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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百三十八話:<この地を巡って>

 その日、アルケミの街防衛軍第七軍師、メナス=リンドベルグはご機嫌だった。

 朝からご機嫌だった。

 神への敵対組織「リベリオン」の構成員として、神への敵対を示し、その陣営切り込む大戦争の一番槍を努めることになった喜びで、朝の食事も食べた傍から思わず皿をひっくり返してしまう程に。

 昼はもっとご機嫌だった。

 通りすがりの花売りの少女を見てにこやかに近づき、その右足についつい前蹴りを叩きこんでしまった程に。

 そして、前から目障りに思っていたこの町の神殿にある、飲み水の保管庫に、毒薬を忍ばせる指示を部下に出してしまう程に。

 栄えある最初の大反抗戦争の立役者となるであろうエルフ。その一族の一人である少年を顎で使えることに、喜びを感じながら。

 ああ、あの日、この組織に身を捧げて良かったと、心からそう思っていた。

 ああ、あの日、この町の生まれという経歴と組織のバックアップを背景に、この町の軍事顧問の一人――第七軍師などという肩書を手に入れ、て良かった。そのおかげで、こうして裏から哀れなる市民イケニエ達を上位者の目線で見下せるのだと。

 人生最高の暗い喜びに浸れる幸せさを胸に満たしつつ、メナス軍師は手に持った杖でカツンと地面を一突きした。


「聞こえなかったのかな? 悲しき、神の従僕の運命を背負わされたお姉さん?」

「……こんな街中で、そんな単語を口にしていいの~?」

「なあに、どうせこの町は今日! 間もなく! 全て! 滅びる運命にあるのだからねえ! 全く! 何も! 問題ないだろう?」 


 蒼髪の女性――組織の要注意者表ブラックリストに載っていた神に仕える存在が顔を顰めるのを見て、メナスの心はますます昂った。

 意味もなく手元の杖を振るって石畳にぶつけ続け、顔の右半分を覆う白仮面に手をやって、「ひぃひひひ……」と明らかに正気でない笑い声を漏らすメナスを前に、さしもの女性――ユムナも「うげ……」と気味悪そうに身を引いた。


 と、後ろに下がったユムナの代わりに、まだ年若い黒髪の眼鏡少女――ミシルが歩み出てきた。

 その眼鏡にかけた手を震わせ、その奥の目を驚きに見張りながら。


「メナス……第七軍師、さん?」

「ふむぅん? どこの誰かなあ、君は? 学生のようだが……ひょっとして、この町の教会通いでもしていたのかな。不幸だねえ、君も。神の隷奴になったばかりに、せっかく花の学生生活を謳歌するための時間を、そのような女の命令に費やさせられて。そもそもこの町に来たこと自体、大きな不幸だったかもしれないけれど。ひぃはははは!」


 自分の名前を呼んできた少女が、かつてこの町の軍で働く彼の下に来たこと、そしてこの町の防衛に関する論議を交わしたこともあるなどという事、目の前の事象で手いっぱいな今のメナスは覚えていなかったし、思い出そうともしなかった。

 ショックを受けたように口元を覆ったミシルを見ても、今の彼は劣等者を見る悦び以外の感情は湧いてこなかった。


「その気味悪い笑い……話に聞くエルフの”魔力強化”の秘術でも施したのかしら? ねえ、そこのエルフの子、答えて頂戴」


 明らかに常軌を逸した様子のメナスから守るように、ミシルの前に一歩を踏み出したユムナが先ほどからだんまりを決め込んでいた少年に向けて問いかけた。

 「えっ」とその少年が小さく驚きの声を漏らす。


「なんで、分かったんだい?」

「女の勘よ」

「……」


 胸を張って堂々と答えたユムナに、少年が言葉を失う。

 結果的にカマかけに引っかかったようなものだったからだ。


「――それにしても、やっぱり軍の中まで協力者が紛れ込んでいたのね~。……やっぱり、この町の教会の飲み水に毒を入れた馬鹿って貴方達のお仲間なのかしら? 危うくあたし達まで殺されかけたんだけど~? 皆無事だったから良いようなものの、随分なことやってくれるじゃない」


 そんなユムナの呟きに、メナスが激しく反応した。


「――何だって? 毒が不発!? 死体にたかる蛆虫よりも目障りな神の信徒たちが死んでない!? そんなことがあってたまるかああああ!?」


 街が混乱に陥っていなければ、道行く人も何事かと思って振り返り、そのまま野次馬化しそうな、泥酔者のごとき暴れようである。

 頭を抱え、ぶんぶんと首を振りながら再び発狂したように叫んでいたメナスが、急にピタリとその挙動を止めた。

 顎をがくりと開け、血走った目でユムナ達を舐めまわすように見渡す。

 それまで蒼白な顔で「毒? 人殺し? 軍内部の、裏切り……?」などとぶつぶつ呟いていたミシルがそれに気づき、慌ててユムナの背後に隠れた。


「ああ、別に気にする程のことは無かった。どうせ数時間後には全て焼き殺されているだろうし、そもそも君ひとりの身柄を確保できれば、些細な失敗なんて気にする必要は無いものね? ――やれ、ラルク君。エルフの君ならできるだろう? 本当はもう一人助っ人を呼んでいたのだけど、間に合わないならしょうがない」

 

 思い出したようにそう呟いたメナスの背後から、ラルクと呼ばれた少年が歩み出た。

 周囲の人通りが奇矯な行動を取るメナスに視線を向けないものかずっとハラハラしていたラルクは、はあ、とため息を吐いた後、ユムナに向けて口を開く。


「すいません。この人、用法・・を間違えたか、敢えて多めに摂取・・したかしたんでしょう。少々狂乱中のようです。仮面も、万能じゃないんですね……」


 その言葉の意味は実のところ半分以上理解できていなかったユムナであったが、重々しそうに頷いて分かった風に振舞った後、にこりと余裕の笑みを見せた。


「貴方はちゃんと話が通じる相手みたいね~。……投降してもらうとか、できないかしら?」

「貴女にとっては残念なことに、それは無理です」


 あくまでにこやかに話しかけるユムナに対して、ラルクもにこやかな表情で、被っていた麦藁帽を取り去り、エルフ独特の長い耳を外気に晒す。

 初対面の者同士のあまりに緊張感の無いそのやり取りから、二人の間で暗黙の了解が交わされる。

 これから先は、闘争の場であると。

 唐突に流れ出した闘争前の空気に、馴染みのないミシルがユムナの背後で緊張に喉をコクリと鳴らす。すっかりハイになったメナスは笑みを浮かべて、一歩を踏み出したラルクを見る。


「貴女がこの戦場に居たとしてもこの戦いの趨勢に”大きな影響が出るとは思えない”。でも、不確定要素は、摘み取れそうな時に摘み取っておきたいですからね。……運が悪かったと思って諦めてください」


 その言葉を聞いたユムナが心中でガッツポーズを決めたことを知らぬまま、ラルクは背後に抱えていた弓を構え、即座に矢を番えた。

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