第十話:うちの兄貴はチートです<青年団の長>
side:ザック→薫→リーティス
――おいおい、どういうことだ。――カートレットの奴、いつの間にあんなに強くなりやがった。
カートレットが「剣士」の資質を持っていたことは知っている。
男爵がああなっちまう前、騎士様がちゃんと村に在中していた時、その騎士様に村を出て外で腕を磨いてみないかと熱心に誘いをかけられていたからだ。
「剣士」と呼ばれる闘いの資質をもった人間は珍しい。
剣士の能力は生まれつき持っているか、厳しい修練の果てに身に着ける類のもので、王立騎士学校なんかの訓練施設から遠いこんな村じゃ、俺のような生まれつきが数人いるかどうかって程度だ。
だが、カートレットは騎士様の誘いを断った。剣士として身を立てるつもりはない、自分がやりたいのは勉強の方だからと。その言葉通りカートレットは村長の手伝いをしつつ村での未来の賢者の卵として修業を積んでいるのだ。青年団の魔獣狩りにもなかなか参加せず、だから俺はあいつの腕はそこまで大したものじゃないだろうと踏んでいたのだ。
さっきの試合を見ても、剣の腕では俺が上回る自信がある。
回避の思い切りの良さは良かったが、間合いを詰めるダッシュが遅い。踏み込みまでに無駄な間があった。好機と見れば考える間もなく体が動き出すくらいでなければ、毒牙を備える蛇魔物や硬い毛皮を持つ熊型魔物は倒せない。
だが、カートレットの勉学と修行の成果ともいえる、あの上級レベルの土魔法に集中力を割きながら剣でも相手を追い詰めようというあの戦いっぷりはどうだ。
「くくく……」
「おいザック、一体どうした? 気色の悪い笑い声なんぞ漏らしおって」
「なんでもねえさ、村長。ならそれに勝つあいつらはどれほどなんだろうってな。くはははははは」
笑った。
笑った。
俺達の手の中に転がり込んで来た幸運に。運命神アリアンロッド様最大の恩寵に。
ずっと欲していた、村を守る力が今ここにある。これで笑わずしてどうする。
ようやく笑い声が止んだころ、俺は闘技場のただ中に立っていた。
村を守るその力に、俺は今から戦いを挑む。その戦いの終わりが、きっとこの村の転換点だ。それで最後だ。
こちらを見やる青年団の連中が視界に入る。剣士でもねえのに、自分たちの手でこの村を救いに行くと言って聞かなかった連中たちだ。
そうだ、元は俺が言い出した案だった。俺達は村の防衛のために村を空けるようなことはせず、信頼できる冒険者なり腕の立つ旅人なりに俺達の村の命運を預けようというのは。
リーティス、カードル村長、村の女房達、皆が奴らの動向を見て、人柄の問題は無いだろうと判断していた。そして今、少なくとも妹の方の戦闘力はこの村の誰よりも高いであろうと証明されてもいた。
だからこれで最後なのだ。俺や青年団の心の中にまだ残る、割り切れない思いをこの一戦で昇華する。俺の全てをぶつけ、そして乗り越えられることでこの戦いは完結する。
――はら来い、少年。華々しく戦おうじゃないか。この村を守るために磨いてきた俺の技の全て、お前に見せてやる。
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ザック氏が手招いている。闘技場まで来いと。これから俺達で戦おうと。
真剣な眼差しだ。どうやら何があっても俺とは戦っておきたいらしい。
――良いだろう。望むところだ。
先ほどの衝撃で少しずれていた眼鏡の位置を直し、ザック氏の立つ試合スペースに向けて歩み出す。
ザック氏は、先ほどのカートレットを上回る、この村で最強の剣士であると聞く。数年前の時点で、領主が派遣してきた騎士と互角以上、屠った魔獣や魔物の数は3桁を越えるそうだ。
村の最高戦力であり、俺達が今回の任務を受けるにあたって、この男を倒せるか否かは大きな評価項目だ。
『あらためて名乗る。竜崎薫。それが俺の名前だ』
『……ココロ村青年団、二代目団長ザック。前口上は要らんぞ。さあ、やり合おうじゃないか』
そしてこの一戦は何より、俺の中で未だ知識としてしか存在しない、剣士の戦法・技・信念。それらを高水準で学べる好機でもあった。
これからこの未知の世界に踏み出すにあたって、大事な一戦になることだろう。
『ああ』
紅を守り、この村を救い、そうして踏み出す最初の戦いだ。
『二人とも準備は良いな? では――始めぇぇぇえええええええええええええええええ!』
全て俺の血肉にしてやる。
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戦いが始まり、けれど打ち合いは始まりませんでした。カオルさんはベニさんとは戦い方が違うのでしょう。開始の合図とともに動き出すようなことはしないようです。
腰を落とし、足を前後に開いて構えを取ってからはピクリとも動かず、じっとザックさんの動きを見定めています。
そしてそれはザックさんも。こちらも剣を肩に担いだ体勢のままピクリとも動きません。
――うぅ、こういうのは見ているこっちの方が心臓に良くないですよ……。
そんな風に思ったのも束の間。
「ぜえぃぁぁぁあああああああああああ!」
お腹の底にまで響いてくる大声が聞こえ、不動だった内の片方が弾かれたように猛進していきました。
ザックさんが動いたのだと認識した頃には、既に間合いは0になり、剣が振り下ろされています。轟音と共に地が砕け、土が舞い上がります。
「カオルさん……!」
思わず声が漏れてしまいました。悲鳴に近い、自分でも驚くほどかすれた声。そんな私の肩に、誰かの手がポン、と置かれました。
『バーカ、兄貴があんな見え見えの攻撃食らうわけねえだろ』
その温かい手は、いつの間にか背後に回っていたベニさんのものでした。試合が終わり、観客席にやってきていたのでしょう。
『ま、座れよ。てか、あたしは勝手に座らせてもらうぜ?』
暢気な仕草で「どっこらせ」、と腰を下ろして座り込んだベニさんは、半跏の姿勢で頬杖をつき、私の着席を促すかのように手をひらひらと上下に動かしました。
その腰の周りでは、村の子供たちが「ベニだー」、「やっぱかっけえ!」などとはしゃいでいます。毒気を抜かれた私は、砂煙の上がる闘技場に視線と意識を奪われたままで、ベニさんの隣に腰を下ろしました。
『よく見てろよ、リーティス。あれがあたしの兄貴。対超人用に特化したASP式特殊戦闘術の基礎を一人で築き上げた、徒手空拳で戦闘系異能者を屠るチート武芸者さ』
ベニさんが指さした方向。そこには、何故だか良い笑顔で空振りして地に突き刺さった剣を引き抜いているザックさんと、割砕かれた大穴のすぐ脇に佇む無傷の少年の姿がありました。
『あたしには、人型の相手に兄貴が負ける姿なんて想像できねえ』
試験的に視点移動を多めにしてみました。「読みづらい」「もっと視点移動は控えめにしてほしい」等あれば言っていただきたいです。