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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第七章:巨大学術都市
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第百十六話:<アルケミの街の少女>

 遅れました。そして、唐突に始まる第七章。六章の読みにくい構成の訂正及び設定資料については、後々何とかします。お許しください。

 深い木々の茂る、雲を突き抜けるほどに高い山の頂上から広がるなだらかな平野に、その街は存在した。

 あらゆる危険を排するべく敷設された、楕円の形をした堅固な城壁の内側に、老若男女、雑多な人種と職種の人間を抱えた、独特の喧騒を誇る街。

 それが、ノワール王国の超巨大学術都市、アルケミという街だ。

 王国設立当初から貴族の統治が一度もなされたことがないという、この国では異色の経歴を持ち、独自の法制、独自の生活の形が根付く地である。

 軍や意思決定機関を持ち、政治面、軍事面でも国家から半分独立しており、王国内の他の都市とは一線を画している。

 街を覆う城壁は、未だ残る原生林を徘徊する魔獣達を打ち払うと同時に、雨水と生物の遺骸が染みこんだ黒茶の地面広がる外の世界と、人の手の加わった石と煉瓦、そして金属によって造られた硬い道路を持つ町の内側とを隔てる境界線だ。

 生まれて初めてその境界線を乗り越え、街に足を踏み入れた旅人たちは、その大小と色合いの一定でない家屋や建物があちらこちらに所狭しと並ぶ雑多な街並みを目にして、これが町の光景かと呆気にとられるか、見知らぬ光景にため息を零す。

 馬車が六台並走できるほどに広い大通りでは、昼に人通りが絶えることは無く、大通りを中心に蜘蛛の巣状に広がった小通りの数々は、そこを進んでいく者に予想外の驚きを与える景色や建物の下まで運んでいく。

 物が欲しいのならば、他の町に無いような如何わしい魔道具を扱う店、製作者が誰ともわからない美術品の展示・直売所に稀書を取り揃えた古書店を見つけることができるだろうし、暇を潰したいのであれば、いずこの出身とも分からぬ小麦色の肌の若い娘が窓から流し目を送って来る娼館から、地下に続く階段を降りた先にある煙くさい賭博場まで、多くの遊行施設が存在し、懐の金品を全て失うまでならば快楽と興奮を思う存分味わうことができるだろう。

 尤も、そうした雑然さのみがこの町の本質という訳ではない。

 この町の存在意義ともいえる学生達を詰め込む巨大教育施設やこの町独自の技術を多く蓄積してきた治療院の数々、そして学生や研究者達という特殊な人種をターゲットにした他に類を見ない施設・店の数々が中心部からやや外れた街の一角に立ち並び、鎮座している。

 そしてその街の中央広場には、他のどの建物よりさらに背の高い、赤茶色の巨大な時計塔が天を突き刺すようにそびえたっていた。

 王国設立当初から存在するとされる古風で厳めしい装飾を持つその塔は、今日も勤勉に朝の訪れを知らせる鐘の音を町中に鳴り響かせていた。


 時計塔の下では、今日もまた、これから仕事へ向かう労働従事者、己の研究室に二日酔いの足でふらふらと向かう研究者、そしてこの町の人口およそ3割を占める、これから学校へ向かう少年少女達等が歩み過ぎて行くところだった。

 朝の挨拶がそちらこちらで交わされ、友人達と合流して歩み出す人の塊も散見される。

 そのような人の群れの中に、一人の少女の姿があった。

 自然に整えられた黒髪と綺麗に磨かれた赤縁眼鏡が良く似合う、ややおとなしめの印象を受ける少女だ。

 自分の足元を小鳩が横切る度に切なそうに肩を落とし、次にむうっと唇を引き締めている。

 そわそわと、落ち着きのない足取りで時計塔下を行ったり来たりしていたその少女は、聞き慣れた駆け足の音を耳にし、そちらを振り返る。


「うおぉっ!? ちょっと、そこの君。気をつけなさい! こんな人混みの中で走るなんて何を考えているんです!」

「ひゃっ!? ごめんなさい、お兄さん! でも、急いでるんです!」

「まったく、最近の学生ときたら……あ、おい、こら! ちょっと待ちなさい!」


 その視線の先に会ったのは、この町の名物の一つである怪しげな物売り達が店の前に掲げた看板の群れと、あわや衝突という所だった男性と少女。

 急ぎで街を行くときには非常に邪魔な障害物となるその看板の群れを縫って駆けてきた少女が、通りがかった神経質そうな男にあわや衝突という場面のようだった。

 愛想笑いにわずかばかりの申し訳なさを載せた駆け足の少女は、足を止めぬままに振り返って青筋を立てる男に短い懺悔の言葉を告げると、そのまま軽快な足取りで駆けて来た。


「ごめーん! 遅れちゃったー! 許してー!」 


 駆けながらぴょんぴょんと飛び跳ね、息を切らした声で許しを乞うてくるその少女に向け、その少女の待ち人たる黒髪の少女は大きく手を振ってそれに応じた。


「もう! 遅いよ! 遅すぎるよ! あと12羽の鳩が私の前を横切ったら先に行っちゃおうかと思ったんだから」

「ほんっとごめん! 原因は、いつもの寝坊でございまする。いやあ、ははは。わざとじゃないんだって。次から気をつけますってば」


 赤縁眼鏡に手をやって腰に手をあて、ぷりぷりとお怒りの言葉をぶつけて来る友人に向け、全力疾走の疲れで喘いでいた少女は手を合わせて頭を下げることで対処を図った。

 が、少女の友人はそんな目に見える態度だけで許しを与えるほど甘くは無いようだ。

 右手で作った小さな握り拳を、チラチラと上目づかいでこちらを見つめる少女の頭にこつんとぶつけた。

 「あいた!」、とわざとらしく頭を抑える殴られた少女に、殴った少女ははあ、と嘆息してみせる。


「そんなこと言ったって、実は反省してないんでしょ。分かるんだからね? まあ、良いよ、結構いつものことだし。さ、時間も勿体ないんだし、そろそろ――ってあれ? エアリスちゃん、そんなに嬉しそうな顔してどうしたの? 朝、何かいいことでもあった?」 


 申し訳程度の反省の証として頭を掻きながらへこへこ頭を下げていた少女――エアリスが、少女の指摘を受けて頭を上げた。

 確かにその顔は、少女の指摘通り妙にニマニマとした笑みを浮かべており、わずかばかりの反省の態度を台無しにしていた。

 普段、少なくともお叱りの言葉そのものは素直に受け入れる彼女にしては、珍しい反応だ。


「ん? そう見える? そう見えちゃう? あ~、今日はちょっと占いの結果が良かったから、少し浮かれちゃってるのかな」

「占いって、最近町で流行ってる星座占い? 良い結果だったんだ。あれって、当たる? 当たるんだったら、私もちょっとやってみようかな。――あ、ほら。そろそろ行こうよ。急がなきゃ本当にまた遅刻しちゃう」

「おっけー、おっけー。んじゃ、急ごうか」


 眼鏡少女がエアリスを急かし、屈みこんだ。

 天下の往来で突然しゃがみこみ、紐がほどけた訳でもない靴を弄り出した二人の少女に――周囲の注目が集まることは無かった。

 二人の少女がこれから向かうのは、時計塔から5kmほどの距離にある、この町の学校の一つだ。

 そして、授業開始の合図を20分前に控えた今、二人の遅刻はほぼ確定的、そのはずだった。


「とほほ、また今日も風魔石を消費することになっちゃったか~。今月の家計が~」

「エアリスちゃんは自業自得でしょ、……それとも、つき合わされた私の分の魔石も買ってくれるとか?」

「えぅっ!? いやいやいや、遅刻したことは謝りますから、どうかご勘弁を! 今月、新作の秋服を衝動買いしちゃってピンチなの、知ってるでしょ!?」

「ん~、どうしよっかな~」


 現在15歳の二人は、出身の村町に住む親の支援と自分たちの稼ぎでもって学校の授業料を賄う、一般的な女学生たちである。

 けれど、この町の学校に通うような生徒は、それなりに裕福で余裕のある家の出か、才能豊かで出身の村や町の支援を受けて送り出された者ばかり。

 二人とも当然のように、一般成人レベル以上の風魔法使いとしての腕前を持っていた。

 

「ほ、ほら。もう、そろそろ、学校行かないと、遅れちゃうし、ね?」

「もう、しょうがないなあ。……ま、許してあげる。行こ、エアリスちゃん」

「うん、――風魔石、セット良し。試作魔法具目録第556番『浮遊靴』、起動!」


 ようやくの寛恕の声にぱっと笑顔になったエアリスが歌い上げるように言葉を並べると、二人の少女の足裏が、わずかに路面から浮かび上がった。

 

「せーの……スタートっ!」


 エアリスの声を合図に、二人の少女は思い切り地を蹴り、地の上を滑走し出した。

 正常に働いていれば彼女らの足を地面に縫い留めているはずの重力、そのちからに抗う何かが、彼女らの足元から発せられ続けているのだ。

 生徒達の間でもそこそこ人気の高い、胸元にリボンがあしらわれたブラウンの制服と、その下で翻るスカートを正面から吹き付けて来る風にたなびかせながら、二人はいつもの登校体勢に入った。


「あ~。毎朝ながら便利だし、気持ちいいよねー、この魔道具。実家に持って帰りたいぐらい」

「そうだよね~。でも、この魔道具が使えるのって、地面が一面石畳のこの町くらいじゃないかなあ?」

「あ、確かにそうかも。だったらさ、そもそも風魔法で浮くんじゃなくて、足元に車輪をつけてその代わりにするとか、どうかな?」

「車輪……でも、この靴につけられるくらいの小さな車輪だったら、相当良い金属を使わないと直ぐ壊れちゃいそう。土魔法製の乱造金属じゃなくて、軍隊装備のサーベルに使われているような本物の製錬金属とか……それでも、やっぱり毎日使うんだとすぐ痛んじゃうだろうし、うーん」


 まるでここがベンチの上とでもいうような平和な会話を続けながら、二人の少女は危なげなく体をすいすいと操り、道行く人々や看板の群れを避け、石畳の上を結構な速度で滑り降りていく。

 エアリスが学費補填のために連日通っている雑貨屋でとある発明家の魔法使いから譲り受けた魔道具は、それを遺憾なく使いこなす少女たちの足元で、魔力の光を放って淡い輝きを放っていた。


「……そういえば、エアリスちゃん」

「ん? 何?」

「さっき、占いでいい結果が出たとか言ってたよね? 具体的にはどんな感じだったの?」


 期待半分、不信半分くらいの思いで、眼鏡の少女が問いかけた。

 バイト疲れ、勉強疲れでエアリスが倒れるのはいつものこと。今日の遅刻もそのせいなのだろうが、それでも朝一番に遅刻しておきながらまだ「自分の運勢が良い」と言い切れるだけの占い結果とやらに、少し興味が湧いていた。

 エアリスはその言葉に「お?」、と意外そうな顔を浮かべた。

 けれど、すぐににかりと笑みを浮かべ、珍しくいつも・・・の興味分野以外の物事に興味を示した友人に大仰な身振りを交えつつ説明を開始した。


「ぐへへへ。それがねえ、なんと! 本日の私、運勢最高なんだって! 運命神アリアンロッド様の加護がばりばりにかかってるんだってさ。思わぬ出会いの連続! 多くの人と縁が結べる一日となるでしょう! 最高の健康運! どのような災厄が訪れようとも、身には傷一つつかないでしょう! そんなかんじだったかな~。もし今日の私の運勢が本当に最高だったら信憑性は高いんじゃない? そしてら、やってみなよ」

「あ、うん、そうしようかな。――ん? あ! 見て見て、エアリスちゃん! あそこに居るのってアルケミ防衛軍の百人隊長さんじゃない!?」

 

 いやに具体的な幸運を列挙され、眼鏡の少女はきょときょとと目を瞬かせたが、熱を入れて我が身の幸福な未来を語るエアリスの後方に、より大きな興味の対象を発見して大声を上げた。


「え? あ、ホント――て、おい、こら!」


 つい数瞬前までエアリスの真横を滑走していた眼鏡の少女が、弾かれたように別方向へ滑り出した。

 瞬く間にエアリスの真横を過ぎ去り、自分が見つけた興味の対象へと猛進していく。

 その興味の対象とは、この町の正規兵の装備である紋章入りの鉄鎧にがっしりとした身体を包んだ、背の高い男だった。

 通りの脇に立ち、町の憲兵たちと何やらひそひそと話し込んでいる様子である。


「うん、間違いない! 15年前、現軍団長のアルベルト様の紹介で入団した、凄腕の隊長さんだ! 噂では、獣人の奥さんとその子供がいて、その子供なんかも凄く強いって話なの!」


 興奮気味にまくしたてる眼鏡少女の肩を、背後から追ってきたエアリスががしりと捕まえた。

 しかし、厄介な病気を発症した友人はまだ熱が冷めきらないようで、くいくいと肩を引いて離脱を提案するエアリスの方を見ようともしない。

 だが、エアリスもこうなってしまった友人の対処は慣れたものである。


「お~お~、あんたの軍隊ミリタリーオタクっぷりは相変わらずですなあ。って、おいこら。今度はあんたが遅刻の原因になりかけてるじゃない。ほら、行~く~よ」

「あ~ん! もう少しだけ~!!」

「駄目だってば。ほれほれ、私に担がれてスカートの中を群集に大公開されたくないなら、自力で走る!」

「ああ、もう! 最近はセキュリティがきつくなって関係者以外軍の施設に入れなくなっちゃったから、こういう機会は貴重なのにー!」


 そうして何やかんやのやり取りを繰り返しながら、二人の少女は慌ただしく駆け出した。

 そして街の外から来た馬車の馬達をその滑走速度で脅かせ、御者の男をあわてさせつつも、何とか遅刻寸前に校門をくぐることに成功した。

 校門の前で登校生徒の身だしなみをチェックする生活指導の教官が、遅刻常連の二人・・の到着をため息交じりに見送った。


「教官! おはようございます!」「おはよ! センセ!」

「おう! 次からは、もうちっと余裕持って来いよ! 今日は一応ギリギリセーフだ!」

「「は~い!」」


 元気の良い返事を背後に残して、開け放たれた校舎の中に飛び込む二人。

 入学以来すっかり見慣れてしまった石造りの廊下、二人を迎えた。

 息を切らせて辿りついた荷物ロッカーの前で教材の用意を急いで進めながら、二人は今日一日の予定を相談する。


「あれ? エアリスちゃんは一限、魔法実技だったっけ?」「そうそう。あんたは錬金学だよね? んじゃ、今日は昼休みに食堂で合流かな。いつもの銅像の前で待ち合わせで」「うん、分かった。じゃあ、また後でね」


 階段に足をかけ、この建物の三階にある教室に向かわんとしている友人と手を振って別れたエアリスは即座に踵を返し、先ほど潜った校門を逆流して外に出た。

 彼女の次の授業は、校外の実技場で行われることになっている。これから別キャンパスに向かわなければならないのだ。

 「ヤバいヤバい間に合わない~!」などと口にしながら、魔法実技用の小型杖を片手に走るエアリス。


「ん? ……今日は外授業かい。結局お前は遅刻なんだな、遅刻魔さんよ」


 その姿は、当然のごとく生活指導の教官に発見され、彼女は苦笑する教官に見送られながら校門の外に出ることになった。


 ――ああ、もう。これ、完全に私だけ遅刻じゃん!

 

 エアリスは心の中で頭を掻きむしる。

 だが、そこで友人のことを責めないあたり、彼女自身も遅刻の責任の一端が自分自身にあることを認めているのだろう。

 最も、認めていたとしても、改善されなければ意味はないのだが。

 さて、肩まで伸ばした髪を風に靡かせながら、雄牛のように一心不乱に石畳を滑り降りていくエアリスの進行方向には、十字路があった。

 このあたりは、学生や学校職員以外の往来が少ない学校キャンパス地帯。そして今は、人通りの少ない授業開始前後の時間帯。

 エアリスは特に注意をすることもなくその十字路を直進する。

 そして。


「――っ!?」

「へ? うわわわわーーーーっ!」


 何かのお約束のごとく、その十字路の横から現れた人影に吸い込まれるように衝突した。

 派手に正面衝突した二人は大きく体勢を崩し、地を転がる。

 エアリスの遅刻と、交通事故の加害者認定が完全に確定した瞬間だった。


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