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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第六章:集いと別れ
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第百十五話:いつでもできると思っていたことが、本当にいつでもできるものかどうか、考えたことはあるかしら?<エスケープは唐突に>

 ぐおおおおおお……。また日付をまたいでしまった。申し訳ありません。

 side:薫

『――なるほどなー。そんな案は思いつかなかったわ』

『せっかくエルフの里から「亜竜」なんて大層なものを盗み出してきたんだ。これくらいの有効活用は考えるべきだろう』


 クズハ達がこの町で何を行おうとしていたのかが、ようやく分かった。

 エルフ達が計画している、神に抗する大戦争。その最初の戦場として彼らに選ばれた「巨大独立学術都市アルケミ」の防衛の布石を打とうとしていたのだという。

 そう、エルフが最初に狙いを定めた地は、俺達の今日までの目的地にして、ノエルの生まれた町「アルケミの街」であったのだ。

 ……この話に至る前にノエルが寝入っていて良かったと思う。

 ノエルには悪いが、今彼女に取り乱されてしまっては、落ち着いて話を聞き出すことができなかっただろうから。

 ノエルには、後で俺が責任をもって伝えてやろう。


 それなりに腕の立つ冒険者達と『エルフの里から逃げ出してきた』亜竜とを戦わせ、その冒険者達に「負けてもらう」ことで身をもって亜竜の恐ろしさを伝える計画だったそうだ。

 言わずもがなだが、その「逃亡個体」とやらは、聖剣の強化を受けたクズハが里から盗み出してきたエルフのペットである。


 亜竜の戦闘能力は、ギルドの評価基準でいえばS級以上。

 鉄板をも軽く引き裂く強靭な爪と鋭い牙、あらゆる攻撃をはじく剛健な鱗を持ち、並みの冒険者パーティーでは手も足も出ずに蹂躙されるほどの凶悪な戦闘力を持つ。

 三日三晩飛び続けられるほどの旺盛な体力と、猛禽類並みの飛行能力を合わせ持ち、その翼を用いて敵認定した相手を執念深く追撃を行う、非常に危険な生物だ。

 その亜竜に手を出して『窮地に陥った冒険者達』を『凄腕で、かつなにやらこの町の領主の一人息子とも親交のあるらしい、エルフ族の裏切者』が倒すという筋書きだったらしい。

 分かりやすく言えば、自作自演のお芝居である。


 ――いつだったか、ユムナが俺達の信用を得るために同じようなはかりごとを考えていたとか言っていたな。


 この世界の神の使徒達は、そういった「英雄」めいた演出が大好きだったりするのだろうか?

 因みにその計画は、奇しくも俺達が古都で遭遇し、冒険者達の助けを借りてどうにか撃滅した、あの”巨大竜モドキ”――亜竜プロトタイプの話をエルフの里で伝え聞いて考え付いたものだそうだ。

 しかし、せっかく用意した貴重な亜竜を一冒険者パーティーにぶつけるのはあまりに勿体ない。

 どうせなら、もっと効果的に。国家の防衛を担う為政者達にも危機感の伝わるようなやり方をすべきだ。

 デューク氏の父親を通じて為政者層にもエルフ達の脅威は伝わっているらしいが、なにぶんこの国では「幻」とされ、その存在も明らかでなかったエルフなどという種族の話である。

 真剣に”仮想敵”として取り組ませるのではなく、「危険魔物の大量発生に対する対策」を各町、各国に講じさせるのが精いっぱいだろう。

 だが、国や、多くの人間を動かす手段は、何も為政者からの働きかけだけに限られる訳じゃない。

 大事なのは、情報の信憑しんぴょう性。

 誰もがそれが真実だと知れば、その真実に対して対応しようと考える。

 だから俺は、もっと効果的な『エルフ達の出鼻をくじく作戦』を考えた。

 


『ほおほお。薫は中々悪知恵が働くな。今、17歳だっけか? 日本ではどこの高校に通ってたんだ?』

『東京の、小さな公立高校だ。訳有りで、登校回数は少なかったが。――さて、そろそろ話を切り上げてもいいか? ノエルが限界みたいだ』

『……ああ、俺も限界だ。その羨まけしからん光景を意識からスイープアウトさせるのは、もう無理だっつの! 何だよそれ!? くそっ! 俺だって、ずっと夢見てたのに! 獣耳少女を膝枕しながら、その頭をよしよしって撫でてあげたかった! 俺は今、この鋼鉄の体が恨めし――』


 ――俺がノエルに膝枕をするのがそんなに羨ましいのか?


 今日何度目かとも知れない剣心の暴走トークを聞き流しながら、メインの意識を別の対象へと切り替えた。

 剣心と心中での適当な応対を続けながらも、切り株の上に尻を載せたユムナと、その膝の上にどかりと座ったクズハの方に視線をやった。


 ――そろそろ、今日は区切った方が良い。


「そろそろお開きにしよう。クズハ達の話は、明日以降も聞くことができる」

「ちょっとちょっと~。いきなりあたしに声をかけて驚かせたことへの謝罪はないの~?」

「……驚かせるような言葉をかけた記憶はないぞ?」


 意味の分からないことを言ってくるユムナに怪訝な視線を向ける。

 すると、その下のクズハが俺に向けて掌を突き出してきた。


「待て、拙者は今日中には再び里に戻らねばならん。それに、お前達との共闘はえぬじい(・・・・)だと伺っているでござるよ? つい興が乗って喋りすぎてしまったが、これ以上情報を渡しても、お前達がどうこうすることはできぬのではないか?」


 ――む?

 

 クズハの言葉を怪訝に思う。

 何故、今更そのようなことを言う?

 これから彼らは大きな戦いに身を投じることになる。

 神の加護があるとはいえど、それは万能のものではないはずだ。

 戦力は、一人でも多くいた方が良いと思うのだが。


 勿論、こんな話を聞いてしまった以上、俺達の旅程は変更する。変更せざるをえない。

 少なくとも、病床に伏せったラナさんたちを、戦火に巻き込まれかねないアルケミの街に連れていくわけにはいかないだろう。

 まあ、助けが要らないというのであれば、それは構わないのだが……、


「何故だ? 俺は確かに神とエルフの大戦なんてものに深く首を突っ込む気はないが、アルケミの街は俺の待ち人との唯一の待ち合わせ場所でもある。もっと言うならば、ノエルの故郷だ。あの街でお前達の側かエルフの里側のどちらにつくかと問われたなら、お前達と手を組むのもやぶさかでは――」

「む? 何故アルケミの街のことを知っておる? その情報は先日、拙者が知り得たばかりでござる。まさか、運命神から直接聞いたのでござるか? しかし今、お前達は運命神と繋がることができないと聞いているでござるぞ?」

「ああ、君のおしゃべりな聖剣に聞かせて貰った。――理由を話しては、貰えないのか?」

「むう。……! 済まぬ。時間のようでござる」


 俺の問いかけに、クズハが深く考え込むような表情で黙り込んでしまった蚊と思うと、慌てたようにユムナの膝から飛び降りた。

 見ると、彼女の手にある聖剣――剣心が宿った刀が薄い光を放ちだしていた。


『おっと、悪いな薫。こいつのこと説明し忘れてた。こいつはあれだ、転送魔法。因縁の神様が毎日適当な時間に俺達を適当な場所に転移させてくれるっていう便利魔法だな。俺達は、森の奥でおねんね中の亜竜を連れて里の近くに戻らなくちゃならねえ。明日の朝の行き先はこの街じゃねえし、たぶんお前らとはこの先、少なくともアルケミの街以外の場所では出会わないんじゃねえかな』


 その聖剣から、申し訳なさそうな剣心の声が伝わってきた。

 だが、情報が遅い。

 予めそんな魔法の存在を聞いていれば、もっと早く他の質問をぶつけていたというのに。


『待て! もっと俺に教えてくれ! この世界のことや、神のことを!』

『そう思ってくれるんなら、是非ともアルケミの街に来てくれよ。共闘の定義に"共通の敵との戦い"だけならギリギリ含まれねえって言質はとってある』


 ……そういう事か。

 申し訳なさそうな態度の裏に潜んだ「してやったり」といった雰囲気を感じ、ため息を吐いた。

 一瞬浮かしかけて静止した俺の腿の上で、ノエルが身じろぎする。


『んじゃ、よろしくな!』

「本当に今日は申し訳ござらんかった! 同じ神の使徒という立場上、共闘はできぬまでも、また会う機会はあろう! その時は再度、手合せ願うでござる!」


 そして、森の霞の中に飛び込んでいったクズハ達の姿は、完全に見えなくなった。

 彼らを引き留めようと伸ばした俺の右手が、虚しく宙をきる。 


 ――剣心が伝えてくれた言葉。彼らを裏から操るこの世界の神の一人が気にしている言葉。

 

 "竜"、"神"、そして"地球人"。

 いずれも、今の紅と何かしらの関係がある言葉だ。

 関係性が明白でないからこそ彼らには聞かなかったが……これは偶然か?

 偶然この世界に召喚された紅が、偶然神も気にするほどの謎の力を宿し、偶然、この世界にやってきたのと殆ど同じ時期にエルフ達が戦争を始める。

   

 分からない。

 分からないなら、知るしかない。


「ユムナ。旅の計画を変更するぞ」

「はい~? どゆこと?」


 すっかり就寝モードのノエルの体を抱えてすくりと立ち上がり、こちらを伺っていたユムナに対して俺の決意を告げた。

 クズハ達と碌に別れの挨拶もできなかったことを残念に思っている様子で、時折チラチラと背後の靄の方を振り返っていたが、今はそれを慮ってフォローの言葉を言う暇が惜しい。

 俺はノエルをそっと背に担ぎ上げ、それまで空気と同化していたかのように身じろぎ一つしていなかったデューク氏に先導を要請した後、どっこらしょと腰を上げたユムナに言葉の続きを伝えた。


「再度、二手に分かれるぞ。俺は戦場に行ってくる」


 ユムナの目が、大きく見開かれた。

 

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