続行
「……なにやってるんですか、あんた?」
旭川への連絡は町外れの団子屋で、遣いの者が来ることになっている。和倉に潜入して一週間、ひととおりわかったことを文にまとめて持参した白猫は、店先で団子を頬張る人物に内心呆れつつ、無表情のまま問いかけた。
「団子を食べているが?」
「いえ、そうではなく……」
しれっとした顔で答えたのは、出で立ちは侍だが、れっきとした女性。旭川当主・巴、その人である。
「お前のことは私か雅しか知らないからな。遣いをやる者がいなかったのだ」
「だったら、鷹を飛ばしたものを……しかも供も連れずに他国を訪問する当主など、聞いたことがない」
「雅に後を任せてきたし、家臣には花見に行くと言ってある。私の一人旅はよくあることだ」
あっはっはっと豪快に笑う男前な彼女に、苦言を呈しても無駄なようだ。
ようは、来たかっただけだろう。
白猫は溜め息を吐きながら、巴の横に腰かけた。今日の白猫も侍の扮装をしているので、並んでも不自然ではない。
「あなたが直接いらっしゃるとわかっていたら、文にするなんて危険なことはしなかったのに……」
「すまないな。しかし、もう報告が聞けるとは……噂通りの凄腕だな。てっきり、今日は様子見程度になると思っていたぞ」
白猫は顔は正面を向いたまま、袂から文を取り出し、椅子の上を滑らせて巴の側へ置く。
「念のために暗号で書きました。解読には文書の最後を読んでください」
「優秀だ。宿で読ませてもらうよ」
巴はニヤリと笑って、文を懐にしまった。
それを確認した白猫は、何も頼まないわけにもいかないので、店の者を呼んで団子と茶を頼む。
「ところで、町の者から聞いたのだが……」
茶を飲んで一服していた巴が、ふと思い出したかのように問いかける。
「厩の少年が、若い家臣と姫の間で三角関係というのは、真か?」
思わず受け取った湯呑みを落としかけたが、なんとか持ちこたえた。
大丈夫だ、俺。落ち着け、俺。
「何でも、家臣と相乗りで馬に乗っていたとか。姫と家臣で少年を取り合い、負けた姫は一人で騎乗したとか。町の奥様方が騒いでいたぞ」
奥様方、怖い。
そして、新参者を警戒してか、太助の正体に気づいてか、無理矢理後ろに乗せた拓馬を恨む。今度、本性で会った時に覚えてろよ。
「いやいや、さすが和倉といったところか。流れる噂が平和だ」
「いやみですか?」
「羨ましいんだ」
そう言って笑った巴は、八重と同じ顔をしていた。
八重も巴も、戦が嫌なのだ。誰でも嫌だろうが、武将として天下取りのため、率先して仕掛ける者は多い。和倉はともかく、大国の当主がこういう表情を見せるのは意外だった。
幼い弟のため、仕える家臣のため、女の身で国を背負った娘の胸中は、一言では語り尽くせないのだろう。
まあ、雇われの忍びには関係ないが。
「では、あまり長居もできませんので、俺はこれで。報酬については、後日連絡します」
団子を茶で流し込み、白猫は身支度を始める。
「ん?どこに行くつもりだ?」
「どこって……任務完了で引き上げるのですが?」
「まだ終わってないぞ」
たしか任務は、ある人物・和倉八重の内情を探ることだ。きちんと彼女の現状を調べ、報告書も渡した。今更何を言い出すのだ?
「言っただろう?ややこしい、と」
……しまった。相手は一枚上手だった。
巴は立ち上がるとあの時のように不敵に笑って、白猫を見下ろす。
「姫の周辺を探れ。少しでも怪しい動きをする人物は特に注意しろ」
「……あんた、まさか……」
知っていたのか。姫の結婚が近いこと、それに伴い、周辺の国が警戒するであろうこと。
和倉は戦績こそあまり残していないが、当主の統率力から一致団結した動きを見せる、なかなかの強者。加えて、豊かな自然のおかげで兵糧に困ることもない。和倉の参戦に危機感を覚える国は多いだろう。
「お前の実力を認めよう。ここからが本番だ」