第九話:未知との出会いはいつだってなんだって面白い<「剣士」>
この作品では初となる本格的な戦闘描写です。
少々短いですがご勘弁を。
side:紅
試合開始の合図とともに、あたしはとにかく全力で地を蹴った。強く強く。地も裂けよとばかりに全力で。そしてこの、握った拳を最速で叩きつけることだけを考えて。
「行くぞぉぉぉぉおおおおおおおりゃああああああああああああああああああああああああああああ――っ!」
自分を鼓舞し、相手を竦ませる気勢の声を張り上げて、今まさに剣を振り上げようとしていカートレットの下に、一陣の風となって飛び込んだ。一歩めで最高速、二歩目は要らねえ。目の前に迫ったカートレットの腹に、拳を突き刺す。
いや、突き刺そうとしたその拳を、カートレットはギリギリで躱しきった。
「やるな!」
カートレットはなりふり構わず全力で横に転がり、事なきを得ていた。自分の体制が崩れるのも気にしない、全力の横っ飛び。流石にここまでやられちゃ、あたしの拳も届かない。
でも、あたしの拳には二撃目がある。
動の型、突進術派生"地掴み"。それは動の攻撃術の極致たる突進から、間隙を挟まず次の攻撃を重ねるための技。高い身体能力に比して自重が軽い、あたしたち異能者ならではの剛の奥義。
拳撃のための踏み込みをそのまま地面に突き刺し、脚力に任せた強引な制動をかけた。そのまま体を横に捌き、地を転がって逃げようとするカートレットを追うべく、射角90度の方向転換。
しかし、あたしがカートレットに連撃を見舞うことは叶わなかった。
『――ここです!』
突然、あたしの足首を唐突に生温い感触が襲う。感触の正体は、ドロドロに黒茶けた粘土めいたものだった。
そしてそれは、偶々うっかり柔らかい地面を踏み抜いてしまった、という事態には留まらなかった。
「――うっ」
あたしの周囲はいつの間にか、茶くれた粘性の足場――粘土に姿を変えていた。それは余りに唐突で不可思議な変化だった。さっきまでこの闘技場は乾いた砂だけの場所だったはずだ。
あたしにとって圧倒的に不利な状況が出来上がりつつあった。このままでは地面に足を取られ、下手をすればそのまま転倒し、大きな隙を晒すことになる。判断は一瞬。行動も一瞬。あたしは即座に地面の拘束から逃れる術を選び取った。
「おォッ!」
身体を思い切りひねり、その勢いで足を地面から引き抜いた。地に転げ、年度の高い地面に手や体を飲み込まれるよりは、空中の方がまだ戦いやすいという判断の下。そのまま宙高くに体を逃がしてドロドロに崩れた足場から遠ざかる。
『せやぁぁぁああああ!』
しかし、広範囲に広がっていた泥の大地を飛び越えるということは、長い滞空時間を要することで、当然その間にカートレットは体制を立て直していた。地面の一蹴りであたしの下まで跳躍し、剣の腹での一撃を見舞ってくる。
「りゃあああああああああああ!」
迫りくる剣を、正面から拳で打ち払った。強烈な衝撃音が響き渡り、衝突の反作用であたし達両方の体が後方に吹き飛んだ。
土ぼこりを巻き上げながら闘技場端の地面に着地し、同じく反対側に落下したカートレットを見据えながら、あたしは自分の拳をまじまじと見つめた。さっきの衝突はまるでダンプカーを殴りつけたかのような巨大な手ごたえがあった。あの跳躍力と言い反応速度と言い、この世界の剣士って連中はみんなイカれた身体能力をもっていやがりそうだ。
しかしそれを成したカートレットはどうやら、その身体能力に依存するタイプの戦士ではない様だった。盾を投げ捨て、剣を地面に突き立て、懐から取り出した黒い石を辺りに振りまき、大声で何事かを叫ぶ。
『水と親しき地の霊よ、土と歩む者、カートレットが請い願う! 我の捧げし全てをもって、頑健なる土の大壁を築きたまえ! ディニクト・ウラーエ・ドルヴェルク! 顕現せよ、土壁!』
地面が爆発を起こした。いや、正確にはカートレットのばらまいた黒い石――恐らくは地の魔石の転がった辺りを中心に、爆発的な勢いで黒い泥が吹き上がった。観客席から、悲鳴とも歓声ともつかない叫びが上がる。
『完成は望まず! 積もりし黒土を雪崩と変え、倒れ、砕き、押し潰せ!』
吹き上がった粘土の層は歪な長方形を象り、こちらを目がけて落ちてきた。
大質量の粘土による圧殺攻撃。これがきっと、カートレットの切り札。
地球でも見たことのない、最高に面白い攻撃に、
「"貫徹"」
あたしも全力で応えることにした。
落ち来る土砂の雪崩に飲まれるより先、吹き上がった粘土の根元に走り込み、あたしの体の奥底に眠らせていた"力"を解放する。足元から出現した赤光が全身を包み、振るった貫手が一本の槍と化して黒い壁を貫いた。
"貫徹"は余計な破壊を齎さず、搾った範囲のみを貫く技。吹き上がった粘土の流れを一切乱さぬまま、壁に人一人が通れるだけの穴をあける。出来たばかりの窓の向こうに、驚きと喜びを顔に浮かべた鎧姿の少年が居た。
「あんがとな、あたしと戦ってくれて」
スイッチを切った"力"の残滓で、文字通り一瞬でカートレットの眼前まで駆け抜けた。速度に特化したあたしの姿を、カートレットが最後まで見ることができたかは分からない。
けれど、顎に軽くぶつけた掌底の振動で意識を刈り取られ、崩れ落ちたカートレットは、満足な笑顔を浮かべていた気がした。
十話は今夜投稿です。
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