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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百四十三話:<亜竜>

 船から排出され、街に降り注ぐ黒い塊が、空中で身じろぎを始めた。

 深い眠りについていた彼ら・・を目覚めさせたのは、地上に感じる多くの生命の気配だ。

 全身を覆い隠していた翼を広げ、露わになった金色の瞳をぎょろりと蠢かし、眼下に広がる街の風景を視界いっぱいに収める。

 鋭い牙を有する彼らの口が開き、「クルル……」と獰猛な息が漏れた。

 全身を見せつけるように四足を広げた彼らの体は頑強な黒い鱗にびっしりと覆われていた。

 有角の、爬虫類めいた頭部も、鋭い鉤爪を有する前脚も、地を掴むために発達した太い後ろ脚も、丸太のように太い尻尾の先までが隙間なく黒い鱗に覆われている。

 そんな凶相の黒い生物が500体。

 ひぐまより二回り以上は大きい体を誇示しながら、幅10mはあるだろう蝙蝠の皮膜に似た翼を羽ばたかせながら、街に降り立とうとしていた。


「ゴウゥゥゥゥ……!!」


 全身に魔力を充溢させ始めた彼らの体から、赤のオーラが立ち昇り始めた。

 創造主たるエルフ達に”亜竜”と名付けられ、かつてこの世界最高の知恵と暴力を有した竜の因子を受け継ぐ生物たち。

 揺らめく赤を纏った一匹の黒竜が、一時の自由を手にした喜びを示す、歓喜の咆哮を上げた。近くで翼を広げていた他の亜竜達もそれに倣う。

 たちまちその咆哮は、数百の亜流たちの群れ全体に伝播した。

 地上で亜流の群れを見上げていた市民達がたまらず両耳を塞ぎ、地にしゃがみこむ。

 矛を交えぬこのやり取りだけで、これから殺し合う両陣営の立場は明確になった。

 地で未知の生物への恐怖に震える市民達は”獲物”。

 空でその獲物達を前に戦闘意欲を高ぶらせている亜竜達は”狩人”だろうか。

 亜竜達の上空から、亜竜の衝動を制御する術式維持に力を注ぐエルフ達がその様を遠見の魔道具を通じて見届け、確信する。


 ――これより始まるこの戦争に、我らの勝利、一片の疑いなし。


 そんな彼らの期待を一身に受ける、黒色の亜竜達。

 神にも抗える力を求めてエルフ達が作り出した禁忌の生物としての出自を持つ魔物達。

 その力が今、現実に示されようとしていた。

 エルフ達の聖地に居座る人間達に下される、大虐殺という名の開戦の証として。





「残念ながら、そうそう思い通りにはいかないわよ~?」


 と、役人たちや軍人たちの制止の指示を振りきって逃走せんと散り始めた市民達に溢れ、混乱の様相を呈するアルケミの街の一角にて。

 少々の抵抗を見せる赤縁眼鏡の少女を強引に抱き留めるユムナが、目を細めてそう呟いた。

 その小さな呟き越えを見計らったかのようなタイミングで、降下中の亜竜たちの目の前に異変が生じた。

 街の中心にそびえる大時計塔から、鮮やかな七色の光が撒き散らされる。

 時計塔から街の外壁に向けて四方八方へと振りまかれた虹色の光は、一瞬で街の端まで到達し、街と空を隔てる光の膜として亜竜達の前に立ち塞がった。


 ――え? 何なの……あれは?

 ――街の最終防衛手段ね~。あの時計塔を中心に、防御陣を敷いているの。

 ――嘘!? この町にこんな仕掛けがあったなんて知らなかった……。でも、これで凌いでる間に、なんとか上空の黒い魔物達を殲滅できれば――確かに! 確かにこれなら、街の皆を救えるかも!

 ――時計塔建設当初の昔ならともかく、魔力供給手段の無い今じゃ、あの結界は数分しか持たないからそれは無理かしらね~。

 ――数……分?

 ――しかも、あの時計塔を壊されたら終わりっていうおまけつき~。

 ――そんな!!

 ――でも、大丈夫。貴女の大好きな人達が、そっちは防いでくれるから。


 亜竜たちは、かつての竜ほどの知性は持っていないものの、エルフに匹敵する魔力感知能力――魔力の流れを見る魔眼を持ち、知恵を持ち、勘を働かせることができた。

 眼前に生じた虹色の障壁が、力づくで破るには少々硬すぎること、しかし、その要となる背の高い建物を粉砕すれば労せず破ることができる者であるということを、即座に看破し、それを破壊するための行動に移った。

 ぐわっと翼を広げて滑空体勢に移った数百の亜竜たちが、黒い激流のごとき一筋の流れとなってただ一つの目的地、障壁を作る時計塔を目指す。

 しかし、そんな亜竜達の前に立ち塞がる者達があった。

 亜竜達――ひいては、その背後にいるエルフ達の侵攻から町を守るべく剣を取り、上官達の指示の下、街の高所から虹の障壁を飛びぬけ、鬨の声を上げて次々と姿を現す軍装の男達。

 この町の正規兵達だ。

 飛来してくる黒色の亜竜たちを迎え撃つべく、一糸乱れぬ整然とした動きで陣を張り始める彼らの数は合計で凡そ1000~2000。

 そして、軍が用意した戦力はそれだけではなかった。

 彼らが姿を現したのと時を同じくして、街の城壁上で、幾十、幾百もの光が瞬き、その数と同じだけの炸裂音が鳴り響く。

 次の瞬間、滑空する黒竜達が爆炎の嵐に包まれた。


 ――対空射撃!? こんなものまで……。

 ――あたしが作った試作品を雛形に、この町の信頼できる研究者たちや学校講師達に軍が依頼して作らせた対空砲。たった一日でこんなにいっぱい量産したのよ~。まったく、信じられない街よね。

 ――お姉さんが? あ、いえ、もうこれ以上驚いてられませんね。それより、さっきこの防御膜は数分しか持たないって言ってましたけど、それを防衛してどうするんですか!?

 ――ふふ~ん。だから、あたしがここにいるの。この瞬間を無駄にしないためにね。この数分を、皆の命を救う数分に変えるのが、あたしの役目。さあ、一世一代の働きどころね~。……観客要員にあの馬鹿を呼び戻してもいいんだけど、ミシルちゃんが代わりに見届けてくれるから、今回は見送りましょうか。……じゃあ、見てて頂戴な、ミシルちゃん。今からこの町を救ってみせるから。


 亜竜の群れを包む黒煙も未だ晴れぬ中、軍の足場として第二の地面と化した虹色の防御膜が強い輝きを帯びる。

 そして竜達と軍の者達との激突の予感を他所に、その一段下の第一の地面――街の地面がぐらぐらと大きく揺れ始めていた。

 まるで、これから起きる何事かの影響の大きさを示すかのように。




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