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第十三話:何でもかんでも言葉で説明できるもんばかりだなんて思うなよ?<魔法使いへの道>

 箸休め回です。


 side:紅

「おっ。できた」


 あたしの手の上に、角砂糖程度の大きさの塊が空間から溶け出すようにして顕現した。

 窓の光を受けてキラキラ輝く、小さな氷の塊だ。

 掌を振って軽く転がしてやると、気持ちの良い冷たさを残して直ぐに溶けて水になった。

 あたしが挑んだ水属性初級精霊魔法、「氷召喚」の成果だぜ。

 

(わ、凄いですね、紅さん。土に続いて水属性の魔法までこんなに早くできるようになる人は中々いません)


 脇で見ていたリーティスから称賛の声が上がり、口元が緩んだ。

 うんうん、やっぱり褒められるのは気分が良いな。悪くねえ。

 

「なあ、紅……」


 そんなあたしの横から、重苦しい声が聞こえた。

 ちらと目を剥けると、難解な数式でも前にしたかのように眉を寄せて唸る男の姿があった。


「なんだよ、兄貴」

「発動の感覚が全く掴めない。少しヒントをくれないか?」


 そうしてやりてえのは山々だった。

 何せ、兄貴の膝元に置かれた桶には、魔法として構成するのに失敗した多量の水と煤と泥土が混じった奇怪な液体が並々と満ちてやがる。

 魔石の解放には成功し、元素たる物質は取り出せてるらしいんだが、兄貴の魔法はそれ以上の段階に進めないまま足踏み状態。

 あたしが上手い感じに魔法のコツを伝授できるもんなら、してやりてえさ。


「いや、ええと……わりい、兄貴。あたしも何て説明すればいいのか、良く分かんねえんだ」


 でも、無理だった。

 何でも、魔法を発動するのに不可欠な"魔力"ってもんを、普通の人間はそもそも体で感じ取ることが出来ねえらしい。

 頭の中に示したイメージを魔石の中のエネルギーを使って現象化させてることは分かるんだが、具体的にどういう理屈で魔法が発動してるのか、使ってるあたし自身が理解できねえのに、それを教えるのは流石に無理だ。


(あの、カオルさん。魔法というのは感覚的なものですから、言葉で説明することはちょっと難しいんです)


 リーティスのフォローが頭に響き、兄貴が完全に項垂れる。

 オロオロと惑うリーティスの前で、兄貴は何とも哀愁漂うため息を一つ吐いた。

 けど、兄貴はまだ白旗を上げちゃあいなかった。

 すぐにくっと顔を上げて、自分に言い聞かすように自論を展開し始めた。

 拳を熱く握りしめ、熱弁をふるう。


「いいや、違う。『魔力』というエネルギーを用い、それを精神や術式といったもので制御し、現象を起こしているんだ。あるんだよ。見えない「法則」というものが。それさえ理解できれば恐らくはどんな高等な魔法だって――」

「要するに、今はできねえってことだろ? 理論なんて分かんねんだからよ」

「…………………………………………そうだな」

(カオルさん!? しっかりしてください! 意識を確かに! カオルさん!)


 握りしめられていた兄貴の拳がほどけ、力無く床の上に落ちてた。

 ふらふらとソファーに座り込んだ兄貴の肩をリーティスが揺さぶり、正気を確かめ始めたが、兄貴は肩を沈ませてお通夜状態。まるで反応を示さねえ。

 ありゃ、本気で落ち込んでんな。

 聞こえていやしねえだろう。


 おっと、説明が遅れちまったな。

 あたし達は今、カードル村長の家にお邪魔してリーティスから魔法の手ほどきを受けているところだ。

 先日の模擬戦で兄貴が魔石の「解放」をしていたからな、あたしも練習すれば使えるんじゃねえかと思って頼んでみたんだ。

 直接的な戦闘能力はそこまで高くないと自覚してる兄貴の方も、魔法で戦力強化を図りたいという考えがあったみたいで、気合を入れて今日の練習に挑んでいた。

 ただ、肝心の結果の方はというと……うん。


「何故だ? 魔石の「解放」にも微弱な魔力は使われているのだろう?「魔力を扱える」という前提条件はクリアーできているはずだ。くっ、やっぱりおかしい。何故紅にできることが俺にできない」

「行き詰った時に分析思考を垂れ流すのは兄貴の悪い癖だぞー。っつーか、さりげなくあたしを貶めてんじゃねえよ。喧嘩売ってんのか?」


 兄貴は精霊魔法の初歩の段階で躓いちまっていた。

 魔法に関して兄貴の言うような「理論構築」が成されていれば、兄貴は最適な習得法を導き出してすぐにモノにできるんだろう。

 だが、残念ながらこの国でそんな理論は確立されていなかった。

 実際、魔法の教授というのはかなり難しいらしく、どれだけ高位の魔法使いであってもそいつが教えた生徒が必ず魔法を扱えるようになるわけではないらしい。

 そもそも理論なんて無いのでは? なんて学説もあるくらいだ。


『皆さん、大したものではありませんがお茶とお茶菓子を用意しました。これでも飲んで、落ち着かれてはどうでしょう。腹を満たして頭を休めれば、良い考えも浮かぶようになりますし、何より気持ちが安らぎますよ』


 苦闘する兄貴の後ろから盆を抱えて現れたのは、先日あたしが戦ったカートレットという名の少年だった。

 こいつがココロ村村長カードルの実孫だったってことは今日初めて知った。

 今日の勉強会の目的を話すと、自分が使っていた初等魔術の教本を躊躇いなく貸し出してくれて、親切な奴だと見直したぜ。

 活版印刷技術のないこの世界では書籍なんて相当な貴重品だろうって兄貴が言ってたけど、それが本当なら随分と気前のよい奴だ。


『わあ、ありがとうございます、カートレットさん。ほら、カオルさん。お茶が入りましたよ。一息つきましょう』


 眼鏡のあたりに手をやって未だぶつぶつと何事かを言っていた兄貴の肩を揺すりながら、リーティスがお茶を勧めていた。

 その様子はまるで、ボケ老人を介護する若奥様のそれだった。

 兄貴、情けねえぞ。……けど本当、どうしたもんかねえ。


 兄貴に魔法を習得させる方法について特にいい考えが浮かばなかったあたしは胡坐を解いてごろりと横になった。

 カードルの家はさすが村長の家と言うべきか、高級ではなさそうだが品の良い絵画や木製の像などが飾られており、快適な空間だ。

 今あたしが寝転んでいる絨毯も中々肌触りが良く、気持ちいい。このまま昼寝でもすりゃ、良い気分になれそうだぜ。

 そのままウトウトと微睡み始めた矢先、兄貴が突然大声を上げた。


『そうだ、カートレット。俺に「剣士」の闘術について教えてくれ、そちらなら俺でも習得できるかもしれない!』


 唐突に起き上がった兄貴に肩を鷲掴みにされたカートレットは「ひっ」と怯えた声を上げたが、ゆっくり首を縦に振って了承の意を示した。

 強引に迫る眼鏡少年に、まだ幼さを残した声の高い少年の図か。

 腐女子が見たら鼻血出して喜びそうな構図だな、おい。



 

 ちゃちゃっと結論から言うか。

 兄貴は剣技の体得もできなかった。

 いや、もうそりゃ、完璧なまでに才能がゼロっぽかった。


『こ、こうか? それともこんな感じか?』


 「闘技」はおろか、剣と一体化することもできていない。

 魔力を剣に通すという感触が分からないらしい。

 カートレットに聞いてみたところ、「体を流れる魔力の流れを感じられない」のは魔法を使う時も剣技を使う時も一緒らしい。

 カートレットは魔力を通した剣の輝きや自分の体が強化されている感覚を元に「何となく魔力がこのあたりに集まっている」というのを推定しているんだという。


 兄貴の最大の武器である武術は、兄貴の理論構築の結晶とでも言うべきものだ。

 「力」を得た時以来自身の体を100%思いのままに操る感覚を手に入れた兄貴は、既存の型に囚われない最適にして最高の動きが可能なのである。

 しかし、そもそもその正体すらまともに観測できない「魔力」の扱いに関しては、一々下手に理論を考えてしまう悪癖もあって、その感覚を掴めてないんじゃねえかな、ってのがあたしの考えだ。

 当たってるかは分からねえが。


 結局その日は兄貴の無駄な努力を見ているだけで一日が終わった。

 あたし達はもう明後日にはこの村を出て王都に向かうってのに、こんなんでいいのかねえ。


 ――その日の夕食の間、兄貴がずっとふて腐れた顔でリーティスの出した飯を食べていたことは言うまでもない。


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