その1 異世界
本日二つ目の投稿
最初に感じたのは穏やかに吹き抜ける風。その風に乗ってどこか草特有のにおいが漂っている。
しばらく視界をうばっていた光がようやく収まり目を開けた。
視界に広がるのは一面の平原とところどころに点在する樹木だった。
・・・・・・は?平原?
いやいやいや、ちょっと待て!俺は自分の部屋にさっきまでいたはずだよな。
あたりを見回すが自分の部屋の跡など欠片もありはしない。
どこ?ここ?
こういう時は状況確認が大事だ。気持ちを落ち着かせるためにまずは深呼吸して、深呼吸して・・・うん、無理。落ち着きません。心臓、バクバクいって収まらない。小さい頃迷子になって親に見つけられなかったときの恐怖がフラッシュバックする。余計な過去を思い出したせいでさらに不安が広がった。
周りの風景には全く見覚えがない。ただ、だだっ広いだけの平原なのにその景色がやたらボッチになった俺の嘲笑しているように見えた。パニくって目がおかしくなってんのかな。
頬をつねろうとぶっ叩こうとやっぱり目の前の現実は変わらない。脳がこの状況のことを理解しようと努力するのを放棄したようだった。要するに目の前のことを受け入れられない、受け入れようとしない。現実逃避だ。
それでも人間というのは不思議なもので、ある程度時間がたってくるといくらパ二くっていようが心が落ち着き始める。どれだけ受け入れなかろうと現実は現実だ。そこに存在している。なら認めるしかない。認めないとどうにもならないから。
ようやく心が落ち着いた俺は改めて現状を確認した。
体は・・・どこにも異常はなし。気分も落ち着いた今では悪くはない。立ち直ったわけではないけど。周りは10数センチの明るい黄緑の草が一面に生えているだけで危険はない、はずだ。遠くに舗装された道が見えた。快晴の空がなんか憎たらしい。
この現状の何らかの手掛かりになるものは何もなし。お手上げだ。
目を閉じてはあ、とため息をつき、目を開けると
「ん?」
視界の左上の隅に文字が浮かんであるのに気付いた。
浮かんでいる文字は“atwaltz”
その文字で思いつくのは一つしかない。ネトゲ廃人と化してまでのめりこんでいたVRMMO“リュエード”の俺のアバターの名前だ。
「ここは”リュエード”の中なのか?」
一人自問する。
それならばこの状況を説明できないわけではない。一度寝ているとき、妹に勝手にログインさせられて起きたら別世界だったため、夢と勘違いしていろいろやってしまった恥ずかしい過去がある。
「・・・でもなあ」
周りでさざめいている草草をみた。
確かにあのゲームの中では草花一つとっても本当にそこにあるみたいに精工に現実のような世界が再現されていた。けれど。
足元にある草を適当にちぎる。
手の中にあるそれは一部汚れたり虫食いの跡があるがどっからどうみても草だ。重さ、触感、色、見た目どれをとってもただの草にしか見えない。
その見えないことが問題だ。
VRMMO世界ではたとえどんなに精工であろうと緻密に作られていようと現実と同じように見えるということはおかしいのだ。あくまでリアリティ、リアルではない。現実の草花を一つ一つとってみれば変な生え方をしているものもあれば土で汚れていたり、一部を虫にかじられていたりする。そういうところはVRMMOそれこそ世界で一番のリアリティをもつ“リュエード”であっても再現できていない。地面に生えている草は虫食いや土でよごれたりは絶対していない。すべて同じ種類の草である。
しかし、今俺が持っている草はその一本一本が違う。言ってみれば個性を持っている。この世界がVRMMOの世界であればデータで再現されたもの。個性があるはずがない。
つまりそれは
「これは現実・・・」
そう思ってしまったら地面、草、木、空どこを見ても本物にしか見えない。砂一粒からちぎれた雲一つまで鮮明に見えすぎてしまう。
「これは確定だな」
今いる場所が異世界だと確信したのに、動揺があまりないのはさっき充分騒いだからだろうか。それともどこか諦めてしまっているのか。
脳裏であまたあるWeb小説のひとつのジャンルがひらめいた。ゲームからの異世界転移ものだ。理由はものよって違うがだいたいに共通しているのはゲームの時のステータスや設定が異世界でも持ち越されるか全く初期化されるかのほぼ二通りだった。
本当にそのとおりであると信じるわけではないけれど、その原理でいくならばここはVRMMO“リュエード”と同じ設定の世界のはず。
「まさかね」
試しに右手を宙で振ってみた。“リュエード”ではこれがメニューを開くための動作だった。この世界が“リュエード”と同じであるならきっと・・・
すると期待通り、というべきなのか青白いウィンドウが浮かび上がる。
そこにはSTATUSやSKILLの文字が。
急いでステータスやスキルを確認すると“リュエード”の俺のデータと変わらないものがそこには浮かんでいた。
「マジデスカ」
言いながらもにんまりと笑みを浮かべてしまう。その顔は、はたから見たらかなりキモかったかもしれない。そんなことが自分でもわかってしまうぐらい俺の顔はだらしなく崩れていた。
メニューをすべて調べてみたところ最後にログアウトした時から何も変わっていなかった。当然というべきかそこにログアウトのボタンはなかったが。
そうするとやっぱりいろいろ試したくなるものでして。
俺は周りに何も危険がないか再度確認して
「やっちゃいますか」
はっちゃけた。
「うん、やりすぎたなこれは」
結論からいうとスキルにしてもアイテムにしてもなんにしても“リュエード”と特に変わったことはなかった。ただスキル使用後のクールタイムがなくなってたり、魔法の威力調節ができたりと本来の“リュエード”ではできなかったことができるようになっていた。
まあ普通に考えれば現実として何か技を発動するたびにクールタイムがあるわけないので当たり前である。だからと言ってノーモーションでスキルを使ったり魔法を無詠唱で発動したりすることはできなかったがこちらも当然と言えば当然と言える。
逆に現実になった分ゲームでは通用したモーションキャンセルなど明らかにおかしい体使いはできなくなった。そんなことをすれば体のあちこちで不具合、骨折や関節などを痛めることになるだろう。
これにはある程度慣れが必要だろう。“リュエード”と同じ感覚でやってしまうと悲しい未来が待っていることが間違いなしだ。
体力魔力ゲージはなかったが体力を消費する行動をすると体に痛みが、魔力を使う行動をすると疲れが襲ってきた。ここは現実と同じ感じだ。
なにはともあれ大まかな実験をやり終えた俺は大量のクレーターや岩山などですっかり景観が変わってしまった平原を後にして俺は町を探し出した。
町を探そうとはしたものの俺は悩んでいた。
今、目の前に道があるわけだがそれを右か左かどちらにいくべきか、をだ。
俺にはこの世界の地理がない。よってどっちに行けば町に近いか全くわからないわけであり、どちらにも踏み出せず悩んでいた。
おそらくどちらに行こうとそのうち人か亜人か住んでいるところにたどり着くのだろうがもしどちらか選んだほうが選ばなかった方より何倍も遠かったらどうしようとか、考えてしまう自らの心配性が進路を決めることにストップをかける。
できれば今日中に村か町かにつきたい。ゲームなら大丈夫だろうけど現実で野宿とか絶対嫌だ。あの次の日起きた時の半端ないしんどさはこりごりだ。
結局悩んだ結果神頼みによって道を決めることにした。
方法は簡単。適当にそこらへんの木の枝を一本折ってとってくる。道の上に立てて手を放す。倒れたほうへレッツゴー。右にも左にも倒れなかったらやり直し。スリルを求めて道以外の倒れた方角へ行くなんて馬鹿なことはしない。ゲームと現実は違う。スリルなんか求めると代償は自分の命となる可能性だってある。
ということで近くにあった木まで行って枝を折った。
ゴゴ・・・・・・
ん?
ゴゴゴゴ・・・・
足元が揺れてる。地震か?
ゴゴゴゴゴゴ・・・・
いや、違う。地震じゃない。少し離れたところに地面は揺れていない。
俺が折った木の周りだけ揺れている。
猛烈に嫌な予感。“リュエード”からの賜物ですぐさまその場から離れる。
突然地面の一部が盛り上がった。砂埃をまき散らしながら出てくるのは足のように束になった木の根。太い腕のような枝。そして幹の部分には顔のような模様が浮き出ていた。明らかにその顔は怒りを表している。
砂埃が晴れた後には木があった場所に緑の巨人が立っていた。
俺はこいつを知っている。“リュエード”にもいた『エルダートレント』という魔物だ。大きさ3メートルの巨体で序盤から戦う相手の中ではその太い腕から繰り出される薙ぎ払いのダメージが群を抜いて高くかなり警戒をして戦わなければならなかった。しかし、攻撃は大ぶりのものが多く行動もあまり速くないため落ち着いていれば普通に倒せるモンスターだった。
そうゲームでは。
けれどもこれは現実であり、ゲームのようにいくとは限らない。
なにより、ゲームの時と違い顔やら幹やらがリアルすぎてめっちゃ怖い。なんせ樹木の筋一本一本まで見えるのだ。ゲームではただでかくて攻撃が強いだけだったトレントが現実になるとこれほどまでに恐怖感を抱かせるのか。
顔に影差した。反射的に飛び退く。
風切音が唸ると同時に大音量とともにエルダートレントの腕が地面に打ち込まれた。大量の土砂を吹き飛ばしたその跡はまるで隕石でも落ちたかのように大きくえぐられていた。
やばかった。もし太陽が影のできる位置になかったら確実に食らっていた。
再びエルダートレントが腕を振りかぶる。
二度は食らわない。
地を蹴り、後ろに回り込む。
そしてエルダートレントの体へ思いっきり拳をぶちこんだ。
時が止まったかのような一瞬。
次の瞬間、拳が当たった位置からトレントが折れた。それはもうボギッっていう擬音語が聞こえてくるくらいに。
あれ?一撃?ただ殴っただけなのに。
出会い頭にかなりビビらされた分かなり拍子抜けである。倒せれたのは全然よかったけどなんかもうちょっと強くあってほしかったなぁ。
旨い、と噂の料理店で料理を食べてみたけれど案外普通でちょっとがっかりしたあの感覚に似てる。
よくよく考えてみれば『エルダートレント』はかなり序盤に登場し、ちょっと初心者を苦戦させるだけの魔物である。対して俺はカンストしている。言ってしまえば大半の敵が雑魚といっても過言ではない。それ踏まえてみると一発で終わるのは全く不自然なことではなかった。が、やるせない感は否めない。
根元から折れて2つに分かれたトレントの姿はかなりシュールだった。こういう時にリアルなのはなんか困るなあ。すぐ消えてほしい。やがて体が粒子化し空へと消えていった。ここらへんは“リュエード”と同じだな。何故かトレントの体の一部であるはずの俺が折った枝は消えずに残っていた。”リュエード”なら消えるはずなんだがな仕組みがよくわからない。
なにかドロップしたかな、とインベントリを開いてみると古木の枝、が追加されてあった。試しに出してみると手の中に何の変哲もない木の枝が現れた。フルそうな感じがどこにもない。詐欺か。う~ん、ドロップ時と取り出す時のアイテムの仕組みは“リュエード”と同じ、と考えてよさそうだ。
さて、改めて神頼みといきますかね。
ドロップした枝をどっかに放り投げ(ただの木の枝なんか2本もいらん)、最初の枝を地面に立てる。
「右か左か、どっちだ!」
手を放すと同時に風が吹いた。倒れた方向は右。
タイミングよく風が吹いたことに若干不安を覚えるが、まあどっちにいこうと結局同じことだ。右に行くとしますか。
行く先に何も見えない道を俺は走り出した。
町には比較的早く着いた。たぶん30分と経っていないだろう。これは決して町が近くにあったから、というわけではなくて俺のステータスが高かったせいだろう。
まさか40キロ近くを30分弱で走破してしまうとは。80キロ近くで走っていた計算になるのに軽いランニング気分だった。30分ずっと走っても全く疲れを感じていないのもおそらくVITあたりのステータスがかかわっているせいだと思われる。
途中トレント以外のモンスターに何体か遭遇したが自分の力を確かめる意味もあって積極的に挑んでいった。すべて“リュエード”では初心者が狩るような相手ばかりだったがやはり一定のパターンを繰り返すだけだったモンスターたちが生物特有とでもいうのだろうか、とにかく動きにパターンなんてものはなくなっており姑息なものや突然逃げだす、などの特殊な行動が加わっていた。さすがに逃げる、という選択肢は予想外だったためやられた時は唖然としてしまった。
スキルや魔法も特に問題なく発動したもののゲームの時と動きのずれが多くあった。特に魔法に関しては威力範囲調節ができるようになったことで逆に扱いが難しくなっていた。しばらくは実験がてら勘を取り戻さないといけないな。
結構大きな町なのか高い城壁に囲まれていた。おそらく10m以上の高さだろう。【分析】で調べてみると城壁には【上級防護】や【結界】などの防御系の効果が付与されていた。【分析】とは指定した対象を調べるスキルで対象の状態を見ることができる。便利なスキルなのではあるがレベルに依存するため低レベルが高レベルにかけても表示されなかったり、失敗する場合もある。町が城壁に囲まれているのは魔物が出ることを考えたら当然のことだろう。魔物がいるのに自分達を守る壁がないなど、どうぞ襲ってください、と言っているようなもの。町など特に人が多くいるような場所ではなおさらだ。まあ、住んでいるのが人なのか亜人なのかはたまた化け物なのかはわからないが。
化け物だとちょっと困るな。最悪化け物でもなんでもいいから友好的な種族だといいな。
町に入れてくれない程度ならまだしも敵対関係になっていて姿を見るやいなや襲ってくるとかいう事態になればめんどくさいことこの上ない。それにこの世界の住人が俺より弱いという保証はないのだ。俺はカンストしていてそれなりにステータスも高いがこの世界ではそれぐらいがデフォという可能性もなくはない。そうなれば俺なんか瞬殺だ。もちろん全力で逃げるため死ぬつもりはないけど。
それでも現時点では何の情報がないなら行ってみるしかないのだ。
城壁には城門があることがわかった。城壁の前に行列ができていたからだ。
並んでいる人たちは実に様々だった。商人の身なりをしたヒューマンに、全身を鎧で覆っているトラ型ビースト族の男、どこかから引っ越してきたのか荷車を引いているちっこい人。これは多分ドワーフだな。いかにも怪しそうなぼろぼろのフードをまとっている者。魔法使いかなんかだろうか。などなど。全体的にはヒューマンが一番多かった。たまたま今だけなのかもしれないが。
いやー、いろんな人がいるなー。“リュエード”じゃ皆こぎれいな格好だったから現実味があるこっちの服装が逆に新鮮に見える。
普通にあるいて列の最後列にならんだけれど前の人たちから敵対の意志は感じられない。どうも逃げる羽目にはならなさそうだ。よかったよかった。まあヒューマンがいた時点で大丈夫だと分かっていたけどね。俺の種族もヒューマンだし。
ちょこっとばれないように並んでいる人たちの何人かに【分析】をかけると出てきたレベルは41、53、48、32、51、44、62・・・平均して50前後かな。たぶんこれがこの世界での平均レベルなんだろう。なかには100近くや大きく超してる人もいた。ちなみに“リュエード”の最大レベルプレイヤー、モンスター共には999。モンスターは例外もある。カンストしている俺はこの世界じゃずいぶんとチートとなっていた。“リュエード”はレベルよりスキルをだいぶ重視しているゲームだから一概にも言えないけれどこの世界じゃどうなっているかわからないからレベルを目安に判断するしかない。
城門があるからにはやっぱり門番もいるようで、前に並んでいる人たちは何か通行証のようなものを見せているらしかった。当然ながら俺は持ってない。どうしたものかと思いはしたが悩んだところで解決するものでもない。怪しまれようがなんだろうが当たって砕けろ、というやつである。
俺の番まで来た。
「次のやつ―、通行証を持っているかー?」
なんとも間延びした声で中年のいかつい顔をしたおっさんの門番が言った。見せていたのはやっぱり通行証だったようだ。
「すみません、持ってないんですが」
怪しまれたら即逃げる。警戒されても即逃げる。と決心して臨んだ俺だったが以外にも
「あ、そうか。じゃあちょっと待ってなー。通行証作るからそこらへんに寄っててくれや」
なんていうあっけない一言で終わってしまった。肩透かしを食らった気分だった。案外通行証とやらの基準はゆるいのかもしれない。それはそれでどうかとも思うが。
門番は席をはずしてどこかへ行ってしまった。
言われた通り列から少し離れた場所で待ってるとおっさんの門番がもう一人、同じような鎧を着た人を連れてきた。その人物はおっさんに門番の業務の引継ぎを任せられたのかまだ並んでいる人に応対をし始めた。
かわっておっさんが俺を手招きする。ちかくにいくと「ついてきてくれ」といわれ、そのまま門の中に一緒に入った。門の中は大通りになっていて中央は馬車や竜社?とでも言うべき乗り物が忙しく走っている。両側に歩道がありその向こうに店が並んで、売り子や店員達が道行く人々に盛んに声をかけていた。歩道には一定間隔で木が植えられていた。この世界ではなんて呼ぶかは知らないがその木は俺の世界じゃ月桂樹と呼ばれるものだった。数ある店の中でもむさいおっさんが売り子になっている店もあったがあれはどういう意図があるのだろう。ある特殊な趣味専門の店か?
通りは混雑していてこの町の盛況さがうかがえた。もはや町ではなく都市と言っていいかもしれない。そのくらいのにぎやかさだった。
通りの先には大きな広場があり、その広場から四方に大きな道が伸びている。俺が今いる道もその一つだ。それぞれが東西南北の門につながっているのだろう。広場中央部では多くの人や乗り物が行きかっている。外延部にたくさんの露店や屋台が出店しており、アイテムや武具や防具、それにアクセサリーなど多くのジャンルがそろっていた。終いには呪いがかかってるんじゃないか、と思わせるおどろおどろしい物を売っている店まである。
俺が案内されたのはそんな通りに並んでいる一つの建物。周りの建物より二回りほど大きく、それなりに立派な建物だ。日本でいう市役所のようなどこか堅苦しいイメージを与える無機質な外観だった。
建物の中に入って部屋に案内されると机と向かい合うようにおかれた2つの椅子。
「ちょっと座って待っていてくれ」
片方の椅子を指しておっさんは部屋を出ていった。
椅子に座っておっさんを待つ。その様子が今から警察に取り調べを受ける罪人に見えなくもない。かつ丼とか出てきてくれるとうれしいな。別に罪を犯したわけではないから出てきたからと言って何も吐きようがないけど。もちろん、その場合はきちんとかつ丼はいただいておくつもりだ。
とか馬鹿なことを考えているとおっさんが戻ってきた。手には書類を抱えていて、書類の間からペンが見えていた。
「えーと、何か身分を証明するものを持ってるたりするか?」
おっさんが椅子に座って俺に問う。
残念ながら身分を示すものは持ってない。そのことをそのままいうとおっさんは
「ん。ならこの書類に記入を頼む。よくわからない項目や書きたくない項目は書かなくていいから。ただ、名前と種族だけは必須だからそこだけはよろしくな」
ペンと紙を渡された。紙にはレベル、名前や種族の他に出身地や性別、主な武器や魔術の使用の有無できるなら何階梯までか、などの項目が並んでいた。
「全部書かなくていいんですか?」
普通重要な書類にかける情報を空欄で開けておくことなどない。問われていることはだいたいすべて必要事項だからだ。けれども書きたくないところは書かなくていいとの仰せ。これは俺にとってかなり都合がいいことだ。出身地日本、なんて書いたらまずい気しかしないしな。
「ああ。下手に全部書いてもらって面倒事が舞い込んで来たら面倒だ。あと、俺と話すのはそんな硬い言い方じゃなくて普段のしゃべり方でいいぞ」
なるほど。町に来る者の中にはそういう面倒な奴らもいるってことか。余計なことまで手を出して自分たちに飛び火がくるのは勘弁、ってところかな。不干渉、じゃないけれどあまり手は出したくないなるべく無関係精神。実にいいことだ。
この世界のお役所心に感心しつつ項目を埋めようとペンを握るが最初から詰まった。名前だ。これはなんて書くべきなんだろう。俺の本名?それとも。
視界の左上。atwaltzという俺のアバターの名前。こっちを書くべきなのか?
若干悩みはしたもののこの世界はおそらく“リュエード”が元になっている。ならば自分もそれに基づくべきだ。なんて自分に理由づけて名前の欄にアトワルツと書いた。本音は自分の名前よりもはや自分自身と言ってもいいアバターの名前のほうがかっこいいと思っているからだったりする。
ちなみに何故か俺はこの世界の文字を読むことも書くこともできる。全く知らないはずなのにパソコンのように頭のどこかにインプットされている感じだった。しかしながら知らないはずの情報を知っているというのはなんとなく気持ちが悪い。
種族はヒューマン、性別は男、出身地は空欄。武器は双銃で魔法の使用は可、と。レベルについては書くわけにはいかないので論外。なにしろ平均が50なのだ。999とかこの世界から見たら化け物でしかない上に確実に面倒事に絡まれる予感がする。
あとは魔法の階梯数か。
階梯とは魔法のランクである。“リュエード”では魔法は最初に覚える1階梯の基礎魔法から始まり、2,3,4と上がり第10階梯が最上級魔法とされる。1階梯ではただ火をおこしたり風をおこしたりする程度だが10階梯にもなるとあたり一面焦土にしたり、山を切り裂くほどになる。別枠として特階梯魔法というものもあるがこれは少々特殊の魔法なためこのランクには入らない。
もちろん俺は10階梯までの魔法と特階梯魔法を使えるがそれはこの世界じゃ異常な部類に入るんじゃないかと思う。平均レベルが50なのだ。“リュエード”で言えばレベル50じゃ1階梯までしか使えない。レベル100で2階梯、レベル200前でよくて3階梯ってところか。どこまで使い手がいるか不明だがまあ3階梯って書いときゃいいだろう。それなりの腕をもっているって思われるはずだ。推測が違っていても別に問題はない。
あとは残っている空欄の中で書いても大丈夫そうなところは埋めていく。
書き終わったら一応一通り見直し。これは書くところが間違っていないかの確認と書いてもいいことしか書いてないことのチェックのためだ。見直しは重要な書類やテストでも必要な作業だろ。実際テストで見直しなんてしたことはないが。
あらかた書き終わり大丈夫かチェックもしておっさんに紙を返した。
「えーと、どれどれ。名前はアトワルツと。お前姓はないのか?」
姓?・・・ああ苗字のことか。それは失念してたな。似たようなもんだと思っていてもこういうところでやっぱり“リュエード”とこの世界は違うんだ、と改めて認識させられる。姓なんてあると思ってなかったからなー。全く考えてないや。
「あー、姓はやっぱりわかってた方がいいですよね?」
「まあ、そうだな。別に言いたくなけりゃ言わなくてもかまんが、普通はつけるな。逆になければ何か訳ありだと思われる可能性がある。俺は別にどうでもいいけどなー」
やっぱつけたほうがいいのかな。かといって特にいい姓も思いつかないし。名前に良いも悪いもないだろうけど。
「それで?名前はアトワルツだけでいいのか?」
「えっと、姓はユリルでお願いします」
結局別でやっていたゲームのキャラの名前をもじってそれを苗字にした。
「了解。ユリル・アトワルツだな」
おっさんが用紙にユリル、と書き込んだ。ユリル・アトワルツか。とっさに作ったにしてはごろがいいな。俺にはネーミングセンスがあるかもしれない。俺主観で。
おっさんの視線が用紙をなめていく。別に変な意味ではない。と、あるところでおっさんの視点が止まり目を見張った。
「第3階梯までつかえるのか」
「一応は」
俺の予想は当たったみたいだった。やはり3階梯はこの世界では高位あたるようだ。最近じゃ最低8階梯の魔法しかつかってなかった俺からしたら3階梯なんて弱すぎて使えない。魔法のレベルはずいぶんと落ちている。いや、“リュエード”から見たら退化してるだけでこの世界じゃそれが普通なのかもしれない。とにかく人前じゃ4階梯以上をださないように意識する必要が出てきた。物語の主人公のように目立つ存在にはなりたくないないからな。正直めんどくさい。
おっさんによると3階梯まで使える魔法師はあんまりいないらしく3階梯まで使えるとそれだけで尊敬される存在になるらしい。“リュエード”で3階梯といえば初級の上位という感じだったのでどうもその程度使えただけで尊敬されるというのはなんともはがゆい。普通に料理をできる人間がいりたまごを作れるからと褒められたところでうれしくないのと同じ感じだ。チートなのも考え物である。
おっさんが突っ込んで聞いてきたのはその二つだけであとは別になにもなかった。ただ「レベルが空欄か、珍しいなー」とか「双銃?」とか独り言をつぶやいていたが。
「よし、怪しいところも不備もなし」
そういっておっさんが机に紙を置く。書きたくないところを書かなくていい時点で不備も怪しいところもありまくりな気がするんだがそこら辺は気にしないでおく。都合のいいことをわざわざ異議を唱える必要もあるまい。
「じゃあ、この用紙に1滴血を垂らしてくれ」
ナイフを渡してきた。これで指の皮を切れってことなのか?普通に切ろうとして問題に気付いた。おれはある一定以下の斬撃、打撃、魔法、その他もろもろのダメージを無効化スキルを持っている。そのスキルが発動されると攻撃してきた対象ははじかれるか折れる。つまり今ナイフで皮を切ろうとするとナイフが折れてしまうのだ。それはまずい。不自然すぎる。とりあえず魔法が3階梯が高位の世界でこのスキルが認知されているはずがない。
スキルを発動しないようにしたらいけるか、とも思案したがよくよく考えたら俺のパラメータの中で低い部類のVIT(生命力や防御力に関するパラメータ)でもカンストしていたらそれなりの高さになるわけでそっちの影響でもナイフはまず折れる。
仕方ないのでばれないようにナイフに魔力付与をして極薄魔力の刃を作りナイフの刃が触れないように(触れた瞬間折れる)親指の皮を切った。
用紙の上に血を垂らすとB5サイズだったのがどんどん収縮しテレフォンカードほどの大きさになった。用紙自体が特殊な紙だったみたいだな。
「それが通行証兼身分証になる。再発行するのはすげーめんどくさいから絶対に無くすなよー。再発行の時は追加料金もとるからなー」
通行証の厚さは1センチくらいで、重さは2、300グラムといったところ。それなりに硬い材質でカードにふにゃふにゃ感はない。表面には先ほど記入した情報が書かれていた。これで他の町に行ったときはスムーズにいけるはず。
“リュエード”でなかった魔法?だけにちょっと感心してしまった。まだまだこっちには知らないものがたくさんありそうだ。せっかくこの世界に来たんだしどうせならいろいろ見たほうがお得な気がする。
「さて、これで手続きは終わりだ。なんかききたいことあっかー?」
ついでなのでこの世界のことを聞く、のは怪しいと思うからこの町のことを聞いておく。
「えーと、この町に来るのは初めてなんですけど軽く紹介してくれませんか?」
すっげーめんどくさそうな顔されたけどもそこは仕事なのかおっさんは一応親切に説明してくれた。つかこのおっさんめんどくさそうな顔しかしてない気がする。
なんでもここは皇都エルロンドから一番近いフルーヴという名前の都市らしい。皇都から近いのと同時に各方面の起点となっている都市のため常にかなりの数の人が行きかっている。おっさんは「おかげでいそがしいのなんのって。こんちくしょー」とぼやいていたがさっきの盛況ぶりを見る限り間違ってはいないだろう。まあ道が全くわからない俺にとって大きい都市というのはあんまりありがたくないが。道に迷うから。断じて土地勘がないわけではない。ただちょびっとばかし物覚えが悪いだけである。あとこの町を高い城壁が囲んでいるのは昔、皇国が追い詰められたときこの都市が最後の壁となって増築し、相手を追い返した時の名残だという。ということは城壁にかけられてた魔法は上位、5階梯の魔法だったから昔は第3階梯ではなくもっと上位の魔法まで普及していたのかもしれない。ちなみに城壁といっているがこの都市に城はない。何年か前に遷都したとか。フルーヴは皇都近くの大きな都市なので皇都にあるものはだいたいこの都市にもあるっぽい。むしろこちらのほうが商業都市みたいな意味合いを持ち流通の拠点となっているため皇都より物がそろっているかもしれない、とも言っていた。
「とまあ、ここの説明はこれぐらいだなー。まだなんかあるかー?」
「ほかには特に。説明ありがとうございました」
手続き&説明がおわり、部屋から出ておっさんに建物の入り口まで案内してもらった。
頭を下げて礼を言い、とりあえず町を見て回るかと予定を立てて出ていこうとするとおっさんが今ちょうど思い出したように問うた。
「あーそーいやこれ聞かなきゃダメだったなー。あんた、この町に来た理由はなんだ?」
棒が倒れたからです、とはいえない。そんなこと言ったら変な人として今度こそ正式な目的であの取調室に連れていかれる。
とはいえ実際明確な目的はない。この町に来たのもたまたまだ。
どうしよっかなー。とちょっと考えた末俺が出した答えは
「実は生まれ育った田舎から上京してきまして。この町に長期滞在、もしくは住みたいなーと思っています」
実に異世界巻き込まれものの主人公たちのテンプレ設定だった。出身地を書いてないのに田舎から出てきたとかちょっと設定に無理があると思わなくもないがここは押し通すしかない。
「ほー、田舎からねえー」
何か疑問思うところがあるのかもしれない。おっさんに訝し気な目線に背中に冷や汗が垂れる。突っ込まれると確実にボロを出すだけになんとか別の話題を探そうにも見つからない。万事休す。
「それじゃ冒険者ギルドに登録でもするのか?」
「へ?」
冒険者ギルド?
「いや、あんた魔法3階梯までつかえるんだろ?田舎からこんな町まで出てきたってことは冒険者にでもなって金稼ぐのかと思ってなー」
話題を変えてくれたのはありがたいけど冒険者ギルドね。ファンタジーの世界じゃテンプレ中のテンプレだがこの世界にも同じようなものがあるのかな。いや、でも確かに“リュエード”でもギルド自体はあったから別におかしくはないか。あ、でもメニューはギルドじゃなくてクランって乗ってた気が。
「あ、ああ、そうそう。ギルドに入って田舎みたいな暮らしから抜け出そうと考えています」
下手に違います、とか言って元の話に戻るとまずい。よくわからないがここはおっさんの話に乗っかることにした。
「やっぱりそのつもりかー。ならついでだ。冒険者ギルドまで案内してやろうか?」
思いがけない申し出だった。できるだけ無関係精神かと思いきや案外そうでもないかもしれない。まあ、このおっさんがたまたま親切なだけということあるだろうがありがたいことには変わりない。もちろん答えはイエス。
「おし、ならいくぞー」
おっさんについて行きつつも街並みを観察する。さすが流通の拠点となっている都市だけに色々な種族や身なりの人がいる。やっぱり一番多いのはヒューマン、つまり人族なわけだがだからといって亜人種が少ないわけではない。猫耳や犬耳、リザードマンに牛頭。実にさまざまである。特に猫耳なんて2次元でしかしらなかったわけで実物を見てみると2次元なんか目じゃないモフモフ感が見て取れる。正直ワシャワシャと揉みたくなった。
“リュエード”でも自分の分身となるアバターで人以外の種族を選んでいるひとは多くいていろんな見た目のやつがいたのは確かだけど俺は人以外の他種族には興味をひかれなかった。だが、今ならその他種族を選んでいた奴の気持ちがわかるかもしれない。ここまで魅力的なものだったとは。
「キョロキョロとそんなに珍しいか?」
そういって笑うおっさん。よほど都会に出てきた田舎者に見えてたらしい。毎日人が数多く来る門番暮らしが長いおっさんでも俺みたいなことをするやつはまれなそうだ。
歩いていくにつれて周りの店、人の雰囲気が変わってきた。先ほどまでは武人のような人から全く戦いに縁のなさそうな人まで実に多種多様な人がいたわけだが今、このあたりの人は皆いかにも冒険者、というような人たちばかりだ。店も武具や防具を売っているところが多い。
俺の心境の変化に気づいたのかおっさんが説明してくれた。
「気づいてるようだけどなー、さっきまでのところが商業区。そんで今いるところはギルド区ってところだ。商業区が色々なものを扱っている万能地区ならこっちは冒険者ギルドを中心に冒険者をサポートする店に特化した地区だな」
要するに冒険者のための地区ってところか。
「あんたもこれから冒険者になるっていうんだからよくお世話になるだろう地域さ。ここの街並みを覚えていて損はないぞ。いずれっていうかすぐにでも利用することになるかもしれないからなー・・・・・・と見えてきた」
おっさんの歩く先。周りの店とはちがい一際大きな建物がある。屋根に掲げられた左上に龍が右下には鳳凰がそして真ん中に装飾された一本の剣が描かれている看板。おそらくあそこが
冒険者ギルドだ。
できるだけ早く投稿できるよう頑張っていきます