第百五十一話:<エルフの力>
少々お待ちください(・・;)
エルフ
――やり遂げた。我らはやり遂げたぞ。
愛剣に付着した血を鋭く振りぬくことで払った指揮官の男が、感慨深げに呟く。
その視線の先にあるのは、未だ残存個体との戦闘が続いている戦場の光景だ。
虹の地表に残った個体の数は少ない。凶暴な咆哮を上げ、危険な爪や尾を振るって暴れて続けているが、未だ士気旺盛な彼の部下ならば、数分と経たず、駆逐しきることだろう。
次々に飛び立ち、空の彼方に去っていく黒色の亜竜達の群れを、傍にいた補佐官と共に天を仰いで見送る。
「――この戦いが始まってより、いくらの時間が経過した?」
「はい。およそ8分――でございます」
剣戟の続く戦地の音を耳で聞き流しながら、金に塗られた鉄の兜を装着した指揮官が補佐官に対し尋ね、その回答が即座に返ってきた。
絶対に狂わぬ生体時計を持っているという補佐官の言葉を受け、指揮官の男は目を細めながら、ふっと息を吐いた。
「……短いな。80年続く長い人生と比べれば、小指の先ほどの長さにも満たぬ、短い時間だ。――それで、その間に我が軍に齎された被害は?」
「知っていらっしゃる通り、高機動の剣士達の戦に”伝令”は意味を成しませぬ故、正確な情報の整理はできておりませぬ。従って、私の目分量にございますが――死者、およそ50名。重傷者は150を超えるかと」
「そうか――逝ってしまった彼らの魂に安らぎが有らんことを」
目を閉じ、殉職した兵たちの冥福を祈る指揮官。
彼が目を閉じるその直前、最後まで続いていた残存竜の首が大剣の一撃で斬り落とされ、以てこの戦いに終止符がうたれた。
「――兵たちに、勝どきを上げさせましょう。それで、区切りです。さて、今回の戦は、運命神アリアンロッド様の司教を名乗る者の助力あっての勝利ですが……神と街の名、どちらを讃えさせるべきでしょうか?」
「聞くまでもあるまいて。我々は、”何のために戦ったか”? それで答えは出ているだろう!」
指揮官がにいっと口角を釣り上げながら告げた言葉の意を、補佐官は正確に汲み取った。
補佐官が風魔法の「拡声」を用いて兵たちに余すところなく伝えられた指示を受け、彼らの愛する街の名を讃える勝どきの声が噴き出した。
自分自身の血と、相対した竜の返り血、そして戦友の血にまみれて茶色く変色した金属鎧に籠手をぶつけてがしゃがしゃと打ち鳴らし、歓声のようにも慟哭のようにも聞こえる勝どきの声を、咽喉も枯れんばかりに叫ぶ。
そして、そのまま虹の地で声を上げ続けるものかと思いきや――彼らは事情を知らぬものにとって予想外の行動を開始した。
打ち合わせ通り、兵たちは勝どきを上げつつ、その指示を合図に手早く負傷兵を担ぎ上げ、かつての仲間の遺骸を抱きかかえ、迅速に「撤退」を開始したのだ。
虹色の結界を潜り抜け、武装や荷物を手に街の屋根に兵たちが着地していく。
「いい具合に士気が上がりましたね」
「予定通りだ。そして、皆まだ余裕がある。これなら――問題なかろう! 今すぐ全軍に通達! 我々は次の任務に移るぞ!――町内の危険分子を一掃する! あと少しで我々の完全勝利だ! 奮迅しろ! 全霊を尽くせ!」
「ええ、了解です! あんな連中に私達の町を我が物顔で歩かせやしませんとも!」
街の上空に膨れ上がった巨大な火の玉を尻目に、対亜竜地上迎撃の役目を果たし終えた軍の者らは、足早に彼らの戦場を去って行った。
彼らができることを、するために。
潮を引くように姿を消していく兵たちを見て困惑を覚えたのは、街上空で大火球を作り出した現エルフ長老の一人――ザーランドという名の偉丈夫だった。
“森の民”などという形容がこれほどに似合わないエルフも珍しかろう。
樹木の幹を思わせる太い二の腕に、筋肉で膨れ上がった胸と両の足。
獲物を威嚇する肉食獣のような目つきをした厳つい顔にエルフ特有の長耳がついていなければ、どこの傭兵かと思われてもおかしくない出で立ちだ。
しかし、ごつい見た目に反して、長老の名に相応しいだけの知慮を身に着けている彼は、あまりに素早い敵軍の撤退を訝しげに睨みつつ、思索を練った。
――奴ら、亜竜がいなくなった後も追撃があることを読んでいたか……? しかし、街の盾になるべき者達が真っ先に逃げ出すとは如何なる了見か! まあ、構わん。俺の前に立つ気が無いというのならば、あの虹色の防壁ごと、街を焼き焦がすまで!
がしりと掴んだ愛用の杖を振るい、自身の真上に作り上げた炎弾を、隕石の勢いで街に叩きつけた。
炎弾の大きさは直径30m程と彼にとってはあまり大きくない(・・・・・)サイズだが、内に込めた魔力は膨大。
ゴムボールに無理やり圧縮した水素ガスを詰めたような、危険なものに仕上がっている。
何もない地面に向けて打てば、着弾と同時、直径100m程のクレーターが出来上がるだろう。
ザ-ランド渾身の火球の攻撃は、狙い違わず街の中心――街の結界を制御していた時計塔の屋根に吸い込まれていく。
耳を劈く炸裂音と共に空気を震わす大爆発が起き、それが彼の参戦の合図となった。




