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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百二十九話:<氷の刃と炎の剣>

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 現在進行形でノエルに追われ、見張られている人影。

 その当の本人は、自身が何者かに追われているという事実に、まだ気づいている様子はなかった。

 慣れない光魔法の迷彩を切って地上の通りに降り立ったその人影が、街の混乱の様相をちらりと確認する。

 白色の仮面を顔に装着し、白い戦闘装束を身に纏った年若い少女である。

 喧しく響き渡る鐘の音と周囲の喧騒を耳にした彼女は、今は町の外にいる自分の仲間・・達が行動を開始したらしいことを知る。

 つつがなく始まったとみえる戦闘準備に「よし」、と満足感を抱くが、すぐに仮面奥の唇をへの字に曲げてちっと舌打ちをした。


 ――このタイミングで呼び出しなんて、先方様はどういうつもりなんだか。てっきり戦闘開始後の脱出・・補助のご依頼かと思ったら、呼び出し先は街のど真ん中にある施設だって言うじゃん。こいつといいラルクといい、この町のお仲間は勝手なことする奴しかいないのかっての。ま、ぼやいててもしかたないよね。ちゃっちゃと行きますかー。


 自分を呼び出した人物への愚痴をぼやきながら身を翻した仮面の少女――ユーノが、不審な格好を丸出しにして街の通りを駆け出した。

 自分たちの大事な初戦・・にさしあたって、予定外の行動ばかり取る関係者たちに振り回され通しの彼女。

 そのことについて、それが組織末端の人間の悲しさかと諦めの吐息を漏らしながら、彼女はただ走る。

 混乱する街の中を誰にも呼び止められることなく走りながら、ユーノは思考を続ける。


 ――はあ、うちの組織、本当に大丈夫かなー。あたしの周りはそこそこいい感じだったから分かんなかったけど、実は全体で見るとわりと一枚岩にまとまりきってない感じ? ま、反社会組織だからある程度は仕方ないとは思うけどさ。


 これから開始されるのは、エルフの軍勢によるこの町への侵略戦争だ。

 ここからでは進軍具合は見て取れないものの、予定通りなら、もうすぐ攻撃の第一波である「亜竜」の群れがこの町の空を覆い始めるはずである。

 神への叛逆を目的に掲げるその「組織」の構成員およびその協力者達は、戦闘中、可能な限り味方のサポートに回ることになっている。

 ユーノも一応はそんな構成員の一人という扱いだ。

 しかし、この町の防衛戦力に直接影響を及ぼせる一部の例外を除いて、そのような協力者達の大半はすでに町を出ているか、安全地帯に籠って戦争の終結を待っているというのが大半だ。

 組織の一構成員に過ぎないユーノも当然そのようにするつもりであったのだが、何の嫌がらせか戦闘開始直前にて急遽呼び出しを受けてしまったが故に、今こうして単独で呼び出し場所へと全力で向かっている。

 寝間着に袖を通し、幸せな気分で布団に入ったところで大音量の呼び声にてたたき起こされた時のような理不尽さを覚えながら。

 鐘の音を気にして棒立ちになっている町に住民たちの中に、今のユーノの疾走を見咎める者はいない。時折自分に向けられる奇異の目も、自分自身の安全確保に手いっぱいな者達がちらと好奇心から向けてきた程度のもの。

 長続きしない好奇心は、すぐに逸れていく彼らの視線という形で表れていた。

 

 ――町の混乱は確定的。あたしなんかに注意を向ける余裕のある奴は流石にもういないよねー?


 元々、先ほどまでの光魔法での迷彩にしても、街の空気から感じ取った奇妙な緊張感に警戒心を抱いたユーノが、石橋を杖で叩くような心持ちで用心のためにやっていたことに過ぎない。

 街の様子を一通り見終えた今なら、そんな用心も無用だったと判断できる――ユーノはそう考えた。

 と、走り続けるユーノの正面に、突然濃い緑色の塊が降ってきた。

 空を裂き、音を射抜く勢いで落ちてくるそれが魔力の通った風魔石だということに気づいたユーノは、反射的に足を止めて大きく後ろに飛び退った。

 地面に叩きつけられた風魔石が、派手な破砕音と共に炸裂する。

 風魔石の落下点を中心に、猛烈な突風が四方に向けて容赦なしに放たれた。

 飛び退く判断が遅れていたらそのまま壁にでも叩きつけられていただろう強い風の圧力が、体を屈めたユーノの体を正面から叩いた。


 ――いったい何!?


 両目を開けていられないほどの風を、ユーノは両手を交差させて耐え凌ぐ。

 唐突な攻撃に取り乱すより先、訓練・・を重ねたユーノは狭い視界のみを頼りに、しかし貪欲に情報を集め始めた。

 ユーノはこの風魔石が、偶然自分の進路上に放られたものだとは考えていなかった。 

 あくまでこれは自分を狙ったもの。

 そしてそれは、自信に向けて魔石を放った何者かが存在することを意味していた。

 

「――ねえ、お姉さん」


 その「何者か」は、身を隠す気などそもそもなかったようだった。

 そもそも先ほどの風魔石投射も、不意打ちのためではなく、あくまで自分が探していた敵たる人物を見つけて体が勝手に動いただけのことだ。


「お姉さんって、街の外にやってきてる"軍勢"の関係者だよね?」


 突風が収まると、ユーノの目の前には小柄な金色の少女が立っていた。

 突風を緩衝材にして着地した金髪の少女が、構えた剣先をユーノに向け、剣呑な目つきで問いかけてくる。

 本当に小柄な少女だった。その手に握られた長剣が、一般品より一回りは小さいはずのそのサイズに反して、子供の剣士ごっこのようなアンバランスさを見る者に感じさせてくる。

 突然の来訪者の余りに意外な正体に、ユーノが一瞬目を丸くする。

 しかし、現れた少女の怨敵を射殺さんばかりの眼差しを見れば、彼女が危険な存在であることは直ぐに分かった。

 さらに言うならば、ユーノの光魔法による迷彩を看破するような、油断ならない相手であることも疑いない。 

 ユーノの背が緊張でぴんと張った。

 しかし、その緊張を分かりやすく表に出すような愚はおかさない。

 胸の内に押し込め、とぼけた声で相手に応じてみる。


「軍勢? それって、何のことー?」


 無駄であろうことは薄々悟りつつも、肩を竦めて韜晦による誤魔化しを試みた。

 その誤魔化しに一切の効果がなかったことは、狐耳少女の細められた赤い目を見れば分かってしまったが。


「……お姉さんが着けてる"仮面"と、体中を通ってる激流みたいな魔力量。今この町を襲おうとしてる人達――エルフさん達の特徴と、凄く良く似てるよね? それと――」

「それと?」


 表面を取り繕い、いかにも事情を理解していない部外者めいた口調で問い返しながら、ユーノはもう既に覚悟を決めていた。

 綺麗な金髪の上にピクリピクリと緊張に揺れる狐耳を載せた目の前の少女と一戦交える覚悟を。

 何かしらの明確な根拠、あるいは確信を元に自分を敵認定しているらしいこの少女を、沈黙させる覚悟を。


「お姉さんの体から、感じるんだ。血の匂い。お姉さん、つい最近誰かを手にかけて――殺してるよね? 大きな事件なんてそうそう頻繁には起きないはずの、この町で、人を殺してるよね?」

 

 開戦の合図は無かった。

 唇を引き結んだノエルが、突進と共に斜めに走らせてきた炎を纏った剣の軌跡と、

 仮面の奥の表情を消したユーノが振りぬいた、冷気を纏ったナイフの軌道とがぶつかり合う。

 激しい火花が散り、爆発音が狭い通りに響き渡った。


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