第百四十七話:<自分は誰?>
――はあ、はあ、はあ、はあ……。
エアリスは虹色に染まった町の通りを駆けていた。
人一人を背負っての走行では、自慢の浮遊靴も使えない。
いつもならミシルのような友人達と楽しく歩いている看板だらけの道々が、終わりのない迷路のように思えて来る。
クロエを背負い、足元の揺れに時折体をよろめかせながら、人通りの無くなった通りをよたよたと走るエアリスを見咎めるような人間は周囲にいなかった。
先ほど、虹色の光の波が足元を通り過ぎた際に一度驚いてひっくり返りそうにそうになった他は危なっかしさのかけらもなく走りつづけられていた。
その光に害らしい害が無いらしいと分かった今では、波が通過して虹色に染まった地面を、雨上がりの水溜りほども頓着せずに踏みつけている。
――ひぃ、疲れた。でも、ここまで逃げれば大丈夫よね……?
充分に出てきた家から距離を離すことができたことを後ろを振り返って確認し、エアリスは足を止めた。
シャツは何時の間にやらぴったりと体に張り付くほどに汗まみれで、今にも膝をついてへたり込みたかったが、今そのようなことをできる場面でないことをエアリスは分かっていた。
肩のクロエを道脇の芝に下ろし、念のため再度容態を確認する。
呼吸、脈拍ともに正常。背中の傷も塞がってきたことを確認して、エアリスはほっと息を吐いた。
背中から生えた産毛だらけの黒い翼もきちんと折りたたまれ、クロエの背中にマントのような形で張り付いていた。クロエが意識を失っている間だらりと垂れさがるというようなことは無いらしい。
無事に屋外に出られたことで、エアリスに周りを伺う余裕ができた。
そして、ふと周囲の光景の不自然さに気づく。
――全然、人がいない?
虹色に染まった通りと、その通りに沿いに建つ、これまた虹色の民家や木々。
エアリスの視界に入るのはそんな無機物の姿ばかりで、自分達以外に動く者の姿は見当たらなかった。
――およよ? さっき家の中から外を見た時は、やたらと騒いでる人たちで通りが喧しかったのに、何で今はこんなに静まってんのさ?
エアリスが首を傾げる。
だが、その問いかけに答える者はどこにもいない。




