仕方ない
昨日は、念のために体調不良を装っておいた良かった。
巴と別れて、太助に変装した白猫が厩に顔を出すと、同僚達は不在にしていた午前を医者に行っていたものと思ってくれている。
「勝手に出てすみません」
「それはいいが、体は大丈夫なのか?」
年の近い奉公人仲間が心配そうに尋ねる。黙って奉公人達の大部屋からいなくなっていたのだから、少しは疑うべきだろう。
和倉の家の者は総じて人がいい。巴が「平和だ」と羨む気持ちがわかる。
白猫も拠点は和倉に置いているものの、仕事をもらえばあちこち赴く。ほとんどが戦に関わることばかりだ。生きるか死ぬかで、人は卑怯にも残酷にもなる。そんな人ばかり見てきたら、和倉の人間は呑気だと言ってもいい。
……我ながらひねくれたものだ。
「大丈夫です。薬湯をいただいて、すっかり元気です」
「ならいいが……お前はただでさえ細っこいからな。丈夫じゃないなら、あまり無理するなよ」
そう言って、頭をぐりぐり撫でられる。
こういう扱いは本当、困る。大事にされていると、甘えたくなる。
「太助ちゃーん!具合が悪いって本当?」
また一人、扱いにくいのがやってきた。
いつもの癖で石を投げなかった自分を褒めたい。
「拓馬様、見回りに行かれるのですね?」
駆け寄ってきた拓馬の問いかけには答えず、馬を取りに行こうと向きを変える。すると腕を引かれ、振り返ると拓馬がニッコリと笑顔を浮かべた。
……嫌な予感。
「ちょっと二人で話せない?」
問いかけなのに有無を言わせない。
やはり、幼なじみがいるというのはやりづらい。疑われているとは思ったが、今ので完全に太助の正体がわかったようだ。
「だって太助ちゃん。俺に対して冷たい態度とったり、出会い頭に物を投げつけようとしたり、照れ隠しがしーちゃんと同じなんだもん!」
断じて照れ隠しではない。たまに本気でうざくなるだけだ。
口に出さないのは傷つけるからと配慮してではなく、場所が城壁の裏口付近で、いつ誰が来るかわからないからだ。
「……お前がいつも気づく俺の癖はそれか?」
「ううん。いつも気づくきっかけとは違う。今回はそれで悩んじゃったんだよね……」
ああ、なるほど。そういえば自分以外に二、三人忍びが紛れ込んでいた。きっと拓馬が白猫に気づくのは、忍び特有の動きからなのだろう。
「まあ、それはいいとして……わざわざ何の用だ?邪魔する気はないのだろう?」
「もちろん。しーちゃんは危害を加えないって約束してくれてるし、多少のことは目を瞑るよ。でも、できれば協力してほしいことがあって……」
本当に困っているのだろう、拓馬は珍しく、眉尻を下げ、懇願するように白猫を見た。
「しーちゃん、強いよね?」
「それなりでなければ、務まらないな」
「刀も扱えるよね?」
「お前程じゃないがな。あくまで忍びの型になる」
拓馬は、顔の前で勢いよく手を合わせて頭を下げた。
「お願い!八重様の護衛になって!」
……なんだろう、この展開は。ここのところ予想外な出来事ばかりで、いい加減頭が痛くなってきた。
白猫が額を押さえて溜め息を吐いていると、拓馬は焦った様子で捲し立てる。
「もうすぐ和倉恒例の花見があるんだけど、八重様のご婚礼できな臭いから、護衛を増やすことになったんだ。選定のために剣術大会を開くんだけど……人手が足りないから、家臣以外も参加を認めるって!俺は怪しい奴が紛れ込むから反対ですって言ったのに!」
拓馬の意見はもっともだ。和倉が他国と結ぶことを恐れる輩が、これ幸いと姫の暗殺を目論み、参加することだろう。それでも護衛を内外問わず集めるというのは、平和ボケで何も考えていないのか、懐に置き不審人物を監視するためか。故郷とは言え、今まで戦に絡んでこなかった和倉の考えは読みづらい。
「だからしーちゃんも参加して、おかしな奴がいたら教えてほしいんだ!で、勝ち残って護衛になって!」
「あほ。俺が目立ってどうする」
忍びが何故、わざわざ目立ちに行かねばならないのだ。
かといって、無下に断るのも忍びない。本当は拓馬自身がやりたいことなのだろうが、彼は既に当主の護衛が決まっている。大会に参加することはできない。一応友が困っているのだから、見過ごすことはできない。
「……大会に参加して少し探ってやるくらいはできる」
「ほんと?」
ようやく拓馬に笑顔が戻る。やはりこの男はこうでなければ、調子が狂う。
「ただし、目立つ前にすぐ負けるぞ。ただでさえ、お前のせいで変な噂が立っているだ」
「あ、ご婦人方の噂ね!おもしろいよね!」
「黙れ」
成り行きとはいえ、この大会は白猫にとっても都合がいい。
早く任務を終えたいものだ。