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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百三十一話:<二人の剣士達>

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うええっ!? なんでここ出ちゃいけないの!? ユーノちゃんだってさっきここ出てったのに!」

「……外、危ない。エアリスは、何で外出しようと思う?」


 所はノワール王国アルケミの街外周部。

 家族揃って暮らす用の一軒屋がポツリポツリと並び始めた、この町にしては閑静といえる環境を普段は維持している、住宅街の一角。

 その住宅街にある、とある家の軒下で、二人の少女が口論を交わしていた。

 背の高い方の少女が、自分を引きとめようとする黒衣の少女に向けて結構な大声を放っている。

 常の静かなこの地域であれば相応しくないような声量だ。

 しかし、今のこの地区において、常の静けさは鳴りを潜めている。少女の大きな声も問題にならない程度には、軽いざわつきが辺りを支配していた。

 今も、二人が立つ家の前を足早に通り過ぎる近隣住民達の姿が見える。


「おい、この鐘が何だか分かるか?」「わたくし、この町に移り住んで10年位になりますが、こんな鐘の鳴り方は聞いたことがありません」「なんだか、凄く不吉な鳴り方ですよね……。もしかして、なにか良くない知らせかも」


 今のこの地区も、他の地区の例にもれず町中央から響いてきた鐘の音を受けて軽い混乱状態になっていた。

 幸か不幸か、あるいはそもそも町側による周知の試みの怠慢故か。

 この地域で鐘の音の真の意味を知り、声高にそれを伝える者はいないようで、真の「パニック」が起こるまでにはまだ猶予がありそうだったが。

 そんな住民たちの騒ぎを尻目に、少女達のやり取りは続く。


「いやいや、実は私にもなんでだか分かんないんだわ。ただ、何だか今、どうしても行かなきゃいけない場所があるような気がしてさ。この……鐘の音? これを聞いたら居ても立っても居られないような気分になっちゃって」

「……この鐘、特別警報。簡単に言えば、外は危ないから家を出ちゃ駄目って合図」


 ちらりと町の中心部の方角とそこにそびえる時計塔を見やった黒髪の少女が、さらりと重要な事実を告げた。

 ただ、彼女が告げた内容は嘘こそ含まれていないものの、だいぶ彼女に都合の良いように内容が偏向されていた。

 鐘の音は町の危機を伝えるものであり、それを聞いた町の住民たちはまず「各々、自分の身を守る」ことを言外に求められる。

 町の行政組織が次の手を打つまで、自力で自分の身を守る手段を探れという連絡だといえば分かりやすいか。

 「確実に自分たちの身を守れる方法」を知る黒髪の少女は、その方法――彼女達の拠点たる「家」の中に居るようにとエアリスに伝えたのである。


「おりょ? そうなんだ。う~ん、確かにそれなら私はここにいるべき……なんだろうけど――うがー! なんじゃこの私の心の中で燻ってるモヤモヤしたもんはーー!!」


 エアリスが頭を抱える。

 彼女の混乱は、頭の片隅にかつて彼女の友人から教わった"鐘"に関する知識が残っていたことによるものだったが、「今日一日の記憶」ごと学校に関する知識を封印状態にされた今の彼女に、その知識の断片を正確に拾い上げることはできなかった。

 拾い上げられていたならば、友人達の安否を知るべく、一も二もなくこの場を飛び出していたことだろう。

 結果として煮え切らない思いを燻らせる羽目になったエアリスの肩を、黒髪の少女が掴んでズルズルと家の中に引きずっていった。

 バタンと扉が閉まり、外の喧騒から二人の少女が切り離される。


「……あ、そうだ。これ、念のため」

「うりょ? なに、これ?」


 家の扉を閉めた黒髪少女が懐をごそごそと漁り、奇妙な紋章の入った石が飾られた、ペンダント型の装具をエアリスに手渡した。


「それ、"目印"。エアリスにあげる。……もし万が一エアリスが外に出ても、それがあれば安全。でも、だからって勝手に外出しちゃ駄目だから」

「ほうほう(良く分かってない)。へ~、結構きれいな石だね――まさか、宝石だったりする!?」

「……違う、でも、貴重品。手放さないで」


 チャラリと自分の分の装具を取り出ながらそう言った少女を見て「おお、お揃いだ!」などと手を叩いて喜ぶエアリス。

 その無邪気な姿を見て自身も笑顔になりながら、黒髪の少女――クロエが、ドア脇の窓に映った時計塔の方向に視線を移した。

 そして、徐々に笑みの表情を薄れさせつつ、そちらの方向で頑張っているはずの同僚の少女に向けた祈りの言葉を、心配そうな声音で呟く。


「ユーノ。……無事でいて」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ぎぁっ!?」「せいあぁっ!」


 正面から突進してきたノエルの斬撃を捌ききれなくなり、ユーノの口から悲鳴のような声が漏れる。

 斜め上方から落ちてきた斬撃は何とか身を捻って躱したものの、Vの字の軌跡を描いて足元から跳ね上がってきた第二撃目は避けきれなかったのだ。

 魔物の糸で編み込まれた頑丈な戦闘服ごとユーノの体が斬り裂かれ、高温の炎に傷口を焼かれる。

 常人なら即座に気を失ってもおかしくないほどの痛みがユーノを襲う。

 傷を受けながら地を蹴って後退したユーノは、氷の床を滑っての退避の最中に唇を強く噛みしめ、なんとか意識を繋ぎ留めた。


 ユーノがこれまでに作り出した氷の壁、氷の柱、細かい氷粒による目くらましの霧。

 それらは全て、相対するノエルに正面から突破された。

 炎を纏った彼女の長剣が振られるたび、薙ぎ払われるたび、ユーノの身を守る氷の盾はどんどん削り取られていったのだ。

 視界を制限しようと完全に塞ごうと魔力感知で敵の位置を正確に把握してくるノエルという相手は、ユーノにとって相当相性の悪い相手だった。

 ユーノのメインウェポンである短剣は、長剣と正面からぶつかり合って互角で渡り合える類の武器ではない。

 リーチの差、武器の重量で勝る相手と幾度もぶつかり合い、その黒い刀身は悲鳴を上げかけていた。

 そして互いに一定以上の"剣士"としての技量を持つ者同士、硬い防御力を備えた相手の体に直接作用を及ぼせない精霊魔法では、牽制や剣技補助以上の効果を及ぼすことができない。

 長い詠唱を必要とする上級魔法ならば話は別だろうが、精神集中と呪文詠唱を必要とするそのような技を、目の前の少女が見逃してくれるとは思われなかった。

 圧倒的に相手を上回る魔力量を備えていながら、今この場において、魔法はユーノの戦力を底上げする要因になり得ていなかったのである。


 ――こんちくしょおおぉぉ! 


 ユーノが苦し紛れに放った氷の弾丸の一撃を、ノエルは駆けながら前に屈んで回避してきた。

 一瞬で二人の距離が詰まり、仮面越しに外を見るユーノの視界に、強い意志の籠った赤く煌めく両目が映り込む。

 そしてもう幾度目かも分からない突き崩しの斬撃を受け、ユーノの体が後方に吹き飛んだ。

 地面を無様に転げたユーノに、しかし追撃の太刀は降ってこなかった。

 

「もう降参してっ! 貴女に勝ち目はない! 私の手元が狂ったら、死んじゃうよ!?」


 優しさからくるのだろう、ノエルのその言葉。

 敵であるはずの自分の身を慮る声を聞きながら、ユーノは自分の心の中に、ある二つの感情が沸き上がって来るのを感じた。

 よろよろと力無い足取りで立ち上がりながら、ユーノが呟く。


 ――傲慢な、子だなー。


 一つ目の感情は、劣等感。

 自分より才能・・豊かな敵の技量を妬み、自分の力の無さを嘆く気持ち。

 

 ――決めた。


 二つ目の感情は、憎悪。

 その「才能ある存在」が、また・・自分の前に立ち塞がっていることに対する怨嗟の気持ち。


 ――あたしは、死んでもこいつには負けてやらない。……負けてやるもんか。


 左手に氷製の短剣を生みだしながら、ユーノは目の前の少女を強く睨み付けた。

 仮面越しにも分かる強い殺気を感じ取り、ノエルが息を飲む。

 二人の少女が剣先を向け合い、再び向かい合う。

 決着の瞬間は、もうすぐそこに迫っていた。




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