その4 奴隷
読むのは簡単なのに書くのはむずかしいですね
ジンさんから名案を聞いた次の日、思い立ったが吉日とさっそく奴隷商の元に向かうことにした。
奴隷商という言葉からわかるようにこの国では奴隷制が適用され、奴隷の売買が一つの商売として成り立っている。
奴隷とは人間でありながらも所有の客体つまり所有物にされる者のことを言う。人間としての権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。所有者の全的支配に服し、労働を強制され、譲渡・売買の対象とされている。
某ウェブサイトからの引用である。
即ち奴隷は人でありながら物として扱われる人達のことを指す。
別段俺に奴隷に対する嫌悪感、忌避感はない。実際元の世界でも俺がいた時代にはなかったが何百年か前にはれっきとした事実として奴隷があったことが史実に記されている。
奴隷に同情する気はない。事情や経緯はどうあれ奴隷になったことは事実なのだ。その時点でそいつは人から物へと変わる。どうこう言う資格はない。まあだからと言って物のようにこき使って壊れたらまた新しいのを買うという使い方はしない予定。あくまで予定。基本は人として扱うよ、そりゃ。
奴隷商たちは基本商業区の一角で商売している。これは先ほど説明した通り奴隷の売買が商売として成り立っているためだ。俺も物珍しさに何回か来たことがあった。奴隷商たちといっても奴隷商それぞれが個別に店を開いて商売しているわけではなくある建物の中で各奴隷商たちが連れてきた奴隷をオークション形式で売っている。
奴隷の売買が行われている場所に向かうにつれ、周りの風景も変化する。大通りの明るい雰囲気からぼんやりとした薄明るい妖艶さを持った雰囲気へ。同じ商業区なのに全然違う。場所が変わると包んでいる世界が変わる。こういうとこを見ると商業都市の顔のまた違う一面を見たようでおもしろい。
「何回か来たことあるけどやっぱ外装趣味悪い」
怪しい館。そう表現するのが一番合う。商業区にあるためれっきとした建物のはずなのだが、
路地裏で非合法に商売をしている隠れた店。
おそらく誰が見てもそっちの方が納得ができる。全く表で商売するならもっとまともな外観にしたらよかったのに。文句というほどではないがそう思う。
中に入ると
「いらっしゃいませ」
ホテルマンの姿をした男が出迎えてくれた。
館の内装は外と対照的でかなり明るい。入った所は開けた場所になっていて、部屋の左右に階段がありそれぞれが別の場所に通じていた。壁に絵画や甲冑が飾られていて中だけ見るなら由緒ただしい店にも見える。高級ホテルのフロントをイメージしてくれたらわかりやすいだろう。
「本日の御用はどちらでございましょうか?」
どちら、と言ったのには意味がある。この館には奴隷の売買の他にもう一つ重要な役割を持っている。
それは、娼館。
閉ざされた扉の奥で男たちを誘い、男のあらゆる欲望を見たし別世界にいざなう場所。
奴隷制度が普通に認められている国だ。こういう存在も普通にある。むしろ、奴隷と娼館セットと考えたほうがいいかもしれない。残念ながら俺は利用したことはない。いや、残念ながらじゃないか。最初から利用する気はなかったし。そこで働いている方々には失礼な文句だが個人的に娼館に入り浸ってしまうと人としてもうだめな気がする。人間をそうしてしまう魔力が娼館にはあるらしいけども。
「奴隷を買いに来た」
「かしこまりました。では左手の階段をおあがりください。その先が会場となっておりますので」
「わかった。ありがとう」
「いえ、それではよいお買い物を」
ホテルマンに指示された通り俺から見て左側の階段を上る。
階段の先は真っ暗だった。かろうじて廊下のように先が続いているのはわかるが見える範囲に明りはない。
構わず進んでいく。
これ暗い所がダメな人なら絶対無理だろうなぁ。全く周りが見えない。手を伸ばせばすぐ壁に触れるから道に迷うことはないと思うけど。
そこで今更ながら気づく。
魔法で光を作ったらいいじゃん。
「【光】」
掌に野球ボールぐらいの小さな光が浮かぶ。【光】とはその名の通り光を生み出す光系1階梯の基礎魔法と呼ばれる魔法だ。今は少ししか魔力を込めてないからこのぐらいの大きさでわずかな光しか発さないが魔力を込めれば込めるほど光の大きさは大きくなる。閃光玉代わりに使えたりと1階梯ながらもそれなりに有用性がある魔法だ。
魔法によって少しだけ見やすくなった通路を歩く。
思ったより長いな。この通路。体感時間だからはっきりとは言えないけどもう5分近く歩いてるんじゃないだろうか。
なんとなく後ろを振り返ってみてもそこには闇しか映らない。この通路、この世界にホラー映画があれば俺なら絶対使うな。いい雰囲気を醸し出してくれそうな場所だ。恐怖感をそそらせる。
暗闇の通路を一人評価しながらも歩いていくとやがて先のほうにどこからか漏れ出したように光がにじんでいた。横から出ているところを見るとあそこは曲がり角になっているようだな。光に近づくにつれはっきりとあたりが明るくなっていく。
曲がり角を抜けた先は大きなスタジアムになっていた。
中央にステージがあり、奴隷の売買はすでに始まっているのか奴隷らしき人達と大声で奴隷の紹介をしている奴隷商の姿がある。拡声魔法を使っているのか俺のもとにも声がしっかり届いてくる。そしてステージをぐるりと観客席が囲んでいる。いや、観客席ではなくオークション席とでも名付けるべきか。通路の先はこのオークション席の最上段につながっていた。
席の数は埋まってない席のほうが少なく奴隷商売が商業の一つであることを改めて認識させられる。
ちょうどいい具合に前側の席が空いてたのでそこに座る。
奴隷オークションの手順はこうだ。
まず奴隷商が商品となる奴隷の紹介をする。
次に司会役が事前に奴隷商と決めて置いた最低落札額から入札を開始する。
奴隷が売れる、もしくは誰も買わない状態になったら次の奴隷に移る。一人の奴隷商のすべて奴隷にこの流れが終わったら次の奴隷商に代わる。
この繰り返しだ。
ただ、入札の段階で奴隷商側がどうしても奴隷を売りたい場合などには最低落札額を撤廃して直接交渉することもできる。
入札する方法はというと簡単。拡声魔法を使って声を大きくし、現在の落札額を上回った金額を提示すること。それ以上の張り合ってくる者がいなければ落札。お金を払って商品をもらう。それだけだ。
獣人、亜人、労働用に愛玩用、護衛用に姓奴隷。同じ奴隷にしても実にさまざま用途で紹介されている。身売りしたのかなにか事情があったのか良家の娘と思われるきれいな娘も売られていたし、元ギルドランクBというこの世界基準ではなかなかな手練れもいた。ちなみに冒険者ギルドに入っていてどれだけ功績をあげていても奴隷に落ちた時点でギルドから抹消されるためすべて無しになる。普通は高ランクになればなるほど収入もいいはずだから奴隷に落ちるなんてよっぽどのことがないとまずありえない。
すべての奴隷に共通するのは皆それなりに健康で元気なことだ。理由は体調が悪かったりどこかケガしていると価値が下がるからである。だから奴隷商たちは高く売るために奴隷の健康を綿密に管理する。だから食生活もしっかり栄養バランスとれたものを食べているし、運動も適度にしている。まともな生活をすることは奴隷たちの見た目にも影響が出てくる。どんな買い手でも見た感じ不健康な奴より健康な者を買うだろう。買ってすぐ死なれるとか嫌だしな。
奴隷商のもとにいる間の奴隷の待遇は下手に貧しい家で暮らすより奴隷になったほうがいいと言われるぐらいだ。まあ、そこから自分を買われた時にどんな主に出くわすかは運になるが。
今日最大の目玉は加護持ちだった。加護持ちとは神に愛されたもので神の祝福を受け特殊能力を持っている人たちのことを言う。“リュエード”ではそんな説明だった。この世界でもだいたい同じような定義で本当に神に愛され祝福を受けたかは知らないが、生まれた時からなにかしらの能力を持っている。たとえば、【風除け】や【魔豊】など。
【風除け】はその名の通り加護を持っている人物を風がよけて通りだす。ただそれだけとバカにしてはいけない。風がよけるそれはつまり風系魔法が何も通じないということだ。自分も風系の魔法は使えないデメリットはあるが使わなければいいのだからデメリットになりえない。加護を突破するほどの強力な風魔法を使えばその限りじゃないがそれでもかなり減衰されるため実質【風除け】の加護持ちに風魔法は使えない。
【魔豊】も名前からわかる通り一般人より内包できる魔力が多くなる加護のことだ。つまり、魔法が使いたい放題。限界はあるにしても常人より多くの魔法をぶっ放せる。こちらも多すぎる魔力の制御に苦労するという難点があるけれど克服できないことはない。
このように加護持ちはデメリット以上にメリットが大きい能力を持っている。そのためオークションに出れば毎回必ず高値で取引される。貴族間で加護持ち奴隷の見せ合いになるほどだ。
加護持ちを買うのもいいかと考えたが別に従業員にそんな能力はいらない。ただ見目麗しかったら悩んだかもしれない。今回は歴戦の戦士風の男だったので却下。あんなの雇った日には客が来なくなる。主に顔が理由で。
大分奴隷を見てきたがそれにしてもピンとくるやつがいない。普通に従業員として十分に使えそうな人材はさっきから何人も紹介されているんだけど、どうにもよし買おう!、という気になれない。
俺の第六感がどうたらこうたらなんて言うつもりはない。だけどこういう直観は大事にしたい。理由もない。ないない尽くしだ。それでも自分が納得しないで何かを買うのはダメだ。きっと絶対後悔する。
そのあとも様々な奴隷が紹介されたけど結局最後まで買いたいと思う奴隷はいなかった。
無駄足・・・・・・だったかなぁ。
奴隷市場の品ぞろえは毎日変わる。今日ダメだったからとって明日また来ればいいわけだけど
「あんまり店を臨時休業にするのもなぁ」
今日、奴隷を買うために店は臨時休業の札を掲げてきた。どれだけいるか知らないがうちの店でご飯を食べることを楽しみにしていた常連さんには迷惑をかけるだろう。いくらお客が多くないとはいえ店を何日も休業にするのはよくない。
「仕方がない。日を開けてまた来るか」
座席から立ち上がり他の買い手の人たちとぞろぞろとオークション会場から出ていく。
暗闇廊下抜けてフロントに出た。
何人かの買い手達が受付の人たちと話して反対側の階段を上っていっていた。
帰りに一発やっていくつもりなのか?もしかしたら目当ての奴隷を買えなかった腹いせかも。まあ、俺には関係ない。
「またのお越しをお待ちしております」
決まり文句と一礼を背中に受け館からでた。
さて。
今日はもう予定がない。店を夜だけ開けるという案もある。けどまぁせっかく臨時休業にしたんだしもう今日一日店は休みでいいだろう。
時刻は昼過ぎ。この世界の時間は一日24時間。1年は360日。“リュエード”での設定がそのままこちらでも持ち越されている。
そういや、今日は昼の鐘の音を聞いてない。
奴隷売り場はよほどの防音設備がされているのか。もしくは防音魔法をかけているか。多分後者かな。前者だと金がかかる。それに防音魔法自体は魔力の消費量も少ないし一度かけたらしばらくは持つ。安上がりだ。
さっきまで何も感じていなかったけれど今が昼過ぎと自覚すると感じるものがある。それは空腹感。
自分で作るのも面倒だし、どっかで外食して帰るついでに市場を物色しようかな。と考えたがあいにくと空は雲模様。まだ雨は降ってこないかもしれないがいずれ降ってきそうなご様子。
しゃーない。さっさと帰って飯作って二度寝に突入するか。
本日の今後の予定を決めると早く帰るために裏路地を通ることにする。
そのせいで今日は色々なことに対するきっかけになった。
「奴隷を御所望ですかな?」
シルクハットにしては先が長い帽子。高級そうなスーツに黒色のステッキ。丸い大きなサングラスをかけた怪しいというより奇妙な奴だった。
ぽっちゃり系というよりボールじゃね!?といったほうが近い超肥満体型の年齢も推測できない紳士。
俺に声をかけたやつはそんな奴だった。
この世界の住人にはあまりない雰囲気をまとわせているためそいつだけこの空間から外され浮いているように見える。
こういう怪しい輩に遠慮はいらない。俺が異世界で学んだことに一つだ。
「商館からずっとついてきた奴がいきなりなんだ」
そう。こいつは俺が館を出た後からずっとついてきていた。それも気配を全く隠そうとはせずに。俺が裏路地を通ることにしたのは早く帰るのもあるがこいつが出てきやすいようにするためだった。
「これはこれは気づいておられましたか」
「気づくも何も最初から隠す気がなかっただろうが」
「ほほう。そこまでおわかりで」
大げさな仕草。頭に来るなこいつ。
「で、用は何だ。早く言え」
「いえいえ、先ほどの商館からあなたをお伺いしてましてね。商館の奴隷ではご不満なのでしょう?」
たしかに気に入る奴隷がいなかったことは事実だ。
「私ども所ならあなたの御所望の奴隷がいますよ」
「ふむ・・・・・・」
なるほどねえ。なかなか気になる話をしてくれるじゃないか。こいつは明らかに表の奴じゃない。裏で生きる奴だ。ならこいつのところに要る奴隷も表では出せない者たち、ということになる。今日必ず、ほどじゃないができるだけ早く奴隷は欲しい。そしてその奴隷が表のでも裏からのものでも俺にはどっちでもいい。
なかなか面白い話を持ち掛けてくるじゃないか。
「どうです?」
「話を聞こうか」
俺を嵌めてなにかしようとしたら逆につぶしてやればいい。
「こちらですよ」
奇妙な奴隷商はニヤリと笑い、俺を導くのだった。
全くどこの世界でも国でも闇というのはあるようだった。
裏路地を奴隷商についてしばらく歩く。
元々日の当たりにくい道が雲に覆われている空によってさらに薄暗く不気味になっていた。
ついて行った先にあったのはキャンプ用のテントを何倍にも大きくした形のテントだった。
ルンルンとその体の中身は風船じゃないのか?と思わせる軽いスキップで奴隷商はテントに歩いていく。歩いているというより弾んでいるといったほうが近いな。
「さあさあ、どうぞ」
「そのニヤけ顔やめろ」
ガシャン!
冷たい鉄格子の扉が開く。
テントのの照明は明らかに光量が足りておらず、腐卵臭とも腐敗臭とも言える匂いが立ち込めていた。目につくのはいくつも設置された檻。その中で黒い影が動いているのだけ見える。
さすがは裏ってとこかな。表で奴隷にこの扱いはあり得ない。
「あまり驚かれませんね」
「ある程度予想してたからな。お前、裏の住人だろ?」
「ほう……わかっておられましたか」
「はじめっからな。そんなことより早く奴隷を見せてくれ」
外、雨降ってきそうだったし長居はあんまりしたくない。
「これは失礼しました。奴隷は戦闘用でなくてよろしいですな?」
「……知ってるなら聞かなくていいだろう」
「一応の確認でございます」
テントの中をある程度進んだところで奴隷商が止まる。
「こちらが当店おススメの奴隷です」
奴隷商が勧める檻に近づいて中にいるやつを確認する。
大きさは人間の少女と同じくらい。青い髪に猫耳と尻尾。手足には髪と同じ色の毛が生え鋭利な爪が伸びていた。掌には猫らしくピンクの肉球がある。人間の少女と猫を足して2で割った感じだ。
「こいつは……」
「ご存知でしたか。ケット・シーでございます」
ケット・シーは妖精だ。普通、奴隷にすることはできない。奴隷になれるのは基本、人間、亜人、獣人だけだ。何故か。さっきあげた3つの種族は何らかの理由があって自分から奴隷へと落ちることはある。しかし、妖精や精霊は違う。彼らは普通俺たちの生活に関わってこない。精霊術などによって一部交流することもあるが一般的に彼らは彼らだけで生きていく。つまり彼らには奴隷になる理由がないのだ。そんな彼らが奴隷になっているということは無理やり彼らを見つけて力づくで隷属紋を体に埋めつけたのだ。
「なんでこんなところに、とは聞かないほうがいいか」
「料金を払えばお答えしますが知らぬが仏という言葉を御存じでしょう?」
だろうな。どう考えてもまっとうな手段とは良いがたい。
奴隷はその体に隷属紋または奴隷紋と呼ばれる紋様を体に刻むことによって奴隷とされる。正確には紋によって奴隷の行動を制限するのだ。紋には刻まれた対象に何らかの罰を与える力がある。禁止事項のことをすれば最初に設定した通りの罰を奴隷に与える。苦しめるものから死に至らしめるまで。紋は書き込んでしまえば効果を発揮する。だから無理やり書き込んでしまえば書かれた対象はもう言うこと聞くしかない。
それにこの世界共通で隷属紋がある者=奴隷という認識になってしまっている。逃げ出そうと好き好んで奴隷を助けてくれる存在なんてそういない。表ならまだしも裏は奴隷になった時点でもう詰みだ。
「フーッ!」
俺がさらに近づくとケット・シーは今にも飛びかかりそうに威嚇してきた。
パチン!と奴隷商が指を鳴らす。途端、ケット・シーの腕に刻まれていた紋様が光だし苦しみだした。
叫び声をあげながら檻の中を転げまわる。
もう一度奴隷商が指を鳴らすと紋様の光が消え、ケット・シーもおとなしくなった。
これが隷属紋の効果か。奴隷が反抗しないようにするには効果的だな。
「いかがですかな?」
「こいつでいくらだ?」
「金貨35枚になります」
「ふむ・・・・・・」
適正・・・・・・なのか?相場がわからん。
まあ確かにこいつを従業員にするのもいいかもしれない。だけど
「保留で。他の奴も一応見せてくれ」
まだこいつしか見てないのに即決は気が早い。
「かしこまりました」
奴隷商の紹介の元、テントを回っていく。
見れば見るほどここが裏の世界だと実感させて来る。どうやらこの奴隷商はこの皇国の闇の中でも相当深いところの住人かもしれない。明らかにさらってきたであろうヒューマンの女性、体中鎖でつながれた奴。微精霊までもいた。
「これで一通り見回りましたがお気に召すのはありましたかな?」
現状では最初に紹介されたケット・シーが一番いい。しかし、俺は奴隷商に紹介されている間あることが気になっていた。
「なぁ、途中にあったあの扉。なんだ?」
「さすが、目ざといですな」
「お前……わざとだろ」
回っている間他の無機質な扉と違って一つだけ装飾のある扉があった。他が無個性なだけに俺の記憶の中でその扉がひときわ目立ってしょうがなかった。あの扉の向こうには何かある。
「いえいえ、これもあなた様のご慧眼ですよ」
ぬふふ、と笑って言う。
うそこけ。本当にあの扉の向こうに何もなかったらわざわざあの通路を通った意味がない。装飾のある扉のまわりには檻もなかったし、その通路を通ることは遠回りだった。なのに通ったということはなにかあってのことだろう。ご丁寧に一瞬だけ視線を向けていたしな。
「気になります?」
「うっとおしい。すり寄ってくるな」
気持ち悪いやつだ。
「案内するつもりであそこを通ったんだろ?」
「そのつもりはありませんでしたよ?」
全く説得力がないぞ、その言葉。
「お客様ほどの方なら確かにあの部屋の奴隷を紹介してもいいかもしれませんね」
「前置きはもういいから案内しろ」
「くふふ……せっかちですな」
奴隷商とあの扉まで来た。
奴隷商が扉に手を当てると魔法陣が浮かび上がり、操作していく。
魔法陣が鍵になっているのか。かなり厳重だな。
一般的に鍵が魔法陣の場合、解除の仕方を知らず無理やり鍵明けをするには魔法陣を仕掛けた者の3倍の技能がないとできないと言われている。魔法陣式のカギがある部屋はこの世界でかなり重要度が高いものが保管される。そのぐらい安心性がある。魔法陣を解除しないと部屋に入れないことから鍵穴などはフェイクだ。
ゴゴン!と重厚な音を響かせて扉が開く。
「さあ、どうぞ」
奴隷商に招かれるがままに部屋の中に入った。
冷たい石の壁に囲まれた部屋には大きな檻が一つだけあった。中にいたのは一人のヒューマンで言うと16、7歳ぐらいの少女。
汚れた灰色の髪はろくに手入れがされてないことが見て取れる。ボロ雑巾を大きくしてそのまま服にしたかのような汚いものを身にまとっていた。ガリガリに痩せた手足は少女の不健康さを表していた。虚ろな双眸は右目が金、左目が琥珀色のオッドアイだった。
ほかの奴隷たちとは違い檻自体が大きく、腕を鎖でつながれてはいるが他の奴らの檻に比べればいささかは自由度があるようだった。
「こいつは?」
「うち一番の奴隷でございます」
「そんなことを聞いてるんじゃない」
「これから説明をしようと思ってました」
俺のにらみに奴隷商は笑顔で応対する。
つくづく嫌な奴だ。
「その奴隷は魔族でございます」
「魔族?」
魔族それは遠く西の果て、魔大陸に住んでいると言われるこの世界において戦争こそしてないが魔族以外の他の種族と敵対している種族。この二つの陣営分かれて過去に大きな戦争が何回も起こったらしい。結果はすべて引き分け。それが何を意味するのか。魔族単体で他の全種族と張り合える力を持っているということだ。
魔族はほかの種族よりも保有している魔力の量が多い。加えてなにかしら特殊なスキルを持っていることが多々ある。魔族の兵士一人につきヒューマンの兵士が最低10人最高20人いると言われることからその力の大きさがわかるだろう。
種族間の確執の根源は何なのかすでに過去の彼方に消えてわからなくなってしまったが今でも偶然魔族と鉢合わせをして戦闘に入ったという話はよく聞く。
まあ“リュエード”じゃ種族設定で魔族を選べたから魔族は普通だったんだけどね。“リュエード”では魔族がほかの種族と敵対しているという設定もなかった。せいぜい折が合わない程度ではなかったか。
目の前の少女を見る。
目が死んでいる。他の売られている奴隷たちはこんな待遇になりながらもまだ生きようとする意志が目にあった。しかし、少女には全くそれが感じられない。奴隷商の言うとおりにする。なされるがまま。反抗も何もしない。すべてに対して絶望の目だった。
「御覧のように反抗も何もしません。なんにでも使えると思いますが?」
「一応聞いておくが洗脳とか催眠の類はしてないな?」
「いえ何も。そんなことをすると値段が下がってしまいますゆえ」
どうだかな。念のため少女に【分析】をかける。レベルは73。一般人より少し強いくらいだ。確かに魔族らしくステータスが全体的に同レベル帯のヒューマンに比べてはるかに高い。特に魔力とINTの値はとびぬけていた。奴隷商がいった通り少女に状態異常は何もかかっていなかった。ステータスの欄には『奴隷』としっかりあった。
「どこで奴隷にした?」
「たまたまでございますよ」
相変わらず信用できない笑みだ。
奴隷商が両手を胸の前ですり合わせながら聞いてくる。
「いかがなされますか?」
「買おう」
その言葉はすんなり口から出ていた。直観によるストップもなかったのもあるかもしれない。
「いくらだ?」
「金貨100枚になります」
「……高すぎないか?」
あのケットシーで35枚だぞ。その3倍近い値段はぼったくりすぎだろ。
「なにぶん当店一番の奴隷になりますゆえそれなりの値段はします」
「値切るぞ?」
金の心配はないがこいつのいい値で金を支払うのは癪だ。
奴隷商は少し悩んだ末また笑顔を向けていった。
「ではこうしましょう。この後の奴隷の手続きの料金を無料といたしましょう。これでいかがですか?」
この野郎。買った後もむしり取るつもりだったのか。
俺の凝視に奴隷商は笑顔のまま。
……先に折れたのは俺だった。
「わかった。金貨100枚だな」
「おありがとうございます」
奴隷商が檻を開け少女を連れだす。やはり少女は怯えもなにも反応しない。
「隷属紋の設定をしますのでこちらへ」
少女を連れてもと来た道を戻る。テント内の開けた場所で奴隷商は手下に何か頼んだ。手下が手のひら大の黒い箱を持ってくる。箱の中身には四方5センチほどの魔法陣が書かれた紙が入っていた。一枚とり奴隷商がナイフと一緒に俺に差し出してくる。
「さあ血を一滴垂らし下さい。そうすればこの奴隷はあなた様のものでございます」
通行証を作るときにもやったがこの世界ではどうやら血が契約などに一番いいらしい。
奴隷商に言われた通りナイフで(実際は魔法付与しているが)指先の皮を切って血を垂らす。俺の血が紙に描かれた魔法陣に沿ってしみわたっていく。
奴隷商は俺の血が紙にしみ込んだことを確認すると紙を少女の胸に押し付けた。
紙に描かれている魔法陣が輝いているのか奴隷商の手と少女の胸間から光が漏れた。
「きゃ、きゃああああ」
痛みを伴うのか少女が暴れるのを奴隷商の手下たちがむりやり押さえつける。
契約が完了したのか光が消えた。
スキル 奴隷使い
を習得しました。
お、新規スキル。“リュエード”じゃ奴隷なんてなかったからな。
能力はなになに・・・・・・奴隷のステータス上昇(極小)、経験値上昇(極小)の二つか。まあスキルレベルは習得したばかりで1なんだから妥当ってところだな。
奴隷商が手を放すと少女の胸には魔法陣が刻まれていた。同時に俺の視界にいくつもチェック欄が現れる。一番上には条件設定とあった。
とりあえず俺のもとから逃げることがないよう設定する。ついでにパーティーに加えることができたので加えておく。条件は後からでも変えれるみたいだから今はそこまで細かくなくていいだろう。
「これで契約完了です」
「以前に刻まれた隷属紋はどうなるんだ?」
体に残ったままとかだったらさらに値切ってやるが。
「ご安心を。隷属紋は新しいもの上書きされるたびにふるいものは消えます。体に残ることはありませんよ」
こちらの心を見透かしたように言ってくる。妙にイラつくな。
「ならだれでもその紙を持ってたら他人の奴隷を奪うことができるんじゃないのか?
「その点のついても大丈夫です。上書きができるのは以前の魔法陣を付けた者に限られますゆえ誰でも彼でも奴隷を奪うことはできません」
都合よくできてるもんだ。そこはファンタジーってとこか。
なら最初に奴隷にするときはどうするんだろう?普通に奴隷になる場合は奴隷側の了承で奴隷の身に落ちるということだがここじゃそんなことをしてると思えない。疑問が湧いたが聞かないでおいた。これも聞かないほうがいい部類だろう。
「では料金を」
「ああ」
奴隷商に金を渡す。なんとなくまだぼったくられた感があるがまあいい。
「またのご来店をお待ちしております」
「そう何度も来たくはないんだがな」
そのうちこいつの同業者にされそうだ。
ニヤニヤ顔でこちらを見てくる奴隷商を後にして外に出た。
「あーあ、降ってきちゃったか」
外はもう雨が降り出していた。あいにく傘はもってきてない。
ここから店までは走っても少し時間がかかる。とはいえ土砂降りでもない雨に魔法を使うのもなぁ。
走って帰るか。
そう決めたところで
クシュン!
かわいいくしゃみの音。
奴隷だった少女を見ると表情は最初に見た時と何も変わらないけれど体は震えている。
そりゃそうだ。生きているんだし、体は表情以上に正直だもんな。服も奴隷商のところにいた時のまんまだし。
予定変更。早々に風邪ひかれても困るし魔法で帰るか。
その前にあたりに誰もいないか確認。転移魔法は最低でも6階梯にあたるため見られると面倒だ。
丁度曲がり角からでっぷりと太った無駄に豪奢な服を着た男とその男に傘を差している犬耳の少女が見えた。周りには護衛らしき黒服の男たちが。男に傘をさして自分は濡れているところを見るとあの少女は奴隷か。
向こうもこちらに気づいたかもしれないが相手のことなんて知らないしもう見た感じからかかわるとめんどくさそうなので少女の手を引いて別の道に逃げた。さっさと人気のない場所に行って魔法を使う。
「【転移扉】」
時空系10階梯魔法【転移扉】
転移成功率100%妨害率0%の絶対安全の転移魔法である。“リュエード”ではその利便性から一度使うとしばらく使用ができないように設定されていたが、こちらの世界でも大部分のクールタイムは消滅していたもののこの【転移扉】や特階梯魔法など一部はクールタイムと呼べるかはわからないが使えない時間が存在していた。
これには流石の少女も驚いていたが無視して扉を開ける。その向こうはアステリアの中。
帰宅完了。
さて、帰ってきたのはいいけれど何をするか。
まずは飯だな。なんだかんだで朝食以外なにも食べてない。
メニューは簡単にできるしチャーハンにするか。
少女に椅子に座っておくようにいっといて厨房に向かう。
肉切って野菜切って卵は溶いておく。次にフライパンに油を引いて肉を炒めてから野菜をさらに炒めてから卵を投入。卵が固まっちゃわないうちにご飯投入。強火でいい感じまで炒めたら調味料を入れて香りをつけたらハイ完成。
二人分盛って少女が待つテーブルにもっていく。
一つを少女の前、もう一つを対面の席に置いた。
「ほれ」
「!!?」
驚いた様子で俺を見る少女。飯を出すことがそんなに驚くことなのか?
まあいいや。腹減った。とりあえず食べよう。
「いただきます」
椅子に座り両手を合わせて合掌。この世界にこんな風習はないそうだがこれは俺の元の世界での名残だ。いつもしていたためご飯を食べる時は必ずする。
パクッ、モグモグ、ゴクンッ。
うん、自分で作っといてなんだが旨い。これも料理スキルが上がったたまものだ。レパートリーも多くなったから飽きることもないしな。
自分に盛ったチャーハンが半分ほどなくなったころ、対面に目を向けると少女は一口も食べてない。
「うん?どうした?食べないのか?」
俺の言葉に少女は不思議そうな顔で俺を見つめる。
「たべ・・・て、いいの?」
「当たり前だろ。何のために二人前も料理をつくったんだ」
「でも・・・・・・」
何か食べ物にトラウマでもあるのか?
「いやならいいぞ。下げるから」
俺が料理を下げようとすると
「た、食べる!」
勢いよく料理をつかんできた。
全く食べたいなら最初から食べたらいいものを。
少女はおそるおそるといった様子でスプーンを使い少しずつチャーハンを食べだした。
すぐに俺の料理の味を思い知ったのかチャーハンをかきこみだす。
「おいおい、別に料理は逃げも隠れもしないんだからゆっくり食べろよ」
俺の忠告にも上の空。食べることに一心不乱。あの奴隷商、どんだけ雑な扱いをしてたんだ。
けどここまでおいしそうに食べてくれるのも気持ちいいな。
目の前で一生懸命チャーハンをほおばっている少女を見てそう思った。
「そういや名前なんて言うんだ?」
名前を知らないと色々な時に不便だ。おい、とかお前、とか客の前であまり言えない。
「・・・・・・名前はないの」
なんだその言葉の前の沈黙は。今なにか言おうとしてやめただろ。まあ、無理に聞き出そうとは思わない。何か理由があるのだろう。奴隷だからといって卑下にはしない。俺は奴隷を道具のように扱うつもりもないし無理強いさせるつもりもない。
「そうか。それにしても名前がないのは不便だな」
どうしたもんかね。
俺が考え込んでいると少女がまた口を開いた。
「名前ない。だからつけて」
むう。そう来たか。そうなると俺のネーミングセンスが問われるな。どんな名前がいいか。ふうむ・・・・・・・あれだ。俺が一番最初に好きになったお菓子の名前にしよう。これなら俺のネーミングセンスが問われないはずだ。元の世界の奴らに聞かれたらあきれられるかもしれないが。
「そうだな。じゃあ今日からお前の名前はラスクだ」
「ラスク・・・・・・ラスク!うん!」
少女いやもうラスクか。ラスクは自分の名前を確かめるように2度つぶやくと大きくうなずいた。
料理を食べ終え、俺が食器を片付けてくるとラスクはうつらうつら舟をこいでいた。
奴隷商のもとで疲労もたまってたんだろうし腹いっぱいになったら眠くもなるわな。それでも椅子に座ったまま眠るとかどんだけ疲れてたんだ。
それでも一生懸命起きようとする姿が妙にかわいくて。
やがて体が一番求める生理的欲求には勝てなかったようでスースーという寝息が聞こえだす。
そのあどけない寝顔を少しだけ堪能して
「おやすみ」
2階の空き部屋――ラスクの部屋に抱えて連れて行った。
書き溜めってすべきなんでしょうか?