任務
白猫と対面する形で、上座には二人の人物。一人は昨夜、自分を屈伏させた旭川の当主、巴。もう一人はその弟だ。
本来、嫡男が継ぐべき家督を、なぜ女が継いだのか。
それは、二人の父、先代当主が若くして死去し、当時十に満たない弟に代わり、自分が旭川を守ると勇ましく宣言し、反対する臣下を拳で黙らせたのだ。男前すぎる。
「本当に、白いですね。じいやの髪の白とはまた違う、美しい」
「老人と一緒にしてやるな。こいつはお前と近い年だろう。なあ?」
なぜ、この姉弟は侵入者に対してこうまでゆるいのか。
白猫は縄で縛られることもなく、見張りも付けられず、対面する二人も武士であるため刀を持ってきているものの、傍から離し、ほぼ丸腰だ。その上、楽しそうに笑みを浮かべ、白猫を観察している。
なぜだか不快だ。
不機嫌さを隠し、無表情のまま、白猫は姉弟を見つめ返した。
「昨日から黙りだな?年くらい教えても支障ないだろう?」
「……十六」
白猫は諦めてぼそりと答えた。
巴がどういうつもりかわからないが、白猫は任務に失敗して捕まった。もはやこの命はないも同じ。せめて忍びとして、雇い主や仲間の情報は流さず、後は野となれ山となれ。
「ほら見ろ。お前と二つしか違わないだろ?」
「姉上。何も私は、彼を老人と言うつもりはございません。ただ。彼のような珍しい髪色ははじめてで、他に言い表す言葉がなかったのでございます」
「わかっておる。あいかわらず、お前は真面目だな」
姉弟仲睦まじい様子を見ながら、白猫は部屋の気か配を探る。
やはり、思った通り……。
「……忍びすら配置していないな。なぜだ?」
巴は弟に向けていた優しい笑みを崩し、真面目な、当主としての顔で白猫に向き直る。
「貴様に極秘任務を遣わす」
この時ばかりは驚きの表情を隠せなかった。
どこの国が雇ったかもわからない間者に、任務?間者とわかった上で?
「正気か?それに、俺が引き受けると思うか?」
「ああ。少なくとも、お前は我々に危害を加えるつもりはないみたいだからな」
この女、なかなかの洞察力だ。
白猫が潜入したのは数日前。城の奉公人として庭の掃除や手入れをしていた。そして空いた時間にさりげなく他の奉公人に探りを入れていた。
『旭川雅とはいかなる人物か』
旭川で元服は十五歳からだ。来年、十五歳を迎える雅は、姉から家督を譲られるだろう。これまで、姉が隠れ蓑となり、雅の情報を他国はほとんど掴めていない。次期当主の裁量を見極める。それが白猫の今回の任務だ。
故に、事は穏便に、正体がばれさえしなければ、誰を傷つけることなく、立ち去るつもりだったのだ。
「ちっ……あんたが余計なことをしなければ……」
「声に出てるぞ、白猫?」
またもや、失態。どうもこのゆるい雰囲気に流されてしまう。
「貴様が悪いのだろう?私の部屋に忍び込んだのだから。宴席で遅くなるはずが、思ったより早く切り上げてきて残念だったな」
「姉上は気まぐれですからね」
白猫は深く溜め息を吐いた。どのみち、旭川の当主には敵わないようだ。もう、どうにでもなれ。
「それで、俺は何をすればいい?」
「同じだよ。隣国に潜入し、ある人物の内情を探る。うちの時と違って少々やっかいかもしれないがな」
「報酬は?」
今度は巴と雅が目を見張る。
「意外とがめついですね」
「捕らえられたくせに、いい度胸だ」
互いに危害を加えるつもりがない、いわば敵ではない以上任務を引き受ける引き受けないは、互いの信頼関係か報酬次第だ。
白猫は堂々と巴を見つめる。彼女はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「良かろう!働き次第で報酬は望みのままだ!」
白猫は姿勢を正し、ゆっくり頭を垂れた。
「本日より任務完了までの間、旭川の忍びとしてお仕えいたします」