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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百十九話:<少女の記憶>

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あー! また姉ちゃん木の上になんて登ってる! 母ちゃんに言いつけちゃうぞ!」

「へへーんだ、文句は自力でここまで登れるようになってからいいなさいよ。ほらほら、ここの木苺、すっごく美味しいんだよ? でも残念。怖がりの弟君にはここまで辿りつくのは無理なのでした~。ああ、酸っぱくて美味しいなあ。これが食べられない弟君は可哀想だなあ。ぐへへへへ」


 ――ん? あれ、これ夢かな?


 高い木の上であかんべーをする幼い少女。そして、その下で両手を上げてぷんすかと怒りながらも、どうしても木登りをする勇気が出せない少女の弟。

 随分と懐かしい光景だと、エアリスは思った。


 これ見よがしに戦利品の木苺を詰めた帽子を揺すって見せびらかしている薄着の少女は、まだ故郷の町で暮らしていた時の幼いエアリスだ。

 夢の中独特の視点が定まらない世界で、妙に冷静な思考を維持したエアリスが、かつてのやんちゃな自分の姿を見て、くすりと笑みを漏らした。


 ――弟君、からかった時に見せる怒った顔が可愛いからついつい苛めちゃってたんだよねえ。……およ? あっちから走って来るのは……


 幼いエアリスたちの居る木の方向を目指し、背中まで伸ばした髪を揺らしながら走る少女の姿があった。

 常に差し込む陽の光で明るい林、その木々の合間を抜け、手入れの行き届いた地面を小さな麻靴で叩くようにして駆けて来る。

 おでこを出すように着けられた青色のピン止めはこの頃から変わらず、けれど『現在』と違ってまだその目元には”眼鏡”がかかっていない。

 息を切らしてエアリスの弟の傍まで駆け参じたその少女が、晴れやかな表情でエアリスの居る方を振り仰いだ。


「ミシル姉ちゃん! ちょうどいいや、ねえねえ、今、エアリス姉ちゃんがさ――」

「エアリスちゃーん! ビッグニュースビッグニュースーっ! "あれ"、とうとう来たよ―ー! 来年からこの町でも他所の町との人材交流ができるようになるんだってーー!」

「えっ! ホントに!? うおっしゃああああああ! これで私にもチャンスが巡ってきたぞおおおお!」


 ――ああ、この時の思い出かあ。すっごく懐かしいな。


 今エアリスが見ているのは、王国が打ち出した政策がようやくエアリスの故郷の町にも影響を及ぼし始めた時期の記憶のようだった。

 当時のエアリスは同年代の男子達よりずっと活動的な子供で、生傷の絶える日は無かった。

 徴税官を父親に持ってそれなりに裕福な暮らしを享受し、貴族の子弟が通うような学校にも幼いうちから通わされていた彼女。

 魔法・歴史学・算術等、教科の学習に関しては要領よくこなしてそれなりの評価を得ていたものの、「先日野生の熊と戦ってきたから」などという理由で授業中にいびきをかいて眠りこける彼女に対し、学校の教員たちにため息の尽きる日が無かったという。

 興味のある教科以外勉強する気はないなどと断言して堂々と赤点をとる幼馴染のミシルと共に、当時から問題児として名を馳せていたのだ。

 その自由な振る舞いっぷりに対し、まだ幼い貴族の子弟たちも気圧され、苦手意識を抱いていた程だ。


 ――にしても、弟君はほんとに不憫な子だな~。あの鈍感だし、このままじゃいつまでたっても何も進展しないんだろうなあ。


 幼心に密かに憧れを抱いていた少女に存在を無視され、エアリスの弟が少し情けない顔になっていた。

 本人としては無視でなく後回しのつもりだったのだが、少年からすれば対して違いはない。


「あの、ミシル姉ちゃ――わあっ!?」


 意を決して再度声をかけ直そうとした少年の声が止まる。

 友人の言葉を聞くや否や、木登り猿もかくやの勢いで木の幹を滑り降りてきた幼いエアリスが、弟の背中に思い切り抱きついてきたのだ。


「やったよ、私の弟君! お姉ちゃんね、これから心機一転頑張るから!」

「お姉ちゃ、――やめて! 助けて、ミシル姉ちゃん!」 

「エアリスちゃん。そんなに強く抱きしめたら弟君が壊れちゃう」


 ――そうそう、私の夢がようやく叶う見通しが立ったのがこの時期だったっけ。

 

 姉の腕をバンバン叩いて解放を訴える少年と、その背後で浮かれた笑みを浮かべるかつての自分、そしてその腕を少し困った風な表情でちょいちょいと引いている少女を見ながら、エアリスが呟く。 

 彼女の「もっとより広い世界を見たい、そこに足を運んでそこで暮らしてみたい」という夢をかなえるための取り組みは、ここからスタートしたのだ。


 ――ああ、そういやラルクには言わなかったんだっけ。私も、最初から夢に向かって一直線って訳じゃなかった。あくまで道が拓けたからそこに飛び込んだだけ。何が何でも自分の道を貫き通すほどの強さってことなら、あの娘ミシルの方がよっぽど……ん?。


 そういえば。


 ――ラルクって誰だっけ?


 その言葉が引き金になったのだろうか。

 エアリスの見る風景が不意に歪み、急速に遠ざかって行った。

 弟の背中をさする自分の姿も、帽子の木苺を口にして口を窄めさせている友人の姿も、曇りガラスの向こうの光景のようにぼやけて消えていく。

 釣竿で釣り上げられ、水面を目指す魚のような感覚がエアリスの意識を包んだ。

 けれど、そこに不安を覚えることは無い。

 水面の代わりに目に映る光の世界は、エアリスが現在暮らしている世界。

 つまりエアリスは今、目覚めを迎えようとしていたのだから。 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ――はっ!?


 目を覚まし、掛布団と一緒に上半身を跳ね上げたエアリス。

 ここはどこかと辺りを見渡すより先に、肌に染みる寒さに腕を抱え、くしゃみを飛ばす。


「へくしっ! うわ何ここ! 寒っ」


 エアリスの記憶が定かなら、今の季節はまだ夏のはず。

 盛りを過ぎたとはいえ、このような氷室めいた寒さを感じることなどない時期のはずだ。


「……あ、起きた」

「ようやくかー。おはよ、眠り姫さん。調子はどう?」


 鼻をすするための屑紙が見当たらず、目の前の掛布団で鼻をかもうか真剣に悩み始めたエアリスの耳に、二人分の少女の声が届いた。

 その声はどちらも、自身と同年代の者の声ように思えた。


 一瞬、自分に近しい誰かかと思ったエアリスだったが、その声に聞き覚えが無いことに気づいて首を捻る。


「おはようございます……? ええと、ここはどこ?」


 ひとまず声に対して反射的な挨拶を返し、カーテンの閉め切られた見覚えのない部屋の一室を見渡す。

 

 ――え? え? え? 何、これ?


 するとそこに居たのは、座り心地の良さそうなソファーに座る、珍妙な白い仮面を被った少女と、これまた怪しげな黒ローブを纏った少女――要するに、変態的な格好の二人組だった。

 エアリスの学園生活も書きたくなったけれど……本筋から外れそうなので止めておきます。

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