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異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第六章:集いと別れ
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第百一話:人が一方通行でない双方向の気持ちを求めるのは、何も恋の場合だけじゃない<司教さんの気持ち>

 遅れてすいません。ギリギリやなあ……。

 side:ユムナ

「……む? 遅いでござるよ、でゅーく殿」

「すいませんです、でも、ちゃんと、その、冒険者の人達は連れて来ましたから」


 ――随分と、時代がかった喋り方をする人ね~?


 以前読んだ人気御伽話の登場人物、世直し浪人の言葉遣いに少し似ているかしら?

 

 木々に記されたマーキングを頼りに私達をこの場まで案内した依頼人の男と、その男の仲間と思しき人物が言葉を交わしている。

 

 ――それにしても、この辛気臭い森に、こんなひらけた場所があったのね~。


 先ほどから真っ直ぐに突っ立ったまま動こうとしないカオルのことを少し不審に思いつつ、その脇を抜けて星空の見える円形の空き地へと足を踏み入れた。

 背の高い木が全て斬り倒され、空気の流れが良いのか、先ほどまで視界を覆っていた靄も殆ど存在しない。

 この森は視界を閉ざす樹木や霞に常に覆われているものかと思ってたから、少し驚き。

 あるいは、このローブ男が風魔法で木々を伐採したのかしら?

 ……流石に、そんな勿体ないことはしないか。魔力を使えばお腹だって減るし――


 グー、ギュルルルルルル……


 ――あうぅ……、意識したら、またお腹が鳴っちゃったわね~……。依頼が終わったら、カオルを引き連れて、どこかの酒場で夜食を食べに行こうかしら。でも、そんなことするとあたしの美容が心配ね~。いえ、そんなこと言ったらそもそも、こんな夜遅くにまだ起きてるってこと自体……。ああ、もう! やめやめ! 次に連絡がついたときにでも、物知りのアリアンロッド様に若作りの方法でも聞いてカバーしましょ!


 そもそも本来ならば、私という存在がこのような場所にいること――外の世界を自由に歩き回っていること自体が相当イレギュラーことなのだけれど。


 そう、司祭長としてずっと神殿の奥で祭事を行っって一生を過ごすはずだったあたしにとっては、この冒険者としての暮らしは、まさしく有り得ざる出来事。

 カオル達がこの世界に来ていなければ――カオル達をこの世界に来させた存在がいなければ、有り得なかったはずのもの。

 

 ふと、何となくカオルの方を振り返ってしまった。

 暗くて良く見えはしないけれど、何やら険しい表情をしている気がする。それくらいのことは察せられた。

 何か、悩み事か考え事でもあるのかしら。


 ――カオルのことだもの。ど~せ、今目の前にあるこんな簡単な依頼のことじゃなくて、最優先救出目標のベニちゃんのことでも考えているんでしょうね~。


 近頃、私に対してやたらと色々なものを作ってくれと頼んでくるカオル。

 今のところはアリアンロッド様に許可(・・)された範囲の物品の改良系ばかりという事だったし、私もまあ、自分の力が必要と言われて頼られることに吝かでは無かったから手伝ってはいるけれど……


 ――ちょっと最近、色々と思いつめすぎじゃな~い?

 

 たぶん、今まで真偽不明だった私発の情報への対応が一通り終わったせいでしょうね。

 それで生まれた余裕を、次の考え事や作業で埋めているのだ、この男は。

 私が話した事実の大半が真実であると、今のカオルは信じてくれている。私への信頼からじゃなくて古都の書籍と照らし合わせたからっていうのが少~し気にくわないけれど。


 この世界を創世神が作ったこと。

 今も、その末裔たる神々が世界の安寧を守る役割を担っていること。

 かつてこの世界で、神と竜の大戦があったこと。

 私が、"この世界の在り方を乱す"竜という存在を封じる神側の人間で――運命を司る神、アリアンロッド様の最高司教であること。

 

 そして、

 「突然現れた、この世界にとっての脅威」と「世界の滅びを回避する鍵」に関すること。

 ……このことに関しては、私自身もアリアンロッド様に簡単に聞いただけで詳しいことは分かっていないし、おそらく「私が分かっていない」ことに、カオルも気づいているはず。

 でも、カオルはそのことについて糾弾してこようとはしない。

 それは、私がその内必要になったらアリアンロッド様から聞いて、話してくれるだろうと信頼しているからなの?


 でも、もし例えば今のカオルに、私が吐いた嘘――"ベニちゃんの身の安全は、暫くは大丈夫"と言ったことが虚偽だったと伝えたら、どうなるのか。

 不可逆の浸食が始まり、竜の仔に体を乗っ取られつつある――いえ、そろそろ完全に乗っ取られたはずの"ベニちゃん"の存在がもう戻ってくるはずが無いなどという事を伝えたら、

 私が与えたその情報を真実だと思ってソルベニスの街での二分を了承した彼にそんなことを伝えたら、

 彼は、どんな反応をするのでしょうね?


 顔を覗き込んだノエルちゃんに顔色の悪さを指摘されて、慌てて頬に手を当てて表情を作り直している少し間抜けなカオルの姿を見ながら、想像してみた。


 私を裏切者と罵って、首でも絞めて来るのかしら? ふふふっ、あの妹好き(シスコン)眼鏡なら有り得ないと言い切れないのが怖いわねえ。

 想像して笑い飛ばそうとして失敗。生々しい光景を想像してしまい、背筋がぞっとしてしまう。

 カオルが私を押し倒したあの日のこと――私は忘れていない。いえ、一生忘れることは無いでしょう。


 感情の無い作業ゴーレムのような目とは真逆――狂気に一歩足を突っ込んだ、危うささえ感じさせる強い感情と必死さを無理やり理性という檻の中に閉じ込めているかのような、爆発寸前の火薬樽のような真っ黒い目。

 絶対の切断力を持つナイフを煌めかせ、私の目を正面から覗きこみ、腹に足を載せながら脅しをかけてきたカオルの姿は、今にも鮮明な映像として思い出すことができる。


 あの時は、自分でも良く平常心でいられたものだと思っているわ。

 カオルの強さを良く分かっていなかったことや自分の力が絶対であると思い込んでいたこと、様々な要因がそこにはあったと思う。

 けれど、もう一度、あの時の目で――いえ、明確な"敵"を見る眼をカオルに向けられたら、

 今の私は、どうなってしまうのでしょうね。


 ――……。


「ほいしょっと。ねえ、カオル~。あたしちょっと疲れたわ~。お腹もそろそろ限界。暫くはおぶって運んでちょうだ~い」

「おい、ユムナ。お前は子供か。……終わったら夜食、いや、早めの朝食を奢ってやるから、今は離れろ」


 煩わしそうに、背後から抱き付いた私の体をはがそうと体を揺するカオル。

 でも、残念ね。今の私は、離してあげるつもりはない。


「ふふっ、い~や~よ」

「あのっ、ユムナさんっ! そういうのは、いけないと思いますっ! カオルさんにはちゃんと恋人さんがいるんですよねっ!?」

「なら、愛人にでも立候補しとこうかな~? この年齢で今更私を貰ってくれそうな男、他に知らないもの~」

「悪いが、お断りだ。だいたいお前は前に神の婚約者だとかなんとか言ってなかったか?」


 ため息交じりに、そう返された。


 ――少し顔を赤らめるくらいのことは、してくれたっていいじゃないの……。


 この男は、とにかく感情が顔が出やすい性質(たち)だ。

 いつも通りの、なにか鬱陶しいものを眺めるような眼を見れば、本気で私のことを何とも思っていないことが察せられる。本当に、何とも思っていないらしい。


 ズキン。

 少しだけ、胸の奥が痛んだ。


 私はこの男に、妹を助けるための情報源くらいにしか思われていないんじゃいか。今まで、そう思ったことが何度あったか。

 私がこの男に抱く気持ちは、恋とは違うと思う。

 ただ、ある意味生まれて初めての対等(・・)な存在――カオルの言葉を借りるなら相棒として見ている相手に、自分が大切に思われていないんじゃないかと感じてしまうことは、凄く、心が、痛い。


「まったく……ほら」

「え? あ、ちょっと!」

「何だ? 背負えと言ったのはお前だろう。下ろせというのなら、すぐに下ろしてやるぞ」

「え? ええと、……じゃあ、お願いするわ、カオル」

(うけたまわ)った。……少しくらい、普段から体力をつける努力をしてもらいたいものだな」

 

 ……甘えさせて、もらおうかしらね。

 あきれ顔で呟くカオルの胸に両腕を回し、その右肩に頭を預ける。

 ノエルちゃんがむっと口を曲げて非難するような目で見て来るけど、これくらいは見逃して欲しい所ね。

 この数週間の旅でだいぶ慣れてしまったカオルの背の感触、その体温を感じながら、胸の底から沸き上がって来る安心感に身を委ねた。

 今この場にどんな魔物が襲ってこようが、地面が砕け、空が降ってこようが、ここにいる私は死ぬことは無い。そんな安心感だ。

 今だけは――何の憂いもなく、この安心感に身を委ねていたい。

 カオルの柔らかな黒髪に顔を埋めて、そんなことを思った。


 気づくと、私を背負ったまま、カオルが歩き出していた。ノエルちゃんも脇に付いている。

 行先は、私達を手招く依頼人の男。

 依頼人の男――デュークの仲間らしきマント姿の人物が、私達が歩み寄ってきたのを確認すると、手元のランプを此方に向けた。

 そのまま、すっと慣れた仕草で腰を折って頭を下げ、自己紹介をしてくる。


「お初にお目にかかる。拙者、こちらのでゅーく殿の父上の友人にして、聖剣カゲミツの58代目継承者――む!?」


 ふと言葉を中断し、頭を下げたままランプに照らされた私の顔を凝視してきた。

 口をだらしなくぽかんと開け、飛び出さんばかりに目を見開いている


 ――あれ? これってどういう反応なの? あたしの顔を知ってた? こんな知り合い、あたしに居たっけ?


 首を傾げるも、答えは出ない。

 この人、誰よ?


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