第百二十六話:<謎の男女>
とうとう大幅時間オーバー……本当にすいません
(・・;)少々お待ちを
――ん? 何かな、この声?
木々の根の上の狭い空間を枝を潜りながら進んでいたミシルが、ふと立ち止まった。
進行方向に見える人影に近づくにつれ、何やら人の声のようなものが耳に届き始めたのだ
まだそこそこ若そうな女性の声である。
――これって……歌?
節のついた音の連なりをそう分析しながらも、「ううん……」と首を捻るミシル。
自他ともに認める軍事マニアのミシルは、軍隊所属の楽団や歌い手たちの演奏もまた、こよなく愛していた。
そらで歌詞を暗唱できるお気に入りの軍歌や聖歌なども幾らか存在するほどだ。
そんなミシルにとって、歌というにはどうも調子っぱずれで音程の滅茶苦茶なそれを歌として認めていいのか、心中で少々の苦闘があったのである。
とはいっても、それが目の前の人影に近づかない理由にはならない。
垂れ流される女性の声はひとまず意識の外に除外して、歩を進めていく。
すると、先ほど発見した人影がこちらに背を向けて地に座る男性であることが見て取れるようになった。
その男性の視線の先には大きな穴が開いており、その脇には大量の土が山となって積まれていた。
先ほどからの奇妙な歌声は、その中から聞こえてくるようだ。
「えっさこ~ら、えっさこ~ら。一~つ掘っては町のため~。二~つ掘ってはあたしのため~。えっさこ~ら、えっさこ~ら。三~つ掘っては……」
「……その歌は魔法の効率を高めるための呪文か何かか? 違うのなら、今すぐ歌うのを止めた方が良いぞ?」
「え~? 何でよ~?」
穴の中には、少なくとも一人の女性が入っているらしい。
穴の脇に座る男性に注意され、ようやくその歌声が止んだ。
「端的言えば、音痴だからだ」
「ふぁぇ!? ……え、本当に!?」
「ああ。――今度、良い歌い方を教えてやろうか? お前の声は割と歌向きだ。斜腹筋と背筋を鍛えて腹から声を出す術を学べば、きっとすぐに上達するだろう」
ミシルは、こちらに背を向けて座る黒髪の男が、見たことのないデザインをした白い上着を着ていることを確認した。
作業着に少し似てるかな――などといった感想を抱いたその時。
突然、男がくるりと振り向いてミシルの方を見てきた。
訝しげな表情をミシルの格好を見て小さな驚きの表情に転化させたその男は、予想外に若い容姿をしていた。
眼鏡の奥に光る黒い瞳はどこか鋭さのようなものも感じさせるが、どこか呆けたように制服姿のミシルを見やるその表情は、まだ10代と見える外見年齢に見合ったもののように思えた。
意図しないこととはいえ、声もかけずに背後に忍び寄ったことをミシルが詫びる。
「あ、すみません。声もかけずに。どうぞ、作業を続けてください」
「いや、こちらこそすまない。――それにしても、こんなところに何の用だ? 見たところ、この町の学生のようだが……こんな辺鄙な場所に、女の子一人で来るものじゃないぞ」
眼鏡の少年が、心底心配そうな表情になってミシルに問いかけてきた。
案外親切な人のようで、安心するミシル。
「あの、このあたりで私と同じくらいの年齢の女の子を見かけませんでした? 私と同じ制服で、肩まで伸びたくすんだ金髪と赤い髪留めが特徴なんですけど」
「いや、すまん。知らないな……ユムナ、お前はどうだ?」
「え~? 朝からずっと穴の中で土と戯れてたあたしが知る訳ないじゃな~い。それより、そろそろ休憩にしない? ぶっつけ本番が怖いのは分かるけど、あたしの魔力だって無尽蔵じゃないってことを忘れないでよね」
「ああ、分かっている。――ほら、掴まれ」
「よいしょっ」と失われかけの若さを感じさせる掛け声と共に、穴の中から蒼髪の女性が引っ張り出されてきた。
「あ~、しんどかったしんどかった~」などと言いながら服の土ぼこりをぱんぱんと払い始めたその女性が、ようやくそこにいたミシルの存在に気づいた。
にこりと笑みを浮かべて気さくに話しかけてくる。
「あら~? 可愛い制服ね~。たしか第一公立大学のものだったかしら? 男女共に青地の上下、女の子はスカートと羽根つき帽子を着用。良いデザインよね~」
「はい、私達も気に入ってます。可愛いですよね」
スカートの裾をちょこんと摘み上げながら、ミシルが嬉しそうに反応するが、蒼髪の女性の「うんうん、そうよね~。あたしもあと10歳若ければな~」という呟きには返答を返せず、曖昧に微笑んで誤魔化した。
女性の背後で首を横に振っていた眼鏡の少年と目が合い、謎の申し訳なさを二人で共有する。
と、自分の両手を見てため息を吐いていた蒼髪女性が、再度ミシルに向けてにこりと笑顔を見せて提案してきた。
「貴女、人探しをしてるのよね? あたし達も手伝いましょうか?」
「おい、ユムナ? 俺達はこれから本格的に動き出さなければ――」
「お気持ちだけ、ありがたく受け取らせてください。人探しって言っても、そんなに大したものじゃないですし」
「あらそう……。じゃあ、せめて公園の出口まで送らせてちょうだいな」
「あ、それなら是非ともお願いします」
――結局、振出しに戻っちゃったかあ。まあ、しょうがないか。こういうことだってあるよ。
エアリスを探す手がかりが途切れてしまったことは残念だけれど、今はこの思わぬ出会いの方を喜ぼう。
そう考えたミシルは、当たり前のように少年の背中におぶさった蒼髪の女性の案内に従って、公園の出口に向けて進み出した。
一度だけ、先ほど女性が潜っていた正体不明の大穴を振り返る。
――結局、あれはなんだったのかな? 聞いたら教えてくれるといいんだけど。
黒々と空いた大穴は、何も語らず、ただそこにぽっかりと口を開けているのみだった。




