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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百三十五話:<迎撃準備>

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 寒冷地の樹木と同じ、濃い暗色をした両翼が空を覆い始めた。

 つい先ほど町の外壁から覗かせたばかりの”船首”は、街の中央部へと向けられ、その進路を見る者に伝えている。

 陽の光を遮る巨大な双翼を有する巨大な船。

 それをわずか十数メートルほど上空に見上げながら、眼鏡の少年がぽつりと呟いた。


「来たか……。いよいよ本番だな」


 空を行く船の両翼の脇には、日本の五階建てビル並みの大きさを誇るプロペラが、四基装備されていた。

 巨大なプロペラが巻き起こす回転音は地上まで届き、少年の傍に立っていた軍装の男たちは皆、手で耳を塞ぐのに忙しい。

 身に纏った金属鎧をガシャガシャと鳴らし、額を伝う汗を鬱陶しそうに首を振って払いながら、街の外壁上・・・にずらりと一列に並んだ彼らは黙々と己の作業を進めていた。

 耳を塞ぎ、集中を乱す轟音を少しでも排除しようと試みながら。

 彼らが扱っているのは、太い円筒状の黒筒だった。

 高さは彼らの自背丈ほど、太さも彼らの胴回りほどはありそうなそれを外壁上に取りつけ、自分たちにとって扱いやすい・・・・・よう工夫を凝らしている。

 普段は観光客や町の住民たちの憩いの場ともなる外壁上の観覧スペースに厳つい軍装の男たちが所狭しと並んでいる光景はいかにも異常なものだった。

 しかし、今この町に訪れている危機は、そんなものなど問題にならないほど遥かに異常なものだ。それを思えば、この奇妙な黒筒に跨って作業する男達という光景も、大した以上ではないのかもしれない。

 

「耳を劈くこの轟音。強く吹き荒れる、壁を舐めあげて来る大型魔物の吐息のような風。そしてこのピリピリとした独特の緊張感。……よくぞまあ眉ひとつ顰めず立っていられるもんだな、少年。さては――戦場に立つのはこれが初めてじゃないだろう? ん?」


 ゴツン、ゴツン、と靴底の硬質な材質を感じさせる足音を立てながら、周囲の一般兵より上質そうな板金鎧に身を包んだ男性が、少年の下に歩み出てきた。

 30過ぎとは思わせない程がっしりとした体格の上に、これまた年に似合わない旺盛な好奇心を宿した表情を浮かべている。

 眼鏡の少年がその男の接近に気づき、立っていた外壁の縁で軽く一礼した。

 壁の下から吹きあがってきた風が少年の服の端と髪をバタバタとはためかせるが、ピシリと整ったその姿勢は揺らがず、崩れない。


「いえ。このように大きな戦場は初めてです。俺は少々ズルをさせてもらっているだけですよ。――聴覚を含む五感刺激に関しては、自由にコントロールできるものでして」

「ふうむ? まあ、それはともかく、当官に対して他人行儀は結構だ。”娘”が世話になった恩人という事もあるし、なにより今作戦は少年――お前がいなければ成し得なかったものと聞いている。本命・・作戦のおまけとはいえ、我らの手でこの町を守る機会を与えてくれたことには純粋に感謝の念を覚える。……これで我ら防衛軍は戦場で働かぬ無能者とのそしりを免れることができる」

 

 腕を組み、己の部下たちが実に勤勉実直に作業する様を満足気に見やりながら、男がくつくつと笑うようにそう告げた。

 兵士たちは今、目の前の少年とその仲間達――うち一人は彼らも良く知る人物、からこの町の”敵”を知り、その敵たちへの対抗策の一つを実践するべく、今この場所を訪れていたのだ。

 兵たちを指揮する男が身に着けた金属鎧の装飾品が揺れ、かちゃかちゃと鳴る。この町の軍属それも、軍内の千人隊長であることを示す徽章だ。

 千人隊長の男のすぐ脇に立って同様に兵たちを見回した薫が、頭を掻きながらどこか申し訳なさそうに呟く。


「――俺としては、できるだけここにいる皆の手も煩わせたくなかったんだが」

「はっ! 町の危機に何もできぬ輩が何を以て”防衛軍”などという名前を名乗れるものか! 我らは皆、この町のために命を捧げる覚悟ができている! そうだな! お前達!」


 軍装の長剣を抜き放ち、外壁の床にガツンと叩きつける男。

 途端にそこかしこから湧き上がる勇猛な鬨の声に、薫も「おお」と感心した風に息を漏らした。

 「はははは」、と満足そうに頷いた男が目つきを厳しいものに変え、少年の肩に手を置いた。


「我らは我らに出来る限りのことをさせてもらう。だが、この町をあの船の連中から救うには、お前達の力が不可欠だという事も重々認識している。――よろしく、頼む」

「承った。俺も、今回の主役たるおれの相棒も、貴方達の覚悟に負けぬよう、精一杯役目を果たさせてもらう。――無差別に市民を巻き込むような戦争は、きっと不正で見せよう」


 薫は胸に手を置き、男と目を合わせてそう言い放った。

 この千人長の男、実は薫にとっても恩義を感じている相手である。

 いくら親族の知り合いとはいえ、出自も知れない一冒険者たる薫達の主張を防衛軍の中の誰よりも先に真剣に取り上げてくれたのが、この男とその配下の部隊だったのだ。

 何者かの・・・・後押しを受けたこの町の文官達が味方に付いてくれたとはいえ、終始懐疑的な態度を取り続けた他の部隊長達を抑えて作戦の決行を承諾させられたのは彼のおかげだ。

 町の混乱を抑える役目を担った他の軍人たちや、もう一組、特別な任を負った精鋭たちも、今は町中に配置されているはずである。

 全て、男が薫達を信頼してくれたからこそだ。

 受けた信頼の恩は、役目を果たすことによって返すべきというのが薫の信条でもある。

 絶対にこの町を守って見せる――改めて、そう決意した。


「良い返事だ。……時に少年、お前、うちのノエルとはどういう関係だ?」

「? どういうも何も、説明した通りだが。助け、助けられ、今は冒険者仲間という――」

「そういうことを聞いてるんじゃない。さっき久しぶりに会いに来てくれたあの子が、”私が町内の方の対処に回るのは、カオルお兄さんと相談して、もう決めてあるからっ! じゃあ、頑張ってね、お父さん! 他の皆も!”などと言って危険な街中に飛び出して行ったのだが? さて、これはどういうことだ? 納得のいく説明はしてくれるんだろうな?」


 自分の娘が、自分ではない他の男との相談で勝手に行動方針を決めてしまったこと。

 そのことに対する怒りの籠った声が薫へと向けられた。

 人の親が放つ妙な迫力に押され、薫は得体のしれない寒気に身を震わせた。

 駆け出した娘を探すために貴重な人員を裂く指示を出し、慌てた部下たちに取りなされてしぶしぶ指示をひっこめたという男の経緯を知っている一般兵達が、「あちゃ~、やっちまったな」といった心の声を近くの仲間達と共有し合っていた。

 実際のところ、薫とノエルがそのような取り決めをしたという事実は無い。いや、相談があったのは確かだが、明確な「方針」の取り決めではなかったはずだ。

 「危険だから」という名目で父親の近くに縛り付けられるのを嫌ったノエルが方便でそのようなことを言ったというのが事の真相だ。碌に町のために動けないままやきもきと戦いの推移を黙って見守り続けるというのは、彼女の性分には合わなかったのである。

 つまり、少年が今置かれている理不尽な状況はノエルの責任という事になる。

 「部下に自分を追わせるんじゃないかなぁ」という予測を立てたノエルに変装用の帽子まで用意させた父親自身にも責任の一端はある気がするが。


「さあて、カオル君? この戦争中に娘が傷物になったらどう責任を取ってくれるつもりだ? ん? いっておくが、まだノエルは嫁には出さんぞ」

「まあまあ、ノエルちゃんなら大丈夫でしょうさ。あの子がそこらの雑兵に負けるとは思えないですからね」


 見かねた兵士の一人が冷や汗を垂れるカオルに助け舟を出す

 

「え……ええ、そうですね。ノエルは強い。きっと無事に帰ってくるはずだ」


 薫はその助け舟に乗り込み、少々楽観的とも取れる言葉を口にしながら、心中で「せめてユムナと一緒にいてくれれば俺も安心できたんだが……。あいつの街を守りたいという気持ちの強さを量りきれなかったか。失敗だ」と後悔の念を覚える。

 乗り込んだ助け舟が結果として泥船であったという事を、今の薫はまだ知らない。


「ふん。……まあ、あの子の強さは知っている。作戦さえ成功すれば、きっと――。さあ!そろそろいくぞ、お前達! 一世一代の働きどころだ! ケツの穴締めて気合入れろ!」


 何はともあれ、街側の防衛の準備は着々と進んでいた。

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