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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百三十四話:<空中要塞>

 ユーノは、少女の首のみならず、その下の石畳ごと刈り取る心持ちで思い切り良く剣を打ち下ろした。

 しかし、絹布団のように柔らかな外見を持った少女の白い首は、剣の刃とぶつかり、尋常でない手ごたえをユーノの手に与えてきた。

 鋼鉄の岩を鉄棒で殴ったかのような感覚だ。

 がきんと音を立て、刃が弾き返される。

 火花を散らせて跳ね返された剣を目の当たりにし、ユーノが思わず目を見張った。


 ――何!? 何が起きた!?


 ユーノの心に湧いた疑問。

 それに対する回答――とは少し違った言葉が、困惑するユーノの耳元に届いた。

 それも。随分と、敵意が込められた、非友好的な声だ。


「そいつをこっちに寄越せ、そこの仮面の姉ちゃん! いてえ思いをしたくなかったらなあ!」


 横合いから声と共に降ってきた男の体を、ユーノは、背後に飛び退ることで躱した。


「避けんな! バーロー!」


 薄氷の張った石畳にずんと音を立てて着地した男が、暑苦しい声と共に剣をぶんと振り回す。


 ――そりゃ、避けるよ。あたし、少なくとも今はまだ死にたくないし。


 突然の乱入者に心中で舌打ちするユーノ。

 そのユーノに向け、「おおおおお!」と豪快な気勢を上げながら、男が剣を腰だめに構えた体勢から突進してきた。

 随分と豪快で大胆な突き技である。

 しかし、攻撃速度には先ほどのノエルに数段劣るものの、きちんとした訓練を受けたことが伺える、鋭さを感じさせる突きだ。

 ユーノは手にした亜人少女の剣の腹を盾代わりにして自分の胸元を覆い、それを迎撃する。

 突きの衝撃を敢えて全身で受け止め、その勢いを利用して後方に吹き飛ばさせてもらう。

 そして残り僅かな魔力を振り絞り、着地点の足元を氷結させた。

 着地と同時に男にくるりと背を向け、そのまま氷上スケートの要領で加速する。

 足元に作り出した氷を潤滑油代わりにした、全力逃走の構えだ。

 先ほどちらと確認したが、男が繰り出した剣は、柄の部分にこの町のシンボルたる時計塔を模したマークが彫り込まれていた。

 この町の、軍正規装備である。。

 だとすれば、今襲い掛かってきた男や、その後ろから男を追って走って来る数名の者達は、軍の関係者たちで間違いないだろうとユーノは判断した。

 

 ――で、そんな奴らと一々闘ってられないってのー。っつーか、今やりあったらほぼ間違いなく負けちゃうじゃん。そんなのは御免こうむりますよっと。


「あ、こら! 待てや、てめえ!」

「あ、そうだ。さっきの女の子、早く治療しないと死んじゃうかもねー?」

「何だと!? ……ぐぐ、テメエの顔は覚えたかんな! もう二度と、この町は出歩けないもんと思っとけ!」


 「治療しないと死んじゃう」云々は口から出まかせだったが、男はその嘘を信じてくれたようだ。ユーノの追撃を諦め、悔しそうに唇を噛みしめた後、捨てセリフを吐いて踵を返した。


 ――ま、確かに「この町」をあたしが出歩くことは、もう無いのかなー。……さて。予想外のことが起きたけど、あたし、このまま呼び出しに応じるべきなんかね? 


 自分を追う者がいなくなったことを見て取り、ユーノは高速逃走を続けながら、今後の自分の方針について再度考え始めた。

 その心の中に、先ほど自分が死闘を」くり広げ、とどめを刺し損ねた少女のことや少女が助かった理由、そしてその少女のために斬りかかってきた男達に対する興味は殆ど残っていない。

 このまま「自分の仲間達の企て」が成功すればどうせその過程で消え去る人達であることがその理由の一つ。そして同時に、急速に回復し始めた彼女の魔力に対応するべく稼働し始めた仮面が、ユーノの心の情動の波を全力で抑えにかかっているからでもあった。

 

 ――んー、何だかんだでやっぱ呼び出しに応じる他ないかー。そろそろ例のアレも来る頃だろうし、巻き込まれちゃたまんな――んん? 


 大分混乱が進み始めたらしく人通りが多くなってきた町の通りを避け、再度自分が進むべき道として屋根の上のルートを選択していたユーノは、急に空が暗くなったことを感じ取って、足を止めた。


 ――あ、来たんだ。


 頭上を仰いでそう呟いたユーノが、今度は屋根の上から目線を落とし、眼下の町を見渡す。

 自分の頭上に影を落とし始めた”それ”の正体を、ユーノは知らされていた。

 陽の光を遮りながらどんどん町の中心部に向かっているらしい"それ"を、街を覆う影の広がりを以て確認する。

 街の壁から伸びた影が外周区の家々を飲みこみ、声を上げて逃げ惑う市民たちをも黒く染めながら、街中心部に向けてぐんぐんと伸びていく。

 まるで巨大な黒い魔物が町の地を這い、その体で街を覆いつくさんとしているかのようだと、ユーノは感じた。

 巨大な影は、今や人口2万人を超えるこの町の面積のおよそ1/8にまで勢力を広げていた。

 ぶおん、ぶおん、と巨大な風車が回る音がユーノの頭上から響いてくる。いや、風車のような音ではなく、風車そのものの音といっても良いだろう。

 精霊魔法技術と失われた古代錬金技術の融合による産物――巨大な「船」に推力と浮力を与えるための装置の一つらしい。


 ――はーっ。元々「オーバーキル」してなんぼって作戦だったらしいけど、こりゃまた凄いもの持ち出してきたもんだよねー。


 片手で庇を作って上を仰ぎ見直して、空の巨体を柄でもない感嘆の息と共に迎えるユーノ。

 自分同様に地上から空を覆うこの物体を眺めている者は多いはずだけれども、彼らはどのような心持でこれを眺めているのだろう。

 得体のしれない空の侵略者に対しての恐怖だろうか。

 それとも、はためく翼を持たぬ巨大な物体が空を進んでいることへの畏怖と感動だろうか。

 後者の感情も、あの船が自分たちの「敵」が操舵する空中の砦、即ち要塞のような代物だと知れば、恐怖に取って代わるのだろうけれど。


 ――ま、今はそれどころじゃない、かー。さて、こいつが本格的に町を”攻撃”しだす前に、あたしも早くお使いを終えて、安全なところ逃げないとねー。


 当面の目的を定めたユーノは白仮面を深くかぶり直し、屋根から身を躍らせた。

 体を包む浮遊感を心地よく感じつつも、ユーノはいよいよ秒読みに入った”戦争”の開幕を前に、ぶるりと身を震わせた。


 ――もう、後戻りはできない。


 それが武者震いであったのか、それとも他の感情からくる震えだったのか。

 その時のユーノがそれを知ることは叶わなかった。

 全身に広がりかけたその震えを抑えるべく、ユーノは右手に力を込めた。

 ユーノの片手に握られたひび割れた長剣が、新たな主人の魔力を受けて焚き火のような温かな赤光を放つ。

 開戦の時は近い。




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