第百五十六話:<追う者、追われる者>
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――何故だ!? 何故あの障壁は破れんのだ!? 古代魔法遺産の魔力を動力にしている……? いや、それでもここまでの長期間、これだけの広範囲を賄える障壁など、不可能だ。どうやっている? あの街を防衛している者達は、いったい如何なる仕掛けであれを維持している……?
得意の炎魔法を雨あられと降らせながら、エルフのザ-ランドは一向に損傷を受けた様子の無い、街の障壁に汗を垂らす。
着弾した大火球は小山の頂上を丸ごと消し飛ばす勢いで炸裂し、炎を撒き散らした。
広範囲を巻き込む爆発が生み出され、対象物たる街の進路脇に存在する木々を熱波だけで焦がす。
先ほどから延々と繰り広げられているその光景を前に、ザ-ランドを空中に留める風精霊が一つ大あくびをかました。
人間とエルフ。それぞれ命を賭けた戦争の最中だというのに、眠たげに瞼を擦るこの精霊にとっては、これはさほど重要なものではないということか。
「ふぁぁぁぁ……。ネエ、オジサン。イイカゲン、オンナジコトバッカヤリスギ! ミテルコッチモアキチャウヨ! ツマンナイ、ツマンナイ!」
「俺は別に精霊達を楽しませるためにやっている訳では無い……が、こうも戦果が振るわんようでは、少々方針を変更すべきではあるか――」
風精霊の我儘を聞き、猛った心を一旦沈めたザーランドは、西に差し掛かった太陽を背に、顎に手を当てて考察を始めた。
当然、片手間に火球群を産みだす手は休めぬままに。
火球と障壁が衝突し、生み出される火焔の赤色が、細く閉じられたザ-ランドの青い瞳に映る。
――そうだ。精霊魔法において、あのような障壁は有り得ない。他の、俺達が扱える魔法にしても、だ。……待て、本当にそうか? 確か、神聖魔法で恒常的に個人の周りに発生させる防御結界の魔法があるとか、無いとか……。最初の展開時には莫大な魔力を使うが、その場で結界の存在を”世の理に沿ったもの”にしてしまうため、維持の魔力は消費しない、と。あの結界が、仮にその技術の応用だとするならば――
ザ-ランドの唇が笑みを浮かべる。
「礼を言おうじゃないか、風精霊。突破口が開けるかもしれん」
「ホェ?」
正座姿勢で空中に浮かんでいた精霊の少年が、かくりと首を曲げた。
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クロエは逃げていた。
迫りくる、正体不明の追手から。
「……しつこい」
正確には、完全な正体不明ではない。
クロエ達の所属する組織にとって、少々特殊な立場を有している一人の少年。
末端のクロエも、一応の人相くらいは知っておけと情報を受け取っていた。
その少年の縁者と因縁が無ければ敢えて覚えようとはしなかったであろう程度の相手だが、今こうしてその少年から追いかけられているともなれば話は別だ。
精神平衡を保つ仮面の感情抑制作用をも乗り越える勢いで、逃走するクロエの心から苛立ちが噴き出し始めていた。
「……しつこい、……しつこい、しつこい、しつこい!」
すいません、寝落ちしてしまいました。今話の残りの分は次話に回します




