第百四話:うおおおおおおおお! 戦い足りないでござるううううううう!<侍少女>
遅刻、すいません。
side:ノエル
すんすん。
んんっ? 意外と良い臭いかも。
結構魔力が通ってるのかな、若葉みたいに爽やかな香りがする。
「おぉ!? やめるでござる! 拙者の耳は食べ物じゃないでござるよー!」
「わわわっ!?」
クズハさんの長い黒髪が乱暴に振り回され、びゅんびゅんと鞭の様に宙を舞った。
彼女の耳元を確認するために近づけてた顔を、慌てて離す。
暫くそうやって首を振っていたクズハさんだったけど、流石に疲れたのかな。ぜいぜいと荒い息を吐いて、がくりと項垂れた。
「あの、私、貴女の耳を食べたりしないよ?」
そうっと最接近してそう教えてあげるけど、クズハさんは聞いて無いみたい。
また何やら一人合点を終え、がばりと身を――というより、首を起こした。
「くぅぅぅぅ! しかし、今の拙者は惨めなる敗者にして虜囚の身……。煮るなり焼くなり好きにするでござる!」
四つん這いの体勢で首だけ残して氷漬けにされたクズハさんが、やけっぱちのようにそう叫ぶ。
そして、首をくいと上向きにすると、私達の方を真っ直ぐ見据えてきた。
ええと、どう返答したらいいのかな?
くぬぬぬぬ、と引き結んだ唇から声を漏らし続けるクズハさんから視線を外して、カオルお兄さんに指示を仰ごうと振り返る。
するとそこでは、デュークさんの肩に手を置いたカオルさんに、ユムナお姉さんが話しかけるところだった。
「ねね、カオル。あの娘『自分の身を好きにしていい』なんて言ってるわよ~? どうするどうする~? やっちゃう? いっちゃう?」
握った拳の人さし指と中指の間から親指をぐっと突き出して見せているユムナさんを見て、カオルさんが呆れたような表情になっちゃった。
そのまま首を横に振ってユムナさんに回答する。
「俺はやらないぞ? そんなことをせずとも情報は吐いてくれそうだしな。それにしてもそのジェスチャーはこっちでも共通なのか……。嫌なことを知ってしまった」
「え~? あたしの時と態度変わってるじゃな~い。あの時の鬼畜王カオル様はどこに行っちゃったのよ~? 『女として生まれたことを後悔させてやる』だっけ? 『自分の立場を分かっているのか? つべこべ言わず、着ているものを全て脱げ』とか言われた気も……」
「後半のセリフは言ってない! サラッと嘘を吐くな!」
あ、またいつものカオルさんいじりが始まったみたい。
それに、私の後ろから「き、きちくおう……?」なんて呟きが聞こえてくる。もしかしなくても、クズハちゃんの声だ。……ユムナお姉さん、今回は絶対わざとやってるよね?
「あの、僕、帰ってもいいすか? そんな御大層な犯罪者さまに肩を掴まれている現状に強―く危機感を覚えるんすけど」
さきほどからそろ~りと忍び足でこの場を後にしようと試みていたデュークさんが、恐る恐るといった感じに手を挙げてそう発言した。
「すみませんが、まだ貴方を帰らせる訳にはいかないみたいでしてね」
そのデュークさんの肩に、改めてポンと片手を置いて笑顔を向けるカオルさん。
カオルさんより高い位置に顔があるデュークさんが、おどおどと目線を彷徨わせる。
うーん、この人は本当にただの人だったのかなあ?
急に『敵だから!』とか言って襲い掛かってきたクズハさんの知り合いってことだけど、この人からは危険なものを何も感じない。
体を巡る魔力も人並みだしね。警戒は要らなそうかな?
「あの、僕、本当に何も知らないんで。その子がエルフ側の間者――に偽装したエルフの裏切者だとか、何か”鱗持ち”魔物の『目撃者』が欲しくてここまで冒険者を連れてくるよう言ってたとか、それくらいしか知らないすよ?」
「……割と、充分な情報ね。ねえ、カオル? この男も拘束しとかない?」
「え! ちょっ……」
ユムナさんがちろりと視線を向け、デュークさんが身をすぼませる。
「不許可だ。――仮にも俺達の依頼人だしな。まずはそちらのクズハさんから、話を聞こう」
「体に聞くわけね?」
「……何でもかんでも、俺がつっこむとは思うなよ? ――ノエル、ちょっと下がっていろ」
「あっ、はいっ!」
デュークさんが逃げないようにじいっと見張る役割をユムナさんに任せて、カオルさんがクズハさんの方に向かっていく。
「くうっ! お前達の欲するであろう情報は全て渡すでござる! しかし、一対一の勝負を挑んだように見せかけ、卑劣な不意打ちを仲間にさせた貴様に、我が純血まではやれん!」
「そもそも『俺は』一対一の勝負を挑んだ記憶などないんだがな。まあ、その誤解を利用しなかったと言えば嘘になるが」
カオルさんが一人で前に出て足止め、その間、一旦後退した私が隙を見計らって後ろに回り込むか、詠唱が間に合えばユムナさんが大魔法。
厄介な敵が出てきた時の私達の連携の黄金パターンだったんだけど、クズハさんは勘違いしちゃったんだろうなあ。
今にも噛みつかんばかりの怖い顔でカオルさんに食って掛かるクズハさん。
「……そうだな、まずはユムナの時と同じ質問をしよう。お前は俺達の敵か? 味方か?」
「今の拙者の気分としては猛烈に敵認定したいところでござるが……敵の敵は味方という論理に従うのなら、味方、でござるよ。あくまで、拙者の本当の立場から考えるなら、でござるがな」
「まあ俺達からすれば、神の敵たるエルフという種族であり、にも拘らず自称神の使徒であるところのお前の立場は、正直良く分からん。俺達を信用させる気があるというのであれば、お前が神の使徒であるという確かな証拠を見せてくれ」
髪を掻いたカオルさんがすうっと腰を落とし、クズハさんと目線を合わせてじいっと瞳を覗き込む。
そんなカオルさんから嫌そうに顔を遠ざけようとして、それが叶わないことを再確認したクズハさんが渋々といった感じに口を開く。
「了解でござる。言えば良いのであろう? ――物的証拠はこの聖剣程度しかありませぬ故、拙者の半生を語るをもって証拠とさせてもらうでござる」
そして、クズハさんは語り出した。
彼女の出生、聖剣との出会い、神との契約、そして今日彼女がここに至るまでの道筋を。
六章、過去話が多いせいもあって長引いてますね。すいません。




