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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百四十八話:<作戦>

 すいません、前回書けなかった分を追加でこちらにぶち込んでいます。

 少々、街中の状況説明を長く入れさせていただきました。一部、既出の情報と重なる部分もありますが、ご了承ください。

 エアリスには知る由もないことだったが、彼女が防音・・の施された家中でクロエと茶飲み話に花を咲かせている間に、街の状況は大きく動ていた。

 エアリス達の居た家の外――家の近隣などという狭い地域を飛び越え、この町全体において、多くの住民たちが忙しく動いていたのだ。

 住民達の行動は、状況の変化に応じて変遷を見せていた。

 彼らの行動のきっかけは時計塔が放った「警報」。

 そして、街の危機を示す鐘の音を聞いて行動を起こした人々はいくつかのタイプに分かれていた。


 まず、鐘の音の意味を知って、慌てて家を飛び出した者達。

 軍の施設に庇護を求めに走った者。

 近しい者達に事態を知らせるべく走り回っていた者。

 使命感に駆られて町中に詳細不明の「危機」を触れ回り始めた者等。

 実に様々な行動を取っていた。


 次に、鐘の音の意味は分からずとも、異常な事態に強い不安を覚えて屋内に留まっていられなくなった者達。

 勘の鋭い者。

 不安症の者。

 雰囲気・空気を読み取る力に長けた者。

 街の鐘の音から強い魔力の波動を感じ取って、「これは何かある」と予感した者などがこれにあたる。


そして、屋外が喧しくなってきたことを受け、とにかく何か行動をと考えて外出。情報を集めるなり、人の波に合流するなりを始めた者達等。

 火事現場に集う野次馬のように、このタイプの市民達は徐々に徐々に数を増やし、結果として最も多くの人の波を構成した。


 彼らは混雑し始めた町で合流を果たす。

 そして、「奇妙な鐘の音」の本当の意が、それを知る者達から知らない者達へと伝えられていった。

 街と、そこに住む自分達の身に危機が迫っているらしいことを多くの人々が知る。

 さらには「街の門は全て封鎖され、固く閉ざされた」などといった情報も人づてに伝わり出す。

 それらの情報は、当初は困惑や漠然とした不安の気持ちが大きかった市民達に、「本当に危機が迫っているのだ」という実感を沸かせ、明確な不安と恐怖の感情をこみあげさせた。


 市民達は惑った。

 行き交う見知った人々と声を交わし合って感情を共有し合い、不安の気持ちがますます募っていく。

 やがて、街の防衛を努める行政府や軍への糾弾の声が上がり始めた。

 パニック寸前、暴動が起きるその直前。

 そのタイミングを見計らったかのように、表れた街の軍人や行政官の者達が各地域で市民の制動役としての行動を開始した。

 彼ら制動役の頭を痛める事態は多々あった。

 大音を響かせて街の上空に姿を現した巨大な船や、街中で始まった激しい喧嘩(?)など。

 いずれも、市民達を再び狂乱の渦に陥れかねない事態だったが、彼らは懸命に説得を続け、市民達をどうにか落ち着けさせようと試みた。

 彼らの奮戦によって何とか街の混乱は最低限で収まり――かけたところで今度は、凶悪そうな面構えをした未知の「魔物」達が、上空の船からばらばらと振ってきた。


 爪と牙、強靭な肉体と頑強な鱗を有するその「魔物」の群れ。

 それらがもしそのまま町に舞い降りてきていたなら、軍人・行政官達といった制動役の者達も、市民達の恐慌と徒な暴走を押し留めることはできなかったろう。

 しかし、幸いにもそのような事態は回避された。

 急に町の空を覆い出した虹の膜、そして降下してくる魔物達と応戦を開始した軍の活躍によって。


「街の防衛は適切に行われている。軍の素早い対応やこの虹色の魔法防壁がその証。心配しなくとも市民の皆様方は安全だ」 

 ”自身もその根拠を知らされていない”ことを感じさせない毅然とした論調で言い放ち、制動役の者達は市民を説得、大部分を落ち着けることに成功した。

 それに対し、しかし多くの質問が市民から飛んでくる。

 街の空に浮いている船の正体は何なのか、突然降ってきた黒い生物達を本当に駆逐しきれるのか、など。

 

 「他国からの侵略者と思われるが、詳しいことは分からない。しかし、街中にいる限り、市民の身は安全である」

 冷や汗を拭いながら何とかそういった言葉の対応で押し通そうとし、――そうしている間に、突如発生した謎の虹色光が町を覆い始めた。

 自分達めがけて流れて来る虹の波を見て、市民達に動揺が走る。

 その光はあまりにも速い速度で彼らの体を通過していき、身構えるのが精一杯という者も多かった。

 しかし、その光が何の害も示さなかったこと、そして何より、その光の色が彼らを「謎の侵略者」達から守る空の防護壁と同じであったことから、すぐに騒ぎは収まった。

 むしろ、「街の防衛機能が確かに働いているらしい」という奇妙な安心感を得た者などもいる。

 既存の精霊魔法では説明のつかない魔法現象を目の当たりにして、頭上の戦闘風景そっちのけで街を覆った虹色の光を観察し始めていた者達もいた。

 好奇心旺盛な学者やその弟子や生徒の学生達だ。

 空を覆う防護壁の向こう側で命のやり取りが行われていることを見て取り、心を痛めた者もいた。けれどそれは、自分の身の安全が確保されているらしいと実感した上でのものでもあった。

 無論、まだ「あの虹色の膜(?)はちゃんと維持されるのか、軍はあの魔物達には負けないのか」、と制動役の者達を問い詰めている者達は居た。

 が、その数は既にだいぶ減っており、既に混乱のピークは去っていたといえよう。

 

 そんな中、エアリスが走り出てきた外周区に人がいなかったのには訳があった。

 一つは、そこに居を構えていた住民たちの多くが、この町の学生たちの家族であったこと。

 少し走れば着くはずの学校区に居る彼らの子供や甥、孫達を残したまま家に閉じこもっていられる者は少ない。

 また、この付近にやってきていた制動役は「頑丈な街の外壁付近の方が安心できるだろ?」と言い出した男の意見を飲んで、学校区に向けて駆け出した一部の者達と別れ、街壁付近まで移動を開始していた。

 そして、理由はもう一つ。


 ――何だか、地面の揺れ、さっきまでより強くなってない?


 エアリスが、激しさを増してきた地揺れを差して、そう呟いた。

 地面や建物が虹色の光を纏ってから激しさを増したように感じる。

 実際、既に棚の上に載せたリンゴが揺れだけで転がり落ちる程度の振動だ。

これだけの揺れだと、うかつに動き回る方が思わぬ落下物に見舞われる危険性もある。室内の机下なり、ひらけた道路の真ん中なり、各自安全と見定めた手近な場所に居を定め、動かず揺れが過ぎるのを待っている頃か――あるいは、頭上の戦闘風景を眺めるのに忙しく、手が離せないようになっているか。

 一度草のベッドに下ろしたクロエの体をよいしょと背負い直したエアリスは、道の真ん中で揺れが過ぎ去るのを待つことに決めた。


 ――あ~、そういや、もこの町でこんなことあったっけ。そこそこおっきな地震があってで――途中なのに――を出て、――まで避難して、――と一緒にこれで面倒な――が無くなるって喜んで……?


 回想を始めたエアリスだったが、自身の記憶に奇妙な抜け落ちがあることに気づいて眉を顰めた。


 ――あれ? ――って、――? いや、だって私、この町に来たのは――と――に行くためで……?


 頭の中にあって当たり前の言葉を口に出したつもりなのに、それが声になっていないような、奇妙な感触。

 思い出す風景や人の顔にことごとく霞がかかっている。

 ラルクという魔法が苦手な少年に、”学校”に関わる記憶に蓋をさかぶせる処置を受けていたが故のものだったが、エアリスはそのことを知らない。

 さらに言えば、その魔法が――魔法の苦手なラルクという行使手、エルフ以上に魔法に対する耐性の低い人間であるエアリスの体、そしてラルク自身も知らなかった「時がたてばたつ程強固に、広くなる」記憶の蓋の性質のために、今のエアリスに凄まじい影響を与えていた。


 ――落ち着け! 私! えーと、ド忘れした時は、思い出せることから思い出してけばいいんだったっけ? そもそも私がこの町に来たのは――


 言葉が続かなかった。

 ごく基本的な自分に対する情報すら、上手く思い出せない。

 周りの景色は虹色、自分の背には負傷した知り合い。

 そんな異常な状況の中でもよりいっそう際立つ明らかな異常事態がエアリスの身に起きていた。


 ――じゃ、じゃあ! 今日のこと! 今日のこと思い出してみよう! 朝起きた私は時計塔に――時計塔に? 何しに、行ったんだっけ? 


 エアリスの顔色が真っ青になる。

 さすがに、「ド忘れ」や健忘けんぼうでは説明のつかない程までに、自分の中の記憶が酷く曖昧模糊としたものになっていた。


 ――え? え? え? あれ? どういうこと? ねえ、おかしいのはもしかして……、私なの? 私って……エアリスって、いったい、誰なの?


 その問いに答える者はどこにもいない。

 目覚めていれば何か彼女を安心させる言葉をかけてくれていただろうクロエは、未だ深い眠りから覚めぬまま、エアリスの背に張り付いている。

 エアリスの焦燥と不安は、否が応にも高まった。

 そして、呆然と空を見上げるエアリスを他所にやがて地の揺れは最高潮に達し――、街に大きな変化が訪れた。


 

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