剣術大会
花見が近いとは言え、急遽決まった剣術大会は早急に開かれることになった。
「太助!がんばれよ!」
「太助ちゃん、がんばって!」
太助が大会に参加すると言い出した時、奉公人仲間はそれは驚いた。体調不良で失踪した前科があるので心配されたが、「腕試しです。無理ならすぐ辞退します」と伝えると、応援すると言ってくれた。見物人の中から奉公人達の声援が聞こえたが、 白猫はそれとは別に声をかける人物を見た。審判席で和倉当主に付き添う拓馬だ。
声をかけるな。当主に目をつけられたらどうしてくれる。と、睨み付ける。
幸い、多くの参加者と喧騒に埋もれ、白猫が目立つことはなかった。
「一番から八番、前へ!」
審判の声に、控え席から競技場へ続々と参加者が移動する。初戦は四つの試合を一度に行い、続いて二つ、その後は一つずつ行う。実に効率的なやり方だ。そして、この見物人の多さ。手の空いた奉公人や町民達も集まっている。怪しい輩も、少なくともこの場では暗殺といった大胆なことはやりづらいはずだ。
試合は順調に進み、あちこちに目をやっている内に、あっという間に白猫の番だ。負けても控え席に残って見物できるようだし、初戦で敗退するつもりだ。
白猫は競技場へ移動し、対戦相手の二十三番の前に立つ。
「よろしく」
穏やかに笑う青年は家臣の一人、西森敏明の長男・成明だ。長男と言っても、最近遠縁から入ったという養子だ。人当たりが良く、当主や八重ともすぐに打ち解けている。
そして、白猫の観察対象の一人だ。
「厩の……太助、だったよね?剣術ができるなんて意外だよ」
「ただの真似事ですよ。お手柔らかに頼みます」
「はじめ!」
審判の合図で互いに木刀を構える。防具の着用はないので、大怪我の恐れがある。適当に交わして、体力切れを理由に敗退するつもりだったが、そうもいかない。
「やっ!」
この男、かなりの腕前だ。
白猫は成明の攻撃を受け止めながら感じた。適当で済む相手ではない。
「太助ちゃん!」
拓馬が心配そうに声を上げるが、かまっていられない。
速さは互角だが、力では完全に負けている。成明は、白猫を弾き飛ばした。
しまった……!
体勢を崩した白猫は、降り下ろされる攻撃を回避も防御もできない。 こうなったら仕方がない。加減はするだろうから、甘んじて成明の太刀を受けよう。
そう思ったが、成明から感じた気に咄嗟に体が動いた。
「えっ?」
「あ」
倒れかけた体を手で支え、低い体勢のまま成明の足を払う。すると、成明も体勢を崩し、尻餅をついた。そしてそのまま、掴み直した木刀を首元に突きつける。
……やってしまった。
成明だけでなく、勝負のついた選手、見物人や審判までもがあっけにとられて白猫を見ている。
ただの平民が侍を倒したのだから、無理もない。思いっきり目立っている。
「やったね、太助ちゃん!」
人目がなければ、拓馬に八つ当たりも兼ねて木刀を投げつけたい。
控え席に戻った成明は、とても爽やかな笑顔で白猫に声をかけてきた。
「勉強させてもらったよ。刀だけでは勝てない相手がいるとね」
「……殺されると思って、体が勝手に動きました」
嘘ではない。成明から先程感じたものは、間違いなく“殺気”。
「敗者復活戦で勝つつもりだから、再選させてくれよ?」
「まぐれはそう続きません」
成明はぽんっと白猫の肩を叩いて、その場から離れる。
西森成明。一層、注意が必要だ。