第八十九話:レプリカはノーカンか否か ひひっ、難しい問題ねえ<竜の仔の家>
遅刻が当たり前のようになっている……すいません。
解説回を中々面白い感じに書けず、苦戦が続いております。
side:リーティス
その少女は、胸から下を池の中に漂わせて、
池の岸に両肘をつき、
笑みを浮かべる顔の、その頬を両手で包むという人魚さんのような体勢で、こちらのことを眺めていました。
今は足を交互にゆっくりと動かして池の水を跳ね上げ、背にかかる涼しげな水しぶきを堪能しています。
「あの、その、ええっと……――っ!」
私は彼女に向けて声をかけようとして、言葉を詰まらせてしまいました。
私の言葉を遮らせた要因は、二つ。
その一つは、目に飛び込んで来た、彼女の異様な姿。
「あらぁ? そんな熱視線を注がないでちょうだいな。私を視線で孕ませるつもりぃ?」
少女が、水中でわざとらしく自分の体を掻き抱き、クスクスと笑い声を漏らします。
「え!? あの、ごめんなさい、遠慮なしにジロジロと見てしまって……」
「ふふふっ、冗談ですわよぉ。貴女になら、いくらでも見せてあげる」
狼狽える私の前ですうっと髪をかき上げて水滴を散らしたかと思うと、池の中から、ざぶざぶと音を立てて歩み出てきました。
岸に足をかけ、とうとう私の目の前に姿を現した少女。
露わになった彼女の体に、私の目線が吸い寄せられました。
「さあ、好きなだけ御覧なさいな」
その全身は、爬虫類の肌に浮いているものと似た、硬質そうな紅色の鱗にびっしりと覆われていました。まるで、鱗柄の水着が肌に張り付いているかのよう。
私の視線を受け止めた少女が、両手と、背に連結した翼とをばさりと広げます。
挑発的な流し目と共に、その場で一回り。
まるで、自慢のパーティードレスを披露する貴婦人のような仕草です。
鱗の強烈な存在感に目を奪われてしまいましたが、良く見ると、全身くまなく鱗に覆われているという訳ではないみたい。
左右対称に、けれどもそれ以外は不規則な配置で並んだ鱗の肌の合間に、赤々とした血液の通う普通の人間の肌が、顔を覗かせていました。
けれどもそれが余計に、赤みがかった目の色や、頭からにょきりと生えた二本の角の存在感を際立たせ、彼女の姿を人間離れさせたものに感じさせます。
人と鱗類とのあいの子――その姿を見て私が抱いた感想は、そんなものでした。
「ひひっ、私だけ裸を晒すというのは不公平な気がしますわねえ? ああ、そうですわ、貴女もこの野外で生まれたままの姿になってみるというのはどうかしらぁ? 野に咲く草花と虫たちが観客ですわよぉ」
「あの、女の子同士でも、動物さん達が相手でも、それはちょっと無理です……。 えっと――」
そして、もう一つが……
「あらぁ? 私を何て呼べばいいのか分からずに悩んでるのかしらねえ?」
図星、です。
「ふふっ、好きに呼んでちょうだいな。”紅”でも”ベニりん”でも”べにっちょ”でも、なんでもいいわよぉ?」
ベ、……ベニっちょ?
うぅ。私、さっきから、この人の思わぬ言動に困惑させられっぱなしです……。
それにしても、なんでこの人は……、というより、そもそも――
「あの、――」
「ああ、因みに。貴女の知っている方の”竜崎紅”はこの身体の中で眠っているから安心しなさいな。前までは完全に私が取って代わるつもりだったのだけれど、もうそのつもりはないから心配いりませんわよぉ?」
ひうっ!?
私の尋ねたかったことを、先取りして答えられちゃいました。
「えっと、それって――」
「そして貴女の知ってる”あの子”が竜崎紅であるのと同様に、私という個体もまた”竜崎紅”なんですのよ? 自分の名前を名乗るのは当たり前のことでしょう?」
私にも質問させてくださいっ!
思わず、心の中で叫び声を上げてしまいました。
「あの、”貴女”は一体何なんですか? 貴女はその、……ベニさんの体に寄生していた凄い存在、なんですよね。なんで自分のことを”ベニ”だって名乗るんですか?」
一番、重要な問いをぶつけます。
眼前の少女は、即座に回答を返さず、その代わりに私の背後……そこにある”家”の方に視線をやって尋ねかけてきました。
「リーティスさん、あのベッドの寝心地はどうだったかしらぁ?」
「え? あの……凄く、よかったです、けれど……?」
それとこれと、何の関係があるんでしょう。
意味深に目を細める彼女に向け、困惑の視線を返します。
その視線への返答は、ニイッと曲げられた唇と、思わぬ内容の種明かしでした。
「そう言うと思いましたわぁ。なにせあのベッドはお兄様が昔、使っていたものなんですもの」
「え……? お兄様って……カオルさん、ですか?」
え?
とすると私、カオルさんの布団に顔を擦り付けたり、涙を吸わせたりしていたんですか?
「ひひっ、顔が真っ赤ですわよぉ。そんなに心配せずとも、あれは模造品。ベッドだけでなく、あの家全て、私が加工魔法で再現したものですわ。見事なものでしょう? わざわざテレビや電話、冷蔵庫まで再現したんですわよ。まあ、見た目だけですけれど」
「て、てれび? れいぞうこ?」
「理解しなくても結構ですわ。要するにあれは、私とお兄様が昔暮らしていた家を再現したものである。そのことだけ分かってもらえれば大丈夫よぉ。そう、私も”あの子”と同じ記憶を持ち、同じ人を愛し、今では同じ友人を持つ存在、という事を了解してもらえれば、ね」
急に入ってきた情報の数々に頭がパンクしそうです。
何だか、ぐらぐらと地面が揺れているような錯覚まで覚え始めました。
ええと、要するにこの人はベニさんであってベニさんでなくて――あれ?
「まあ、そのあたりはおいおい教えて差し上げますわ。それより――お客さん、みたいですわね」
「――え?」
気づくと、目の前の少女が、私から顔を背け、背後を見ていました。
何だか、やりきれない思いを内包したかのような悲しげな表情を、その顔に浮かべながら。
どういうことかと問いかけようとして、気づきます。
先ほど錯覚かと思った地面の揺れ――それは、錯覚では無かったという事に。
いつの間にかズシン、ズシンと、その揺れの源であるらしい、大質量の生物の足音が聞こえ始めたんです。
その足音の方向に目をやると、先ほどの二階建ての家の5倍の高さはあるはずの木々の頭のさらに上、そこに、毛むくじゃらの真っ黒い大きな顔が覗いていました。
グルルル、と凶暴そうな声を口の端から漏らしてこちらを凝視しています。
熊型魔物――それも、超巨大な個体のようです。
「この”魔力地帯”一帯の主――なるほど、私がここに来てしまったために、挑戦せざるを得なくなったという事ですわね。本当に、申し訳ないことをしてしまいましたわ……。リーティスさん、ちょっとお相手をして参りますから、ここの結界の中で待っていてくださいな」
言うが早いや、すぐさま紅色の翼を広げ、飛び立ってしまった少女を見送りながら、一つの事実に気づきました。
本来なら真っ先に聞くべきことを、私、まだ聞いていません。
――この場所は、いったい、どこなんでしょう?。




