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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百二十一話:<前兆>

遅れました。また日付を跨いでしまっていますね、すいません。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「はて? お嬢ちゃん達、わしに何か用事ですかな?」


 ガチャリ。カツン、カツン。

 赤レンガの小さな家の扉が開かれ、その住人が杖を突きながら玄関に姿を現した。

 人の良さそうな柔和な微笑みを、皺深い顔に浮かべた老人だった。近所の公園で幼い子供たちの遊ぶ様をニコニコと眺め、午後の微睡みを楽しんでいそうな好々爺然とした男である。

 杖をついてはいるものの、その足取りはまだしっかりしたもので、連れ合いの妻を去年亡くしたばかりという辛い過去を感じさせない和やかな空気を纏っている。


「はい。お届け物を一つ」


 その老人の前に立ち、平坦な声で回答を返したのは10代半ば頃と見える少女。

 白色の仮面を顔に張り付けた、怪しげな格好の少女だった。

 顔に張り付く鉄壁の白仮面の存在が、揺らぎのない声音と合わさって、彼女の無機質な雰囲気をより一層強めていた。

 そしてさらに、その少女の背中には、全身を隠そうともぞもぞ動いている黒ローブの女の子がもう一人。

 珍妙な格好をした少女達を前にしながらも、老人はふふふと笑顔を崩さず応対する。

 この年になって、今更少々の異常な事態になど驚きはしないのだ。


「おお、ひょっとして、うちの孫からの郵便かな?」


 笑顔の老人が、仮面の少女に問いかける。

 「お届け物」、それも町内の届け人ではなさそうな少女達からの物となると、その送り主は限られてくる。


「いえ、違います」

「おっと、こりゃあすみませんな。いやあ、うちの孫は今、結婚もせずに世界各地を好き勝手歩き回っているのですよ。そして、旅先から送られてくるたまの郵便物がわしにとって唯一、その孫の無事を知る手段という訳です。今回もそれかと当たりをつけたのですが……おお、こりゃあ失敬。余計なお話でしたな。今、受取証を用意しますので――」

「受取証は必要ありません」


 仮面の少女が相変わらずの平坦な声で老人の背に声をかける。

 回れ右をするべく杖を持ち上げかけていた老人がそれをおろし、不思議そうに少女の方を振り向いてきた。


「おや? それは一体どういうことですかな?」

「私達の届け物は、貴方に届けた時点で用を成すからですよ。何せ――」


 コツ、コツと音を立てて老人の下に真っ直ぐ歩んで来る少女。

 仮面に隠れた表情はどんなものか分からないが、明らかに善良な"届け人"が醸し出すものではない雰囲気だ。

 流石にこれには老人も警戒を覚え、すっと身を引こうとする。

 しかし、その警戒は、何の意味を成さなかった。


「私達が運んできたのは、貴方の”死”ですから」


 少女の仮面の顔が拡大し、老人の視界いっぱいに広がった。

 常軌を逸した狂気をに濁た目を、その仮面の奥に見たような錯覚を老人は覚えた。


「死人に届け票を書けだなんて、言いませんとも」


 突然、老人の背中に、鋭い刃物の先端が突き出した。

 老人の脆弱な肉を突き破って生えてきた鉄の棘が、そのままぐりぐりとねじ回される。

 苦悶の声を上げようとした老人の顎を、仮面の少女の前蹴りが跳ね上げた。

 老人の手から杖の取っ手が滑り落ち、カランと音を立てて玄関先を転がる。

 男の華奢な老体も後を追って倒れる。どうと音を立てて、背中から横倒しになった。

「ご……ふっ」胸に突き立った黒い刃と柄を「信じられない」とでもいうように震える両目で確認する老人。

 老人の腹から流れ出した赤い血は、彼の服を染める染料としてじわりじわりと広がっていき、やがて彼の家の敷石の上をも侵食し始めた。

 老人の毎朝の散歩の際、杖の強度を確認するためにいつも叩いていた敷石が横倒しになった老人の布団替わりとなり、彼の赤黒い血で一色に染められていく。

 全身から血と共に力を奪われていく老人の腹の上に、どかりと小さな足が置かれた。

 その足の持ち主は、先ほど老人の腹に短剣の刀身を叩きこんだ仮面の少女。

 狂気の表情を隠していた仮面を脱ぎ捨て、耳の横までぱっくりと裂けた口を笑みの形に歪めながら、その少女が快哉を叫んだ。


「はははははは! 見ろ! 老いぼれが一人、ここでくたばったぞ! これでこの家もこいつの財産も全部我らのもの! 命も、金も、こいつが持っていたもの全て! こいつの! 全てだ!」


 叫ぶ少女の足が、何度も何度も老人の腹に叩き込まれる。

 目を血走らせ、息を興奮に弾ませながら、少女による蹂躙は続く。

 既に絶命し、目から光の失われた男の体が乱暴に足蹴にされる。

 酷く不条理な光景だった。

 痛々しい光景だった。


「ああ、人が一生をかけて貯め上げた財産を全て横からかっさらう……なんて気持ち良い瞬間なのかしら……」

 

 仮面を脱ぎ捨てた少女の後ろで、フードを取り払ったもう一人の少女も自身の胸を掻き抱きながら変態的な倒錯に浸っている。

 ……老い先短く、慎ましやかな生活を送っていた老人の家にそのような金品が置いてあるかは、はなはだ疑問ではあるが、ここ・・では敢えて指摘するまい。


「さあ、獲物が一人じゃ物足りないですわ! もう一人、どこかからさらってきましょうよ! ああっ、今度は女の子が良いかしら。可愛い女の子にしましょうよ。私達と同じくらいの年ごろの子とか良いわねえ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 以上全て、エアリスの豊かな想像力から生まれた妄想の情景である。


 しかし、そのような想像をしてしまった彼女を責めることはできないだろう。

 なにせ、彼女が今右手で掴み取っているのは、この部屋で発見された人間の体の一部――かつて誰かの右腕だったと思わしき、皺皺しわしわの遺骸なのだ。

 普通の営みをしている者達が住む家で発見されるものではない。

 いかにここが変態的研究者の多い学術都市とはいえど、ごく普通の民家に人体の一部があってたまるものか。


 そんなエアリスの目には、指の先でその右手を摘まむ自分のことを眺める生じ世たちの雰囲気が唐突に変わったように感じた。

 目深にかぶさった黒フードの奥、そして白い仮面の奥に隠された少女達の目は、ひょっとすると今、すうっと細められて自分のことを睨みつけているのではないか。そんなことさえ想像してしまう。


 ―――ま、ままま、まさか、本当に……? 


 自分が先ほど掴みだした、氷水の底に沈んでいたものを再度見やる。

 皺だらけの、青白い”右手”。

 これは本当に彼女達の犠牲者の体の一部で、今目の前にいる彼女達は、格好のみならず行動原理さえぶっ飛んだ危険な連中であるのでは――

 心臓をばくばくと鳴らしながら、エアリスはそのように結論づけた。

 そう考えたエアリスは、すうと思い切り息を吸い込んだ。


「えーとね、エアリスちゃん。貴女が今考えてるのは多分勘違いなんじゃないかと思うんだよね。ちょっと聞いてくれな――」

「嫌――――――! 憲兵さーーーーーーーーん! ここに犯罪者がいます! 助けてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「聞いてって言ったよね!? ああ、もう。――クロエちゃん、頼んだ」

「……分かった」


 仮面少女もコート少女も窓際近くのソファーに腰かけている。

 布団を跳ね飛ばしながら立ち上がったエアリスが選択したのは、ドアからの逃走。

 焦りに震え、汗で滑る手で何とか金属製のノブを回し、木床の廊下に出る。

 そのままクラスでも一、二……とは言わぬまでも男子を含めた同級生の中でもトップクラスの速さを誇る俊足で玄関扉目がけて駆け出した。

 だが。

 

「嘘! 開かない!?」


 玄関扉のノブをいくら回そうと試みようとも、扉はウンともスンとも言わない。

 意味もなく扉をドンドンと叩き、他に脱出口は無いかと急いで周りに視線を飛ばす。

 すると。


「あ……!」

「……捕まえた。大人しくしてて。状況は、説明するから」


 いつの間にか自分の背後に息一つ切らさず立っていた黒ローブの少女に、ぽんと肩を叩かれた。

 

「やっ! 離れて!」

「おっとっと。……はぁ。ごめん、お兄ちゃん。また、やっちゃうね」


 慌てて振り払おうと身を捩り、腕を振るったが、少女はそんなエアリスの動きを全て見通してでもいるかのようにするりと回避して見せた。


「はむっ」


 そして、無防備に晒されたエアリスの首筋に、鋭くとがった犬歯で噛みついてくる。


「――っ!? うぁ! ちょ――って、あ……」


 痛みこそ感じなかったものの、猛烈な危機感を覚えたエアリス。

 再度少女を引き離そうと考えたが、何かを成そうと動き出す前に全身から力が抜けてしまい、結局何の抵抗もできなかった。

 そのままエアリスの意識はホワイトアウトし、無の海の底に沈んでいった。


「……案外、悪くない味。少しだけだけど、……ごちそうさま」


 フードを取り去り、黒髪を外気に晒した少女が唇の端についたエアリスの血をぺろりと舐めあげた。胸の前で合掌し、廊下で横たわったエアリスに向けてぺこりと一礼する。

 そのまま廊下に膝をついてしゃがみこみ、ぐったりと脱力したエアリスを、その小さな体からは想像もできないほどの膂力で軽々と持ち上げた。

 

「……起きた後の説明、面倒そう。……まあ、ユーノに全部任せて、いいかな」


 はぁ、とため息を吐いた黒髪の少女が、もと居た部屋に向けて歩み出した。


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