第百二十二話:<友人を探して>
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「――へえ。じゃあ、もしこの町によその国の大軍が攻めて来たら? この町は耐え凌げるの?」
日差しの厳しい日は、屋外には出たくないものだ。
そして、そういった感覚はどの世界に行っても変わらないものらしい。
ここは、アルケミの街第一公立大学、その食堂に付属したラウンジ。
小洒落た配色の傘が飾られた屋外飲食スペースもあるのだが、この時期は不人気だ。
ましてや今日は、暑がりの水魔法教師が巨大な氷を食堂にプレゼントして行った日である。
人気講義中の大学教室などよりずっと涼しいこの食堂内には、食事中・食事後の歓談中の生徒達が多く詰めかけてきていた。
そんな中、いち早く食堂端、件の氷近くの机を確保した学生のグループが、食後の歓談に花を咲かせていた。
男女比率は半々、取得講義も学年もバラバラの者が多かったが、互いにこの席を確保できた仲間同士という事で連帯感が芽生えており、話好きの青年の声掛けをきっかけに会話が始まったのだ。
最高の席を確保した彼らを羨ましそうに眺める他の者達に言い訳が立つよう、その会話の話題は次第に自分たちの専攻分野に関する話に移って行った。
今は、軍事関連教科が専門だという少年少女二人が主に自分たちの知識、知見を示す段階であった。
そんな二人に向け、赤髪の眼鏡少年が机上に身を乗り出しながら問いかけた。
自分の専門外の知識を知る機会を逃すまいと、貪欲に眼鏡を輝かせながら。
目の前のコップに入った飲物を金属スプーンでかき混ぜながら、「んー」と顎に手をやった長髪の少年がその問いに答えようとする。
しかしその矢先、隣から坊主頭の少年がずいと出てきてその言葉を遮った。
「この町の入り口は狭い狭い山道のみ。二台の荷馬車がすれ違うのが精いっぱいの山道に、大軍なんて最初からこれないっしょ」
言を割り込まされた長髪の少年が、割り込んできた坊主少年の方をちらりと見やった。
ただ、その目に苛立ちの色は無い。
むしろ、『一般レベルの知識』を先に言っておいてくれてありがとう、などと思っていたほどだ。
その少年は、「自分この町の軍事は最低限のことしか知りませんが……」と前置きし、咳払いをして自身の知見を披露し始めた。
「あまり意味のない仮定の問いなのは確かですが、思考ゲームにはちょうど良い。自分がお答えしましょう。――この町の防衛軍は、錬度は勿論のこと、鳥型魔獣を使役した独自の監視網を用い、市外を監視しています。索敵能力は非常に高い。この町を一気呵成に突き崩せるような軍勢が到着するまでに、街の門を封じ込め、悠々と防衛陣を布くことでしょうね――ん? なんでしょうか?」
すらすらと意見を述べる少年の横あいから、すっと手が挙がった。
その手の主は、もう一人の軍事教科専修の少女だった。
ずれ落ちかけた眼鏡をくいっとかけ直し、場が一旦静まったのを確認して自分の論を口にする。
「私は違うと思うなあ。この町の防衛網だって穴があるのは確かだよ?」
「ほう? 貴女は――ミシルさんでしたっけ? この町の防衛網の穴ですか。一体どちらにそのようなものが?」
「まず、防衛の前提条件として敵軍が陸路からくると仮定しているのが頂けないかな。翼を持つ生物を飼い慣らして空軍を組織することはどこの国でもやってること。先遣隊として派兵するには力不足かもしれないけど、こちらの防衛体制を遅滞させることは十分可能だと思うの」
「しかし、本部隊の進行ルートは結局陸路なのでは?」
「空軍の地力が今までの常識を覆すものでなかったら、そうなるのかな。ただ、本隊が陸路で来るのだとしても例えば――」
「ちょいごめんったい。質問はさんで良かと? うち、この町の軍が強いってことは噂で聞いとるけん、ばってん、どげんな風に強いとか、そのあたりのこと知らんと。教えてくれん?」
完全に軍事科の二人での議論に進みそうだった流れを、方言交じりの少女が割って入り、上手く変える。
胸の前で合掌し、片目を閉じたその少女は、頭上に白色の可愛らしい猫耳を揺らしていた。
猫型の、亜人の少女だ。
この町は亜人への偏見が比較的少ない地だと言われている。
隣国との戦争時代を知る世代の人間が祖国の危機より我が研究優先の変人どもであったり、そもそも戦争を知らない学徒達も多い街であるからだ。
とはいえ学外では、亜人たちは暗黙の了解としてなるべくその正体を隠し、軍や治安機構といった組織の人間とはあまり関わり合いになるべきでないとされている。
「それじゃあ、自分が答えさせていただきましょう――構いませんか、ミシルさん?」
「はい。じゃあ、お願いしますね」
そうして長髪の少年が、軍の成り立ちやその独特の訓練法や連携技術、果ては王国から独立し続けるうえで軍という組織がいかに大切かという持論まで語り始める。
その説明を黙って聞きながら、後でその持論への疑問点、脆弱点をついてやろうと頭を働かせるミシルの肩を、とんとん、と何者かが叩いた。
「うん?」
「はじめまして。エアリスさんにはいつもお世話に――は、なってないか。良く講義で一緒になってる、ミレイと言います」
振り返ると、同年代くらいの少女が背後に立っていた。
笑顔で自己紹介をしてくる少女に、こちらも笑顔を返す。
「ありがとう。これはどうも丁寧に……?」
「今日はエアリスさんが一緒じゃないんですね。何だか珍しい気がします」
「あー、そうかも。いったい今はどこにいるんだろうね、エアリス」
自分との昼食の約束をすっぽかしてまでどこにいるのかと。
エアリスの学友だという少女を前に、口を尖らせて見せるミシル。
――後で謝ってくれるなら良いけど。本当、勝手なんだから。
「あれ? ミシルさんも知らないんですか? てっきり午前中はサボっても午後は何食わぬ顔で席に座っているのかなって思ってましたけど、この分だと午後も欠席なのかなあ」
「え? エアリスちゃん、午前の授業も出てなかったんだ」
――もしかして、そもそも私と別れてからずっと、学校にいない? それじゃ、いったいどこにいるの?
友人の所在の見当がつかず首を捻っていると、昼休みの終了間近を知らせる鐘の音が鳴った。
「あちゃ。鳴っちゃいましたね。それじゃ、ミシルさん。私はこれで。今度機会があればエアリスさんと一緒に食事でもしましょうね~」
鐘の知らせに素早い反応を見せた少女が身を翻した。
ミシルに向けて手を振り、すぐに駆け出す体勢になって去っていく。
返答を告げる間もない、見事な俊足である。
次の講義に、それほど遅刻したくないのだろうか
「いやあ、今日の集まりは中々面白かった。最後、自分がずっとしゃべっていてすいませんね」
「や、聞けて良かったったい。色々ためになったとよ」「私も、非常に有意義な時間だったと思いました……」「俺も」「そうやね」「まあ、機会があれば是非またご一緒しましょう」
席についていた者達も、あわただしく教室移動の準備を始める。
その中で、ただ一人だけ椅子に座したままだったミシルに声がかけられた。
「どうしたったい? もう三限が始まるとよ?」
「ああ、私もすぐ出ますよ」
そう言って立ち上がったミシルは、頭の中で二つの道を天秤にかけていた。
一つは、このまま三限の軍事史の講義に参加する道。
もう一つは、いずこかへ消えた友人を探しに行く道。
正直、後者の道を選ぶ理由は乏しい。
気まぐれなエアリスのことだ、何らかの興味対象を見つけてふらふらとそこかに出て行ったに違いない。今までも幾度かあったことだし、何処かに消えてしまっても、すぐに帰って来ることが多かった。
今回も、大したことの無い理由で授業と自分との約束をすっぽかした可能性は高い。
――うん、まあ、迷う必要は無いかな。
直ぐに心を決め、口の端に笑みを浮かべてこちらを見る猫耳少女の方に顔を向けた。
「私、友達を探しに行ってきますね」
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