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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百七十話:<真剣になること>

 だから、予想外だった。

 目を瞑って組んだ腕をぐっと握ろ込んだ薫がぽつりと呟いた、あまりにもふざけた回答が。

 少なくとも、それを聞いたユーノが手に持った仮面を思わずコトンと取り落としてしまうくらいには。


「成り行きだ」

「成り行……き?」


 薫が臆面もなく吐いたその言葉に、ユーノは信じられないものを見たように首を振るった。

 開いた口が塞がらないとは、このことか。

 床に落ちたユーノの仮面が、その足元でカラカラと独楽のように回っている。

 舞曲を披露し続ける仮面の脇でユーノの足がよろめき、後退した。 


「ああ。俺はお前達のように、大義のために何が何でもこの町を滅ぼしてみせるというほどの大きな覚悟を持っていた訳でも、この町の兵たちのように自分の命に代えてもこの町を守ろうとする情熱など持っていなかった。……あまりに第三者的で、恐ろしくいい加減な参戦理由しかもたないまま、お前達の野望を打ち砕こうとした」


 飴玉を取り合う、二つの種類からなる蟻の群れが争っているのを見た人間の子供が、ふとした気まぐれでその飴玉を一方の蟻の群れに転がしてやった。

 薫が今、硬い口調で口にしたのは、それと同様の意味を孕んだ言葉だった。

 その意味することを頭で理解し始めたユーノが、思わず自分の顔を両手で覆った。


「……そうだ。俺は最初、俺の護りたいものだけを守る以上のことをするつもりが無かった。さっきまでの俺の話を聞いて、おかしいとは思わなかったのか? 今回の街防衛作戦の提案者であるおれが、何故作戦指揮を取らず、こんな前線に出てきているのか。軍部の指揮系統を正確に把握していなかったからといった内部事情もあるが――当たり前の話だ。何が何でも町を守りたいという意思が、俺には欠けていたんだからな」


 もし仮に、今回の戦における薫の行動を第三者視点で見る者があったとするならば、違和感に首を捻ったのではなかろうか。

 街の防衛軍を発奮させ、外敵を駆逐するための策を提案し、また、「自身の個人的な友人」に対しては気遣いを見せていた一方で、薫は街を守る行動に関してはひたすらドライだった。

 多くの命が失われたことにその場で心を痛ませるでもなく、ただただ、「前もって決めていた己の役目を果たすこと」で責任を果たそうとしているのみだった。

 言い換えるのならば、薫は終始、「自分が決めた優先順位」のみを最優先して動いていた。


「俺がこの戦いで最初、お前達の敵に回ったのは――つまり、街の防衛に回ったのは、神とお前達、どちらが正しいかを判断した上でのものではなかった。どちらが正義かを判断する情報を持っていなかったからなどという言い訳をするつもりは無い。恐らく、仮に俺がお前達の方が正しかったなどと判断したとしても、俺は少なくとも外見上は、お前達の敵に周っていただろう」

「――何で? 理由も無しに、あたし達の妨害に腐心してたっていうつもり? ……ねえ、あんた、強いんだってね。愛用の短剣を握ったら、右に出る者はいないなんて話、ベニちゃんから少しだけ聞いた。それと、それほど頭は回る方じゃないなんて普段言ってるみたいだけど、少なくとも今回のあたし達の作戦の概要なんかを仕入れる運に恵まれて? それを潰すだけの立ち回りができるんだから、充分な能力があるってことじゃん。……それだけの力が有るんならさあ、自分が動けば戦いの趨勢に大きな変化が起きるだろうって判断つくよねえ? あんたは、変えられるか分からない未来を変えるためにあがいた訳じゃない。明確に自分が動けば未来が変わることを自覚したうえで動いたんだ」


 仮面を捨てたユーノは、友人から「いつも眠たそうだね」などと普段からかわれる半閉じの目の奥に、深い怒りの色を灯らせていた。

 胸の奥で、何かがプチンと切れれば、我を失う程の怒りに飲み込まれてしまうだろうことを自覚しつつも、足元に転がる感情制御の仮面を拾い上げ、付け直す気にはなれなかった。


 この町に来て、ユーノは既に幾人かの人間をその手にかけている。

 兵士のように、こちらがやらねばこちらがやられるような相手だけではない。

 上に命令された指示に従いまずは、――何の罪もない一般市民の家族の命の灯を吹き消したのだ。

 別に、一般人を殺したのが初めての経験という訳ではない。けれど、自分が生きるためではなく、自分の死を逃れるためでもなく、何の抵抗もない相手を殺したのは初めてだった。

 差別対象として生まれて兄とその日暮らしの生活を送り、「そういったことも当たり前」といった風に考えるようになったクロエほどには、ユーノは命の奪い合いを当たり前の者として受け入れきっていなかった。

 人間の胸にナイフを突き立て、噴水のように顔を叩いてくる温かな血しぶきを浴びることはユーノにとっては未だ「やりたくないこと」であったし、自分が手にかけた人間を帰国から抹消することが何かとても恐ろしいことのように思えて、死体を冷凍保管してみたり、――これは未遂に終わったが、切り結んだ敵の少女の持っていた長剣を持ちさっていったり。

 幼年期、とある悪質な引き取り人に引き取られるまで、酷く優しい友人と共に過ごしていたことが、或いはそういった拒否感の温床になっていたのかもしれない。

 一定以上の技量を持った生命力溢れる剣士相手なら、あくまで一時的な無力化程度にしかならない「氷結」などという戦闘手法も、彼女のそうした甘さから生まれたものであると言える。

 年若いユーノを食い物にしようと群がって来る者達も、氷の中に閉じ込めてしまえばそれ以上彼女の背中を追って迫ってくることは無くなるのだ。


 教室に立ち尽くすユーノの足元から、ピキピキと音を立てて小さな氷柱が生えてきた。

 エルフの特殊な儀式を経て大幅に増幅させられたユーノの魔力が漏れ出し、彼女の拒絶と隔絶のイメージである、氷の形として形成されているのだろう。


「理由の一つは――俺を吊る餌があったからだ。俺を、この戦いに参加させようとする餌だ。『俺』という人間が、どうすれば動くか、さらに言えば、どうすれば扱いやすいかを知った上で設けられた餌だったな。……それに加えて俺の連れがこの町の出身だったり、この町にしかない技術を必要とする者だったり、そもそもお前達と敵対する側の人間とあれば、お前達と敵対するのは『自然な流れ』だった。そこに俺の意思がどこまで介在していたかは別として」


 薫が始めたのは、まるで自分という人間を別の誰かの立場に立って分析しているかのような、奇妙な分析だった。

 話を聞くユーノが激昂しそうな空気を感じ取りながらも、薫は、何故か不思議と、それでもこの少女には自分が気づいたことすべてを明かすべきだと感じていた。

 この戦いに臨むまでの自分が、どれだけ蒙昧な人間だったかを、話しておくべきだと。


 それは恐らく、許しを請うためではなく、本気の怒りを受け止めるために。

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