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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第六章:集いと別れ
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第百二話:奇矯? はて、これが「すたんだあど」であろう?<奇矯(ききょう)な侍娘>

 またぎりぎりですね、遅刻すいません。

 side:薫

 綺麗な立礼だった。

 フードの端から零れ落ちた長い黒髪が、ランプの灯りを受けて艶やかな光沢を見せる。

 裾長の怪しげな衣装をはぎ取れば、その中には社交界で名を馳せた名士の姿が現れるのではないか、などと言う期待を顔を上げた男はその奇特な言葉遣いで裏切って見せた。


「お初にお目にかかる。拙者、この男の父上の友人にして、聖剣カゲミツの58代目継承者――むぉお!?」


 隣に立つ俺達の依頼人(デューク)を右手で示してわずかに顔を上げた男が、ユムナの顔を目の当たりにして、突如硬直した。

 叫び声と共に身を竦ませ、そのまま石像のように固まってしまったのだ。

 ローブの隙間から覗く、小さな口がぽかんと全開になっている。

 突然雷や恋の衝撃に貫かれたような顔だ。


 ――ユムナに一目惚れした……という訳ではなさそうだが、どうしたんだ?


 対面しているユムナの方はというと、え? え? と戸惑いの視線を俺に向けてきている。

 知り合いか?

 目線で問いかけると、ユムナは首をふるふると横に振って否定の意を示した。

 とすると、この反応は一体何だというんだ?


 驚愕の訳を尋ねようにも、どうやら今のローブ男に俺の質問に回答するだけの余裕はないようだった。

 何時の間にやらデューク氏の正面に移動していたそいつは、ぼけっと立っていたデューク氏の肩をがしりと掴み、ぶんぶんと激しく前後に揺らしている。

 背丈で言えばデューク氏の方が男より20㎝以上背が高いのだが、よほどの膂力があるのか力の籠め方が上手いのか、デューク氏はその男の好きなように前後左右に激しく振られるばかりだった。

 男はデューク氏の戸惑い顔を睨み、唾を飛ばさんばかりに勢い込んで尋ねかけ始める。


「どどどど、どういう事でござるか、でゅーく殿! 何故この者らがここに居るのでござるか!?」

「ええ!? いえ、僕、知りませんすよ! 僕は言われた通り冒険者の人達を雇っただけでして……」

「ぬぉぉぉお!? さてはでゅーく殿、拙者がお主に事ある度に伝えてきた事項の一つ一つをきちんと確認しておらんな? そうであろう? ええい、このうつけ者が! お主は猿か! 猫以下か!」

「え? は? えっと、あの、すいません……」


 ――何だ? いったい、どういう事態なんだ?


 しどろもどろでローブ男に弁解の言葉を告げるデューク氏。

 しかし、それは男の猛った心情をより掻き立て、湧き上げさせる方向にしか作用しなかったようだ。

 うおおおお! と暑苦しい叫び声を上げながら、ローブ男が頭を掻きむしる。


 いや、ローブ"男"ではなかったか。 

 それは偶然だったか、それとも必然だったのか。

 掻きむしるの指の一つが今、彼の頭を覆うローブの端に引っかかった。

 長旅に耐え得る厚い布の覆いが捲れ上がり、パサリと"男"の背に落ちた。


「ぬおおおお! ……ぬ? はっ!!」


 ローブ少女(・・)が慌てて両手で頭を覆い隠すが、もう遅い。

 少女が咄嗟に覆い隠そうと試みたそれを。

 俺達はばっちり見てしまった。


「……へ?」


 俺の耳朶(じだ)を、ユムナの飲み込むような息がくすぐった。

 「失敗した」と言いたげにこちらを苦々しげな視線で睨む長い黒髪のローブ少女。

 その少女は、彼女が普通の人間でないことを何よりも雄弁に示す、とある器官を備えていた。

 彼女が両手が覆う耳の先端は、掌の覆いを突き抜けて上方に伸びていた。

 夜の森でもはっきり分かる染み一つない色白の肌に、尖った長耳。 


「……お前、森の民(エルフ)か?」


 問いかけの声がポロリと漏れてしまった。

 この世界で人型の長耳種族と言えば、この世界に残る歴史の彼方に消えた、エルフという種族以外にありえない。


「ぐくぅ……。……そうでござる。純血ではあらぬ故、このような黒髪ではありまするが」


 キリリと吊り上がった(まなじり)が印象的な、しかしどこか日本人形めいた和風の趣きを感じさせる少女のエルフ。

 彼女が首元につけた貝殻のペンダントのような飾りを外すと、先ほどまでの暑苦しいオヤジめいただみ声が、凛とした、10代半ば頃の少女の声に変化した。

 改めて見ると、目鼻立ちが良く整った少女だ。

 整いすぎて逆に中性的な印象を与えるような顔の造りをしていたが、その涼やかな声を聞けば、もう彼女を男だとは認識できなくなった。

 そして、観念した風に唇を噛みしめた少女は、ぎりっと歯を噛みしめてこちらを睨み付けてきた。

 唐突な眼光の刺突に気圧されたのか、ユムナが思わずと言った風に後退した。


「あなた――」

「エルフの血族が、何故このような場所にいるのか、とでも尋ねたそうな顔をしているでござるな、御仁? 先に言っておくでござる――拙者には、そなたらと今ことを構えるつもりは一切無い。そもそもこのような場で顔を合わせること自体、全くの偶然でござったからな。文句は、こっちでなく、気まぐれな運命神ありあんろっど殿にでも言えば良いと思うでござるよ」


 腰に下げた剣帯をトントンと叩きながら、少女は美麗な眉目を歪めて不機嫌そうに呟き、やれやれと頭を振った。


「『今、ことを構えるつもりはない』……? ちょっと待って。そんな言葉が出るってことは――貴女は、"あたし達"の敵ってことじゃないの?」

 

 少女の言葉が孕んでいた危機的な事実に、ユムナが真っ先に反応を示した。

 「ことを構えるつもりは一切ない」……それは、敵対関係にある者同士の間でしか使われない言葉だ。

 聞くところによると、エルフという存在自体、かつての神の敵であるらしい。

 ユムナにとっては不倶戴天――という程ではないにせよ、抗争中の不良グループの構成員同士の対面程度の警戒心を抱くのは当然のことだろう。

 とにかく、今目の前にいる少女が警戒対象であることは明らかだった。

 ユムナをこの少女に近づける訳にはいかない。


「ノエル、ユムナを頼む」


 少女に詰め寄ろうとしたユムナを片手で制し、ピリピリと臨戦態勢に入りかけていたノエルにその身を任せた。


「うん」


 いつの間にか抜き身の愛剣を肩に背負うようにして構えていたノエルが、さっとユムナの前に躍り出た。

 ノエルの戦闘力は良く知っている。

 これでユムナの安全性はある程度確保されたはずだ。


「……改めて聞かせてくれ、お前は俺達の敵なのか?」


 急な成り行きについて行けずにオロオロと惑っているデューク氏はひとまず意識の外に置くことにした。

 ようやくそのデューク氏の胸倉を離した少女が、俺の再確認の言葉の返答の代わりに、すうっと天を仰ぎ見た。

 先ほどまで漂っていた靄はいつの間にか晴れ、天には綺麗な星空が覗いている。

 少女が武器を抜く様子はない。


「敵……でござるか。――今の拙者はその言葉を否定できる立場にも、肯定できる立場にもある」


 ようやく返ってきた回答は何とも要領を得ないもので、つまり、対応を決めかねる内容だった。

 こいつはこの場では戦いたくないなどと言ってはいるが、返答によっては、この場で俺達から仕掛けざるを得なくなるかもしれない。

 俺は、懐に隠した拳銃の握りを密かに握りしめた。

 緊張感を高める俺達に対し、少女は相も変わらず天を仰いだまま訥々と語る。


「敵。味方。どちらを答えるも良し。おやおや? ――ふむ、なるほど。これならば不可抗力、でござるか……?」 


 少女の雰囲気が変わった。

 ようやくこちらに戻ってきた少女の表情からは、先ほどまでの不機嫌そうな様が消えているように感じる。


「――気が変わった。それならば、今回は敢えてこう答えさせていただくでござるよ」


 告げた少女の口元が笑みを象った。

 そして、少女の手が――腰元に伸びた。

 そこにあるのは、少女が帯びた剣の柄。

 月と星の灯りを受けた彼女が、まだ幼さを残す外見に似合わぬ艶然とした仕草で桃色の唇をぺろりと舐め、口を開いた。


「さあ、(つるぎ)を構え、敵たる拙者に向けるが良い。存分に斬り結ぼうではないか、運命神の代行者達よ。"因縁"を司る神、「ヤエ」が代行者にして、58代目聖剣継承者、その名をクズハ――全力をもってお相手つかまつろう!」


 名乗りを上げた少女の衣の裾がばさりと舞い。

 刃と刃がぶつかり合う剣劇の音が、夜の森に高らかに響いた。

 少女が剛力をもって蹴り飛ばした地面が後方に吹き飛び、遅れてやってきた突進の風圧が俺の全身を叩いた。

 

「何を……!」

「おおっ! よう止めたでござるな! くはははは! 良い、良いでござる! さあ、もっと、もっと斬り合いましょうぞ!」


 突進後の追撃に拘泥せず、少女は振りぬいた薄刃の剣の腹で俺の短剣と押し合い、後方に飛んで身を逃した。

 実に楽しげに、何かに酔いしれたように叫びながら、直地してすぐ、剣の切っ先を突きさすようにこちらへと向けて来る。

 少女の頬は上気して紅色に染まり、場違いな色香に包まれていた。

 

 俺が二本目の懐剣に手を伸ばすと同時、興奮に身を包んだ少女が再び鋭利な刃を振りかざし、一直線に飛び込んでくる。

 

 戦闘が始まった。


 そろそろ、新規で出る予定の登場人物も残りわずかになってきました。

 このペースで続けていけば、年内には完結出来そうです。

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