第百十三話:自分のものではない感情に振り回されるっていうのは、どんな感覚なんでしょうね?<嘘つき聖剣の担い手は齢五つのハーフエルフ>
side:薫
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「それでそれで? その後はどうなったの?」
ノエルの狐耳が興奮でぴょこぴょこ揺れている。
膝の上に置かれた両手も同様だ。そわそわと忙しなく動いてズボンの生地を擦っている。
彼女はこの場に居る誰よりもクズハの話を楽しんで聞いているのだろう。
全身の挙動と言葉をもって、早く早く話の続きをと急かしている。
そして、それほどに良い聴衆がいれば、話し手の気分も良くなるというもの。
くふふふと嬉しそうな笑みを漏らしながら、クズハが話を続けた。
「うむ。それから何週間か後、ラルクは、拙者に私物の管理を任せて里を発った」
「……お別れ、辛くは無かったの?」
「辛かったでござる。恥ずかしい話でござるが、最後に会いに来たラルクの胸に取りすがって、泣きもした。だが、それが今生の別れという訳でも無し! 否! 拙者が決してそうはさせないでござる! ラルクが里を出てからのことではござるが、拙者はそう決意した」
「――もしかして、それがクズハちゃんが里を出た理由なのかしら?」
クズハとノエルのやり取りに、ユムナが割って入った。
だが、クズハがそれに気分を害した様子は無い。むしろ、自分の話をよく聞いてくれていた女性に対し、嬉しそうな笑顔と共に、返事を返した。
「おお、良く分かったでござるな。そうでござる。ラルクが里を去った後、拙者はエルフの里――否、エルフ種全体の滅びの道を回避するため、聖剣の導きに従って里を出たのでござるよ」
――聖剣の導き、か。
正しくは、その裏で糸を引く、神の導きであるわけだが。
仮にもエルフの共同体で暮らしていた少女を、その共同体全体と敵対させるように仕向けるような"導き"。
――剣心は……というより、因縁の神ヤエとやらは、いったいクズハに何を吹き込んだんだ?
疑問が湧く。ちらと剣心に視線をやるが、解説をしてくれる様子は無い。
ここは、素直に尋ねてみるのが早いか。
クズハのエピソードを一通り聞き終えて、彼女の人柄は大凡つかめた。
後の知りたい情報は、個々に尋ねていけば良いだろう。
そう考え、先ほどのノエルに倣って俺も挙手してみた。
「……クズハ。一つ質問しても良いか?」
「おお、構わぬでござるよ」
「では、聞こう。お前は今、"里の滅びの未来を回避したい"と言ったな。だが、お前は先ほど、自分が里の裏切者でもあるという旨も述べている。この二つの因果関係を詳しく説明して貰えないか?」
俺の問いに対し、顎に手を当てたクズハが一つ一つの事柄を確かめるように説明を返してくれた。
曰く、聖剣(=剣心)から、現在のエルフ達の種としての目標が、神をこの世界から追放しすることであると聞き、探ってみたところ、それが真実であるらしかったこと。
そして、聖剣から伝え聞いた神側と現在のエルフ側の力量差は歴然としていること。
このままでは、ラルクを含むエルフの者達は、神に逆らった反逆者として、かつての竜種のごとく、完全にこの世から滅ぼされてしまうかもしれない。クズハはそう考えたのだという。
それを回避するための手段として、「エルフが一枚岩でない」ことを示し、さらに、「エルフの暴挙を止める役割をエルフが担う」ことを聖剣から提案され――クズハはそれに乗った。
というより、神と剣心達のたくらみに、乗せられたというべきか?
「……エルフという種族は、長い年月をかけ、魔法に関しては皆が皆、他の種族を遥かにしのぐ腕を身に着けておる。それに、太古から研究されてきた"竜の因子"――竜の遺伝子だったかなんだったかを利用して『亜竜の兵団』まで作り出した。人間国家内に、深く入り込んでいるエルフの密偵などもいるでござるな。けれどそれでも、"神々"と戦うには力不足でござる。拙者がそのようなことを主張しても、誰も聞き入れてはくれぬであろうが。いや、実際、信じてはくれなかったのでござる」
「待て。エルフは勝ち目の明確でない戦いに一族の命を差し出すほど馬鹿な種族だとでもいうのか? いくらなんでも、そんなことは無いだろう」
思わず、疑問が零れた。
相手の力も量れないままに一族の命を賭け金に戦いを行うなど、まともな思考能力がある者ならば絶対に有り得ない判断だ。
そんな選択、正気の沙汰ではない。
そう考えた俺の前で、クズハは静かに首を横に振った。
「それが、あるのでござるよ。もう、エルフ達の『刻限』が近い。そして、エルフ達は既に、自分たちの準備は万全であると思い込んでおる。開戦の火ぶたが切られるのは、もはや秒読みの段階でござろう」
「「「刻限?」」」
俺、ユムナ、ノエルの声が重なった。
そんな俺達をざっと見わたしたクズハが、真剣な面持ちで言葉を続ける。
「そう、刻限でござる。エルフ達の真の故郷がこの世界に復活する日。それが間近に迫っておる。しかしこのままでは、復活と同時に消失してしまう。そうなれば、古代のエルフ達が遺し、その地に蓄えた多くの知識も、その中で永い眠りについている"古の姫"までもが、その消失に巻き込まれてしまう。何としてもそれまでにこの世界を神の管理下から解放したいと、エルフ達は考えているのでござる」
わずかな時間に、この世界の行く末に関する、多くの重要な情報が語られた。
エルフ達が神を相手取った戦いを始めようとしていること。
その目的は、どうやら故郷の奪還であるらしいこと。
そして、クズハがその妨害をする存在となったこと。
……随分と、濃い情報なことだ。
「実は拙者、エルフの転写魔法の恩恵で他のエルフと同様の"知識"こそ得ているものの、同じく転写されたはずの"感情"に関しては他のエルフ達のように定着しておらぬのでござる。拙者が里のエルフ達の目的を妨害しようと思えるのも、そのためでござろうな」
「"感情"の転写?」
「うむ。古代のエルフ達が慕っておったというその"姫"への思慕や、かつての大戦で神に敗れた多くのエルフ達の無念の気持ちでござる。これらの感情がある限り、エルフ達が神への叛逆を止めることは無いであろう。でも――、」
クズハがしゃらんと音を立てて聖剣を引き抜いた。
聖剣を引き抜いた彼女は、強い眼差しで切れ味の良さそうな刃をじっと見つめながら、言葉を続けた。
「拙者は、現代にまで続く、その祖先たちの呪縛を断ち切りたい。そう思ったからこそ、神の味方をすることに決めたのでござる」




