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その前に

和倉は桜の名所を多数抱える国だ。戦の最中の国であっても、停戦を申し入れ、花見に訪れることなど珍しいことではない。その為、和倉は千国の中でも比較的戦を仕掛けることもなく、他国から攻めいられる恐れも少ない、平和な国であった。


巴に命じられ、和倉に入った白猫は、道中立ち寄った茶屋で座り込み、深く溜め息を吐いた。

「よりによって、和倉かよ……面倒なことになった」



「しーちゃーん!」




底抜けに明るい声がする方に視線をやる。

案の定、そこには満面の笑みでこちらに駆けてくる、さわやかな風貌の侍がいた。とりあえず、白猫は食べ終えた団子の串を打つ。

「しーちゃ……あぶねっ!」

青年は慌てて身を翻し、額に串刺しを免れた。

「ひどいよ、しーちゃん!大親友に向かって!」

「ただの腐れ縁だ」

「うわーん!」

白猫に詰め寄った青年は、目元を覆って涙を流す。「そんな子に育てた覚えはありません!」などと泣き叫んでいるが、育てられた覚えはない。


忍びとて人間だ。生まれ育った場所も、拠点を構える地もある。和倉は白猫にとっての故郷で、住まいだ。

そしてこの男、竪琴たてごと拓馬は和倉の当主に仕える武士であり、白猫の幼なじみである。訳あって、幼少期は竪琴家に奉公していたのだ。今でも拠点は和倉にあるため、こうして度々落ち合っている。仕事のためではない。素っ気ない態度を取りつつも、白猫は拓馬のことを友として認めている。純粋に、友とのとりとめのない時間を楽しんでいた。だが、今日は事情が異なる。


「今回の任務は早かったね!」

「ああ……」

先の任務は簡単に報告書をまとめて、鷹を飛ばした。常ならば、もっと詳しく調べあげるのだが、今回は邪魔が入り、やっつけ仕事になってしまった。

まあ、あの雇い主ならあまり気にしないだろうからいいのだが。

「しばらくは和倉にいることになった」

「ほんと?やった!じゃあ逢瀬でぇとしよ!川で釣りとか……桜はちょっと早いかな?あ、鷹くんと狩りとかもがっ……」

「拓馬」

はしゃぐ幼なじみの口を塞ぐ。こいつに頼み事など、非常に癪だが致し方無い。

「しばらく和倉の城で世話になれないか?」

拓馬の目付きが変わる。手を外された口元は笑みを携えているが、目は鋭く、相手を探る。白猫を敵がどうか見定めている。

「どうしたの?失業?」

「まあ、そんなところだ」

「ふーん……どうしようかな?しーちゃん、老若男女問わず骨抜きにしちゃうもん」

拓馬は友だ。だが、お互い、任務のため、忠義のためなら切り捨てることを躊躇わない。

それが相手の選んだ道なのだから。

「俺、しーちゃんのこと大好きだけど、利春様やお城のみんなも好きだから……手を出したら、妬いちゃうよ?」

「安心しろ。ただの社会勉強だ。それに……俺は相手を選ぶ」

拓馬は敵に回るなら容赦しない、白猫は危害を加えるつもりはないことを目と言葉で訴えた。

それに納得した拓馬はすぐに満面の笑顔に戻る。

「じゃあ、しばらく一緒にいれるね!何してもらおうかな?……あ、俺の小姓とか」

「断る」

「即答!?ちょっとは悩んでよ!」

和倉に潜入するには、この男の了承を取らなければならなかった。どういうわけか、拓馬は白猫の変装をすぐに見破ってしまうのだ。拓馬いわく、「愛の力!」だが、実際は長年連れ添った中で、白猫の無意識な癖や行動を把握しているのだろう。気をつけていても、無意識のなせる業だ。直すのは容易ではないし、そればかりに捕らわれて、他の事が疎かになっては本末転倒だ。だから、はじめから潜入することを告げた。拓馬は白猫の仕事について詮索しない、ある程度のことは容認してくれる。今回も、どうやら了承は得られたようだ。


さて、次は標的に近づかなければ。

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