第九十話:熊ってライオンや虎より遥かに強い生き物なんですよね<竜の仔の力>
遅れました、すいません……。
side:リーティス
山のように大きい熊の瞳が、ギロリと音を立てて動きました。
その一睨みだけで獲物を竦ませそうな、絶対捕食者の眼光がこちらに向けられます。
けれど、大熊が止めたかったのであろう地上の獣は、それを意に介さず、まっすぐに飛び上がりました。
紅色の双翼を力強く羽ばたかせ、風を切り裂いて空に舞い上がった少女は、大熊の凶悪な瞳を目がけて一直線に飛翔します。
その一撃を首をひねって回避した巨大熊が、上空にたどり着いて優雅に浮遊する少女に牙を剥いて威嚇の雄叫びを上げました。
大熊が一歩を踏み出すと、足元の巨木が音を立てて撓み、巨重を受けてバキバキと真っ二つになります。
空の人外と地上の魔物は、その倒壊音を合図にさしたかのように動きを見せて、それぞれのやり方で攻撃の意思を示しました。
先制したのは巨熊の側。
上下にびっしりと生え揃った牙を思いっきり覗かせて、周辺一帯に轟き渡る咆哮を放ちます。
草木も、地面も、池の表面までもがその衝撃で振動し、嵐でも来たかのように揺らがされました。
私も思わず目を瞑り、耳を塞ごうとしましたが、左腕が虚しく宙を掻き、はっと思い出します。
自分はもう、両の耳を塞ぐ術を持っていなかったことを。
でも、今はそんなことに一々ショックを受け直している場合じゃありません。
そう思って、熊に立ち向かっていった少女は大丈夫かと空に視線を投げると、
その少女が、大きく口を開けた大熊の鼻めがけ、翼を叩きつけるところでした。
物理的な衝撃にも怯むことなく振るわれた、炎のように赤く美しく輝く翼の一閃。
それは、大熊が応じて振るった巨木のような剛腕と正面衝突し、正面から弾き飛ばしました。
――え? ぇぇええええええ!?
お互いの大きさ、重さを考えると、今のは子猫が振るった前足が、象の踏みつけをはねのけたようなものです。
冗談のような光景に、目を見張ってしまいました。
全力で振るった右拳を打ち返された熊がたたらを踏み、地面を割り砕きながら後退します。
少女はその隙を見逃すつもりはないようでした。
翼を振って頭を地面に向けると、そのまま地面に向けて急降下。
熊の足元めがけ、急加速します。
さらに、それに応じて放たれた熊の踏撃を左への退避機動で危なげなく回避してのけました。
「グォォォォ!?」
巨熊の吼え声に、困惑と驚愕の色が混じります。
それを尻目に、少女が地表すれすれの高速飛翔を続けます。
木々を避け、飛翔の風圧で草花を吹き飛ばしつつも、自身が体勢を崩す気配は微塵もありません。
少女は右手を伸ばし、地面近くに這わせます。
ガリガリと音を立て、地表に彼女の航跡が 刻まれていきました。
そして、大熊の両足の真下に、一本の溝が刻まれます。
一拍遅れて少女が刻んだ一直線の航跡が盛り上がり、幾十本もの太い赤色の棘の群れが沸き上がるように姿を現しました。
巨大熊の股の間をすり抜けて背の側に退避した少女に代わって、現れた棘の群れが巨大熊に襲い掛かります。
棘は、前後左右あらゆる角度から熊の体を這いあがり、その両足を、腰を、肩を、右腕を、あらゆる身体の部位をがっちりと絡めとって見せました。
けれど、敵もさるもの。黙って拘束されてやるわけにはいかないとばかりに、天に向けて怒りの咆哮を上げます。
「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
すると今度は、熊の全身を覆う黒毛に変化が生じました。
針のような太い毛がハリネズミのように逆立ったと思うと、その先から火炎が噴き出てきたんです。
轟々と燃え盛る焔。
そして、瞬く間に全身を炎で包まれる巨大熊。
赤い棘が、より赤々と燃え盛る灼熱の蔓に絡みつかれ、焼け爛れていきます。
棘の拘束を焼き切ることで逃れた巨大熊が、再度、雄たけびを上げました。
そして首を巡らせ地表近くにある少女の姿を捉えると、炎を纏ったまま後ろ足で地を蹴り、そちらに向けて突進していきます。
地を踏み砕き、足元の木々を蹴散らしながら。
荒く細かく息を吐き続ける巨熊。
その鼻が向く先にあるのは、低空飛行中の、少女の姿です。
巨大熊の次なる一撃は、大質量での、のしかかり攻撃でした。
四足歩行の体勢から手を大きく広げてぐおんと跳躍した熊の巨体。
巨大なお腹から地面に着地し、地表を、その上の木々ごと盛大に音を立てて砕きます。
その腹の下に、少女の小さな体を巻き込みながら。
単純、故に強力な攻撃。
堅固な砦すらただの一撃で粉砕できそうな威力です。
絶体絶命――普通なら、そう考えるところかもしれません。
けれど、何故でしょう。
私には、あの少女がこれくらいで負けるようなイメージが、全く湧きませんでした。
そんな私の期待は、裏切られませんでした。
「グルル?」
地面にうつ伏せになった熊の体が、急に下から持ち上げられ、宙に浮かびあがります。
涼しい顔で未だ燃え盛る巨熊の体を支え持ち、双翼を羽ばたかせている竜の少女、その一人の力によって。
惑乱する巨熊を他所に少女は飛翔を続け、熊の巨体を空高くまで持ち上げると、
突然冷気を放出しながら地面から生えてきた氷柱の列、そのど真ん中にぶうんと勢いをつけて放り込みました。
「グァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」
巨熊、再度の大着地です。
ピキピキピキピキピキピキ……。
今度は、土煙の代わりに氷粒混じりの白い蒸気が立ち昇り、
それが晴れた時には、
氷の棺に閉じ込められた巨大な熊の姿が転がっていました。
――決着、みたいですね。
「……要するに、さっきのは”最強決定戦”ってことなんですか?」
「そうよぉ。私とあの魔物、どっちがこの”魔力地帯”一帯で最強かを決めていた。私が勝ちましたから、もう魔獣や魔物は私の縄張り――つまり、この場所には寄ってきませんわよ」
私達は今、カオルさん達の旧邸宅を模して竜の少女が作ったという建物の中で、卓を囲んで席についていました。
「何でも好きなことを聞くといいわぁ」とのことだったので、遠慮なく質問させてもらうことにします。
「あの、何でこんな……魔力地帯の中に、私を連れてきたんですか?」
「ああ、それは貴女のその左腕を治すためよぉ?」
「え!?」
私の腕を……治す?
この、肘から上が無い、左腕を?
「元に戻せるんですか!?」
「元通り、とはちょっと違うかしらねえ。魔力地帯の魔力を集めて、貴女が動かせる生身の腕を一から作るのよぉ。ちょっと時間がかかるけど、ま、何とかなるでしょう」
「そうなんですか……。私なんかのために、ありがとうございます」
「いいのよぉ、友達じゃない」
友達……。
私とベニさんは、友達です。それは、間違いありません。
でも、この人と私はどうなんでしょうか?
友達と、言えるんでしょうか。
「あの、やっぱり一つ分からないんですけど――貴女はどういった存在なんですか?」
「ふふっ。来ると思ってましたわぁ、その質問」
口元に運んでいた湯呑み――彼女自身が注いだリョクチャの容器を机に置いて、少女が回答を返しました。
「まず、その説明の前に一つの話をしなくちゃなりませんわねえ。聞いてくださるかしらぁ?」
こくりと頷いて、先を促します。
満足そうな笑みを浮かべた彼女が語リ出した話は、こんな内容のものでした。
すいません、書ききれなかったので、続きは明日に回させてください。
文章が荒い……。




