、動けなくなっちゃう。

 魔力増加の儀式を経て、あたしの「これ」は、ますますひどくなった気がする。


 拠点に戻ったら、多少変な効果の付いているものでも、とにかくもっと強力な仮面をつけとこうと心に決めながら、精神安定作用を持つ仮面に魔力を注いで心を静める。

 そうしている内に、ようやく目当ての場所に辿りついた。

 

 そこにあったのは、予想通りというべき光景だったねー。

 大きなカバンを手に下げた、おさげの可愛らしい背の低い少女が一人。

 ビクビクと怯えるその子を壁に追い詰め、ヘラヘラした気持ち悪い笑みを顔に貼っつけた男と、その周りを囲むように取り巻く、男と同じ20代から30代くらいの、ガラの悪い男達。

 近づいてくる人間が居ないかを探る役っぽい鬚男がジロジロと辺りを警戒してるけど、気配を殺して家の脇に隠れたあたしまでは発見できてない。

 追い詰め男は少女に「一緒に遊ばない?」的な誘い言葉を発してるけど、どう見てもただのナンパの態度じゃないっての。

 あ、今肩掴んだ。

 あ、今顎掴んだ。

 あ、今胸触った。

あの娘、今にも泣き出しそうじゃん。


「ねえ、何やってるのー? そこのあんたら」


 考えるより先に体が動いてた。

 家陰から、歩み出て、男達の前に姿を晒す。

 思わぬ助けの降臨に、涙目のおさげ少女がぱあっと顔を輝かせて振り向いてきた。

 突然現れたあたしに、男達の間で動揺が広がる。が、あたしの貧相な風体を見て、すぐに薄ら笑いを浮かべ、肩を竦めてきやがったよこいつら。


「どうした? こんな辺鄙なところに用事でもあるのか? 何なら俺達が表通りまで連れてってやっても良いぜ?」

「お生憎様ー。ここを通るのは初めてじゃないし、案内は要らないねー。ついでに、あんた等も今ここには――いらないっ!」


 下卑た笑いで歩み寄ってきた一人の男の腹を、ノーモーションで蹴り飛ばす。

 無駄な力の流れの無い一本の杭を抉り込んだかのような感触が足裏に伝わってきた。

 お、教本通り上手く決まったなー。


 あたしが蹴り飛ばした剣士はその勢いで空中を砲弾のように突き進み、阿保面下げてぽかんとくちを開けていた胸揉み男に衝突した。

 明らかに常人の筋力では無しえない事態と、あたしが左手に掴んだ装飾のない短剣を見た男たちが、ようやく事態を把握した。


「おい! こいつ剣士だ!」

「マジかよ!? 女剣士」

「なんだよ! 衛兵の覆面巡回か何かか!?」

「――とりあえず、あんたらうるさいから黙っててよ」


 口々に阿呆なことを語り出した男達の前に一瞬で間合いを詰め、強化された腕力を存分に振るって四方八方に放り投げてやった。

 あたしの踏み込みの勢いで舞い上がった砂が、建物に衝突して地面に落下した男達の全身に降り積もって行った。

 こんな弱い奴らの声でも、仮面を外したあたしの体は怯えてしまうのだと考えると、業腹だ。


「焦るな! 剣士だって万能じゃない! 死角もあるし、意識の間隙もある! 四方八方から攻めろ」

「ありゃりゃ、まだあきらめる気ないんだねー」

「たりめーだ! 舐めんじゃねえ!」


 戦意喪失からの解散と、脅しをかける用の一人の確保を目論んでたんだけど、こういった場に慣れてる奴が一人混じってた。

 それはさっきの乳揉み男――じゃあなくて、監視役の鬚男だった。

 あー、戦術間違えたっぽいなー、これ。

 頭を掻き掻き、目の端でへたり込んだ少女の姿を確認する。

 

 ――ま、そこなら巻き込まれないかな。巻き込まれちゃったら、ごめん。


 道の両側から挟み込むように突進してきた男達の手には、大ぶりのナイフが握られていた。

 でも、みんな剣士じゃあないっぽいね。

 ま、剣士になるには剣とじっくり真剣に向き合って、剣を文字通り体と一体化させる境地に辿りつく必要があるし、刃物を暴力の形で振るう事しか知らないこいつらは、一生かかっても剣士にはなれっこないだろうけどさ。


 そんな哀れな暴力の権化たちに、あたしは特製の冷や水をプレゼントしてやった。

 

 「うおおぉ!?」「はああぁ!?」「何だとっ!?」「姑息な!?」


 足元の砂と、大量に作り出した水をブレンドした、苦い苦い泥水の濁流が狭い裏通りを駆け抜けた。

 ちょうど、あたしと少女のいる辺りだけは避けるように。


「魔法も使えるってのか!? ――ぐっ、女である時点で予想して然るべきだった。だが、失策だったな。これだけの水を生成するには相応の魔石を消費したはず。二度目の追撃は避けられまい!」

「あー、そうかもね。……ね、そこの子、大丈夫だった? 立てるー?」

「あ、大丈夫、大丈夫ですですっ!」


 ですです?

 呂律が回ってないのかねー?

 ま、大丈夫そうでよかった。震えてるみたいだけど、腰は抜けてないみたいだし、このまま手を引いて連れてっちゃうかー。

 濁流を食らって直ぐに立ち上がってきたやたらとタフな鬚男が後ろで何事かを喚いてたけど、とりあえず放っておいた。

 本当に仮面さまさまだよー。これが無かったら、あんな野太い大声聞いてたら、めまいがしてきちゃったかもね。

 

「聞いているのか!? おい、お前達! 今すぐ――?」


 鬚男がようやく気づいた。

 泥の川に埋まった彼の仲間達――みんな、抜け出せず、苦悶の声を上げてもがいてる。

 愕然とした表情になった鬚男が仲間の下に駆け出そうと体を前に倒し、そのまま顔から泥パックにダイブ。 


「――!? ――!!」

「あ、それじゃ窒息しちゃうかー。……これなら大丈夫だよね?」


 凍って固まっていた泥の一部を溶かし、男が顔だけは泥から抜け出せるよう調整。

 氷点下の泥にしばし顔を埋めてしまった鬚男の顔が蒼白になっている。

 泥まみれの鬚と合わせて、相当な間抜け面だねー。


「じゃ、行こうか。表通りまで案内すれば大丈夫だよねー?」


 腕にしがみついてくる少女の背中を叩きながら問いかけると、涙でいっぱいの目のままでコクコクと首肯してきた。

 なら、そうしてあげますか。エスコートくらい、大した手間でもない。

 

 ――それじゃ、あたしはこの子に付き添わなきゃいけないんで、あんた等は冷たい泥風呂に浸かってゆっくり頭を冷やしていってねー。


 最後に確認した裏通りは、肌を青く染めて震える男たちの地獄絵図になていった。

 そうしてあたし達は、男達のうめき声に溢れる不健全な裏通りを後にした。


「うぁぁぁん! 怖かった、怖かったあああ!」

「ああ、ほら、もう大丈夫だから。安心して」


 表通りの賑やかな声が聞こえ始めたあたりで、少女が思い出したようにあたしにしがみついて泣き出した。

 その気持ちはあたしにも十分理解できる。

 抵抗のできない相手に自分の運命を握られている状態ほど、怖いものはないよね。

 泣きたいときは好きなだけ泣けばいい。

 泣けば、少しはましな気持ちになれる。

 ここは、泣くことすら許されない環境じゃないんだからさ。


「す、すいませんです。あんなに取り乱してちゃって。――あ、ほら、お洋服に私なんかの涙の痕がぁ! えーと、何か拭くもの、拭くもの」


 泣き止んだおさげの少女が、服のポケットをごそごそやり出したけど、首を振って固辞させてもらった。


「や、こっちこそごめんねー。あたしの服、結構土まみれだったはずだし、むしろそっちの方汚しちゃったか心配なくらい」

「いえいえそんな! 恩人の服を汚いだなんて! 思ってても言いませんとも!」

「……思ってるんだ。ちょっとショックだなー」

「言葉の綾ですよぉ!」


 お、だいぶ元気になってきたみたいじゃん。

 良かった。安心したよー。


「――それにしても、何であんなとこにいたの? 女の子一人で歩く場所きゃないよねー?」

「実はですね~、近日、この町に影絵芝居の一団さんがいらっしゃるんですよぉ。私達新人神殿巫女はそのお世話係に任命されてましてね、さっきはそのために必要な物資の買い出しに行ってたんです。はい」

「えーと……つまり、この町に来て間もないから、帰り道で道に迷ったってことかな?」

「そうです! そういう事です!」


 説明下手な巫女少女の手を引いて、あたしは街の大通りに出た。

 それにしても、神殿の子かー。

 ……一応あたしの立場上は「敵」だけど、今は敵対する理由もないし、別にこうしてても良いよね? ある種のスパイ活動なんかにもなるかもしれないし。


 誰に向けたのかも分からない言い訳の言葉を心中で紡ぎ、どうせならあたしも神殿の孤児院で神の教えを受けてた、なんてこと話せばこの子の信頼を得られるかなー、なんて考えていたその時。


「きゃあ!」

「大丈夫? 危ないなー。この道を走り慣れてないのかねー?」


 大通りの中心を、一台の馬車が通り過ぎた。

 その進路は大きく蛇行し、曲がりくねった轍を道路に残している。

 咄嗟に少女を庇ったけど、結構際どいタイミングだったように思う。

 それにしても今の馬車に入っていた家紋――どこかで見覚えがあるような、無いような……。


「もう! 危ないですねえ! ――あれ、どうしたんですか? 何だか、頭痛をこらえてる人みたいな顔になっちゃってますけど」

「や、大丈夫。ちょっと今の馬車に気になるところがあっただけだから」

「――おお、ユーノちゃんお久。友達連れ?」


 と、顔だけ後ろに向けて馬車の方をみていたあたしの後頭部に、気安い感じの男の声がかかった。

 この声は――この町に来てる、あの同僚さんか。

 果たして、そこにいた大きな茶色の旅コート姿の少年は、あたしの顔見知りだった。

 良く気を遣って手入れされしていることをうかがわせるサラサラの髪に、人好きのする笑顔――そしてそこだけはアンバランスな全身を覆うコート。

 や、あたしも良くやる格好ではあるけど。


 ――今日は、あのみょうちくりんなシルクハットは被ってないんだ。てか、コートがデカい以外は、割と普通の格好じゃん。


 ま、仮面つけた知り合いに声をかける行動の方は、周囲からすれば奇異に映ってるのかもしんないけどさ。


「うーん。まあね、そんなとこ。あんたは?」


 否定するのも面倒だし、こう答えときゃいいよね?


「お仕事お仕事。今さっき通り過ぎてった馬車は見てないか? あれを追っかけてきたんだよ」

「ああ、あれかー」


 真面目な勤務中だったのかー。

 ――って、あ、思い出した。

 あの紋章ってあたし達が連絡を取ろうとしてた男爵の家の紋章じゃん。なんで忘れてたんだろ?


「つか、あの男に渡す“届け物”を持ってるの、ユーノちゃんじゃなかったか? だとしたら、後で行って貰うことになるぞ」

「後でって、明日とか?」

「いや、今晩辺り。ところで、ユーノちゃんと、その後ろの君。良かったら今度、一緒に食事でもどうだ? いい加減、仲間同士親交を深めないといけないだろ?」


 女であるあたしにサラッと今晩の仕事を押し付けてくんのは、自称紳士さんとしてはどうなのかねー?

 ま、それだけ腕に信頼して貰えてると思っとくかな。


「あんたそれ、会う女の子女の子全員に理由つけては言いまくってんじゃん。今晩の予定はもう入ってるんじゃないの? それより、もうあの馬車見えなくなってるけど、行かなくていいのー?」

「キヒヒッ。俺を誰だと思ってるのかな? これくらいの距離、余裕さ余裕」


 綺麗に生え揃った白い歯を見せつけるかのように男が笑んだ。

 鋭く尖った犬歯が覆いに自身の存在を主張している。

 ま、たしかに蝙蝠人間なこの男なら、目標を見失うってことはないか。


「……とはいっても、流石にぼちぼち距離が開いてきたな。それじゃあな、ユーノちゃん! 俺に会いたくなったら、いつでも洞窟ねぐらに来てくれ! 妹も待ってるし、歓迎してやるぞ!」

「ま、気がむいたらね」


 気安く肩をポンポン叩いてくる蝙蝠男。

 下心が透けて見えないこともないけど、基本気の良い奴だから、そこまで嫌悪感は無いかなー。

 ただ、こいつの妹って前に一度顔を合わせたけど、なんていうか、あんまり他の人とお喋りしたくない~ってなオーラを感じる子だったっけ。

 あたしが会いに行って、気を悪くしたりしないかなー?

 手を振って走り去っていく男の背中に手を振り返してやると、それまであたしの背中で縮こまっていた少女が、何やら気にかかる眼差しをこちらに向けてきた。

 

「あんな男性と対等に話せるんですねぇ……凄いなあ……はあ」

「や、これくらい普通だから。てか、そんなことに驚いてるほうが驚きなんだけれど」


 向けられたのは尊敬の眼差しだった。

 でも、これくらいのことでそんなもの向けられても、ねー。


「そういえば、どこ出身なの? ひょっとして、なりき――商人の家出身とかかなー?」

「当たりです! え? 何でですか? どうしてそんなに私のことを知ってくれてるんですかぁ? はっ! ひょっとして前どこかでお会いしていたり――」

「や、してないから。――ね、神殿巫女だって言ってたよねー? あたしも出身はアリアンロッド神殿の孤児院なんだ。これも何かの縁だし、あたしがこの町に居る間、色々と教えてあげようか?」

「嘘!? 本当に!? わあ! 私達の巡り合いって運命的なものだったんですね! 運命神様、ありがとうございます!」

「そういう言葉は、男に向かって言うべき――って、今これを教えるのは早すぎるかなー? ま、今日はここで別れて、また明日会おうか。神殿ならもうあそこに見えてるし、ここからなら大丈夫、だよねー?」

「はい!」


 その後、明日落ち合う場所と時刻を決めて、あたしはおさげの巫女少女と別れた。

 彼女の屈託のない笑みは、涙に濡れていた先ほどまでの顔の印象を、あたしの中で塗り替えてしまった。

 笑うべき人が笑える世界は、良い世界だなと思う。

 生きるためどうしても必要な理由もなく、人から笑顔を奪うようなことは、許されるべきじゃない。


 ――でも、ここは今、そんな世界じゃない。


 表通りを逸れ、この町の“拠点”に向かうべく裏通りに入ると、健全な賑わいの声が吸い込まれるようにして消えてしまった。

 兵の目が光る表通りは、比較的あたしの思う理想の世界に近い場所だ。

 でも、すぐ裏側は、こういう世界になっている。

 そんな世界を――神は、変えてくれない。

 あの彼女も、もし自分があの場に居なければ神が助けを差し伸べてくれることはなかったろう。


「――人を救えるのは、人だけだよね。神様になんか人は救えない」


 呟いた声は、誰に届くこともなく、落書きだらけの陰気な壁にぶつかって霧散した。

 帰投する道すがら、今朝、比較的治安の良い通りにて見かけた子供達のことを思い出す。

 いつぞや、やはり治安の良い場所に手、恐らくは保護者たちの息のかかった者ともいえる剣士達に見守られながら、鬼ごっこに興じていた者達だ。

 今日は、夕方の買い物客に溢れる人混みの海を、どれだけ早く抜けられるか勝負をしているみたいだった。

 あの子たちは、彼らを支えてくれる優しい親がいるから、あんなに自由にのびのびとしてられる。

 でも、そうした優しさを、この世界では誰もが受けられる訳じゃない。

 当たり前のようにそれをしてもらえる彼らが、あたしには眩しいほどに羨ましい。


 決して立地が良いとは言えないこの町におけるあたしの拠点に戻ると、ポストに手紙が投函されていた。 

 鳥便が届いたか――あるいは、送り主が直接ここまで届けに来たか。

 送り主があの蝙蝠男であることを考えると、後者の可能性も十分にあるなー、なんてことを思う。


「何々……『モリガン=トラグストフ=パシルノ男爵の居場所を突き止めたぞ。連れ込み宿に、お熱を上げてるお気に入りの嬢を連れ込んで朝までズッコバッコンやってるらしい。警備はそこそこ。ま、『反逆者リベリオン』印の戦闘術にかかれば大丈夫だろうがね。が、くれぐれも油断はしないようにな』……組織の名前を文書に残すなっての、えーと続きは……『で、俺達は何時この町を出られるんだろうな? おいおい、もしずっとこの町に縛り付けられるなんてことになったら――』……や、そうはなんないでしょ。たぶん、だけどねー」


 何となくではあるけど、そう遠くない内にこの町を出ることになる気がしていた。

 あたしは神を否定する者だから、これは予知とかお告げとか――ましてや祈祷による神託でもない。

 ただの勘。女の勘。

 だけど、たぶんあたしのこの勘は――外れないんじゃないかな。きっと。


 さて、何時までも外で立ち読みというのも良くないし、ひとまずそこで読むのを打ち切って家に入ることにする。

 ちらとみた感じだと、手紙の最後に最低限の連絡事項がまとめられてて、その前の長い文章はあたしに宛てたただのメッセージみたいだったけど、せっかくの力作だし、読んでやるとしますかねー。

 

 ――ひとまずは、流し場で体の汚れを落として、ああ、あとそれから仮面も別のに変えとくかー。

 

 あたしの一日は、そうして終わりを告げた。

 日付けが変わった深夜に、蝙蝠男からパスされた仕事を実行に移すことになる訳だけど。

 それは、また別のお話、だねー。

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