第九十一話:神の定義は宗教によるけど、科学による定義づけってできるのかしらねえ?<竜の仔の独白>
遅れました……。そしてまた分割です、すいません、
この世界には、神がいる。
"神"とは、土地や自然現象、時には運命や知識といった、現世の様々な事物・事象を司る高次の存在のことだ。
意思と知性と力を持ち、基本的には現世に直接顕現することなく世界に干渉する。
彼らは皆、この世界を作った存在――創世神達の末裔とされている。
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「まあ、"末裔"というのは嘘なんですけれどねえ」
「はい!? え、どういうことですか!?」
「……この言い方はちょっと意地悪だったかしら。"末裔"の定義にもよりますもの。――「神」の座の仕組みはね、前任者がいなくなって空いた座に、他所からやってきた者が好き勝手に入れるようになっているのよぉ。少なくとも私はソレを"末裔"とは認めてないという話ですわぁ。ふふっ、知らなかったでしょう?」
「え、え、ええ!? じゃ、じゃあ"今の"アリアンロッド様は――?」
「私が生きていた時には既に三代目だったかしらぁ。千年くらい前のことよぉ?」
「えっ……?」
「ひひっ、まだまだ驚くには早すぎますわよぉ? 神の僕――人間達が意図的に後世広く一般に伝えていない話というのは、腐るほどありますもの」
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神の役目は、この世界の安寧を守り、世界を存続させること。
力ある神は、時に世界に存在する生き物達を直接自らの手で導き、
そうでない神は、世界の事象の操作のみによって、間接的に世界に干渉する。
神々の権能は非常に強力であり、この世界は文字通り神の導きによって安寧を保たれているのだ。
ただし。
その「安寧」の定義というのは――、その神々によって決められる恣意的な概念であり、それは時に地上における大きな争いの火種となった。
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「あらぁ? 意外とこちらの話には驚かないのねえ」
「え? 何にですか?」
「"神"が神殿で伝えられているような万能の存在ではなくて、それどころか、時にはこの世界に生きる生き物たちに迷惑をかける存在だという話よぉ。――ま、薄々貴女はそうじゃないかとは思っておりましたけれど」
「ふぇ? それってどういう――」
「話を続けますわね」
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かつてこの世界には、竜という種族がいた。
創世神に作られた種族の中で、最も知性と力を持つ種族であったとされている。
他の種族には到底及びもつかないほど多くの魔法を作り出しており、巨体でありながら自由に空を舞い、独力で島を丸々一つ作り出し、山を一晩で消し去り、気候すら自由に操って、乾季に悩む農民たちに恵みの雨を与えるといった行いをしていた。
彼らの絶大な力を目の当たりにした一部の種族達は、彼らを崇拝の対象とするようになる。
敬い、願いを請えば、文字通り"現世利益"を与えてくれる存在である。
その人気のほどは、容易に想像できるだろう。
かくして竜という種族は、崇拝と尊敬の対象として、この世界の事実上のトップに君臨することになる。
そして彼ら自身もやがて、力の弱い他の種族に施しを与えることこそ自らの使命だと考えるようになった。
願いを請いにやってくる他の種族のために力を振るい、手紙や花冠、書籍や宝石といった彼らにとってはささやかな返礼にも満足を感じながら暮らすようになった。
竜を頂点とした平和な時代の幕開けである。
しかし、その平和は長くは続かなかった。
神が、竜という種族をこの世界から完全に滅ぼすという道を選んだからである。
神が如何なる理論を構築し、如何なる正義をもってその選択肢を選んだのかは誰にも分からなかった。
神を抑えて崇拝されるようになった竜達への嫉妬という説。
竜の存在によって平和になりすぎた世界を揺さぶり、世界の変革と進化を促すためだったという説。
様々な説が竜や他の友好種族達の間で議論され、神々のその決定を覆そうという試みが成された。
しかしそれらは、大きく揺れ動いていた当時の情勢に、何の影響も及ぼすことができなかったのである。
地上の種族達は、神の側について竜を滅ぼす手伝いをするか、竜と共に神に抗うのか、二つの選択肢を迫られた。
神の側に着くことを真っ先に表明したのは、竜の存在した当時で尚絶大な権力を誇った、神に仕える人間種の神官達だ。
そして、神殿の力の及ぶ範囲にあった多くの国々は、反竜連合として神の御旗の下に集っていくことになる。
元々、人間という種は他の種族達に比べて、神を崇拝している者が多かった。
群れることを好み、"国家"という形態を他種族と比べ早くから作り出して圧倒的な速度でその数を増やしていった種族である。
既に竜の力を借りずに済むだけの力――政治や経済、知の集積や研究開発と言ったシステムを作り上げていたのだ。
あるいは、神もこの時を――人間種までもが竜を神以上にありがたがり、崇拝しだすようになりかねなかったこの時期だからこそ、竜の排除という決定を下したのかもしれない。
共同体への帰属意識が強い人間種の殆どは自らの暮らす国家の決定に従い、どちらの陣営につくかを決める者が多かった。勿論、例外も多々あったが。
その一方で、その他の種族――後に「亜人」などと差別的に言い表されるようになる種族達は、種として一丸となっていずれかの陣営に与することもあったようだ。
代表例が、自然を守る技術の多くを竜達に教わり、その恩義に報いるために神との敵対を選んだ種族――エルフなどであろう。
かくして、種族同士に、或いは国同士に分かたれた陣営間での戦いの幕が切って落とされることになる。
開戦時の竜側の陣営は、非常に強力なものになっていた。
人間種でも、古都ノクワリアのような大きな軍事力を持った国家が竜の味方に付いていた他、竜に次いで魔法を操る能力が高いとされるエルフ、竜に仕える獣人種、大勢力を誇る人間に迫害されるようになってきた蝙蝠人間達等が続々と竜の下に集まってきたのである。
数の上では神側の陣営には敵わなかったが、元々世界最強を誇る竜種の全てが死に物狂いで戦に当たるのである。
竜や、竜に味方する種族達の誰もが、敗北など考えてはいなかった。
ただ、自身と同じ種族と傷つけ合わなければならなくなったこの事態を憂い、この状況をもたらした神への憤怒と憎悪の感情を抱いたのみであった。
しかし、それは随分と――神という存在を甘く見ていた考えであったらしい。
開戦の地は、現ノワール王国所領、ノクワリアの地のほど近くであった。
人間種の二つの国家――神陣営と竜陣営に分かれた国家の、ちょうどその国境線である。
身を隠す気配を微塵も見せずに十万以上の人数でずらりと並び、その威容を見せつける神陣営の兵士達。
その前まで進軍してきた竜陣営の者達は困惑を覚えるも、まずは呼びかけを行った。
"神"は過ちを犯していると、"神"の行いに正義は無いと。
だから我々が争う理由は無いのだと、そう訴えた。
その訴えに対する返答は、
竜陣営の軍をまとめて飲み込んだ、漆黒の渦だった。
渦に飲まれた竜達の強靭な身体が、内側からはじけ飛び、あちらこちらで爆散していった。
竜の爆散は竜が内包する膨大な魔力の解放という形で成り――それは、竜陣営についた他種族の兵士たちを圧殺し、薙ぎ払い、燃やし尽くす爆炎の衝撃波と化した。
神の力を伝える聖具――神の紋章を身に刻んだ神陣営の兵士達は、その光景を黙って見つめていた。
魔力の法則を乱し、強靭な身体と魔力を持った強大な竜を打ち破った神の奇跡に、畏敬と恐怖の念を覚えながら。
渦が収まり、渦で隔絶された外界とその内部の空間が再び接続された時、
その内部にあったのは、絶大なる力を持っていたはずの竜達の骸たる赤い血肉の海と、渦内での魔力暴走や竜達の爆裂に巻き込まれ、自身の体の損壊に苦痛の叫びを上げる竜陣営の兵士達であった。
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「その後も、似たような光景はこの世界の各所で起こり続けましたわぁ。竜種の生き残りを一匹残らず狩りつくすまで黒の嵐が吹き荒れ、その内部を今の『魔力地帯』に変異させながらねえ」
「……魔力地帯って、そうやってできたものだったんですね。知りませんでした」
「そうよぉ。不自然の塊みたいな魔力の濃い空間。その場に最適化するために多くの動物たちが魔獣として変異して、魔力だまりから生み出された魔物達に負けない力を培い――そうして、今のこの世界ができた。……生命の逞しさは素晴らしいけれど、その陰で多くの動物達が消えていったのよねえ」
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そしてこの世界から、竜という種族は消え、神の求めに従って存在を記録ごと末梢されていった。
人間種を頂点に、その他の種族――特に竜への味方を表明していた者の多かった種族は、その下の立場と見なされるようになり、
世界はそのような形に作り替えられた。
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「ひひっ! 運命神アリアンロッドは"万人平等"を教義にして、割と積極的な教示活動をしていたわよねえ? でも、"亜人"っていう言葉――『人以下』の立場を示すその呼び名を広めたのは、他ならぬアリアンロッド教徒なのよねえ。どう、知ってたかしらぁ?」
「……知って、ました。本で、読んだことがあります」
「あらぁ? 意外。ま、"平等"というお題目を実行するためには、まず差別の存在を認めなくちゃいけませんもの。当然の成り行きだったのかもしれませんわねぇ」
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種族全体で竜の陣営を味方したエルフなどの種族は、わずかに生き残った者達だけで魔力地帯の奥に隠れ里を作り、そこで暮らす道を選んだ。
そうしていれば、神の魔の手が再び自分たちを襲うことは無いだろうと、そう信じて。
そして時は流れ――数百年の時が経った。
そこには、魔力地帯という危険な地域を周囲に抱え、発展を遅らせながらも復興と発展を続け、かつて以上の権勢を取り戻した人間種達が支配する世界が出来上がっていた。




