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信じられるもの

「すまん!!私の浅はかな考えで、お前まで迷惑をかけた!本来なら命をもって詫びるところ、利春様の恩情でこうして生き永らえている。私にできることなら、どんな償いでもしよう!」

常光の勢いが止まらない。面識があったのは幼い頃だけなので知らなかったが、こんなに熱い男だったとは。それにしても、犯行を阻止したくらいでここまで謝罪される意味がわからない。


「女のお前に刀を向けて、本当にすまないと思っている」


……これか。

拓馬が笑いを堪えている原因は、これか……。

「小さい頃のしーちゃん、可愛かったもんね。今も男臭くないし、あんな格好で再会したし」

「……もしかして、太助の正体には気づいてないのか?」

「教えたけど、それでもしーちゃんは女の子と思っているみたい」

面倒な状況だ。白猫は隠すことなく、盛大に溜め息を吐いた。

「拓馬、向こうへ行ってお前が誤解を解いておけ」

「えー?しーちゃんやらないの?おもしろいのに……」

「お前が連れてきたもう一人の客がいるからな」

白猫が障子の向こうを見つめて言うと、拓馬はニヤリと笑って席を立つ。

「つね、ちょっと向こうで話そうか」

「……わかった」

拓馬と常光が退室すると、入れ替わりに入って来たその人は、仁王立ちで宣言した。




「決めたぞ、白猫!お前を私の忍びにする!」




「……とりあえず、座ってゆっくり話しましょうか?」

白猫は冷静に巴へ着席を奨めた。

巴が素直に従うと、見計らったように茶が運ばれてくる。

「ああ、白猫の姉君か?気をつかわせてすまんな」

運んできた彼女はにっこり笑うだけで、肯定も否定もしない。見かねた白猫は口を挟む。

「祖母です」

「……は?」

「だから、彼女は祖母です。はっきりと年を聞いたことはありませんが、七十近いんじゃないですか?」

巴がまじまじと見つめても、祖母はにっこり笑ったままだ。

「……嘘を吐くな。どう見ても、私と同じくらいに見えるぞ!」

巴が信じられないのも無理もない。白猫の祖母は何をどうやったのか、変装なのか素顔なのか、その見た目は十代後半から二十代の若い女性で、とても孫のいるような年に見えない。

「俺が物心ついた頃から、こんな見た目でしたよ」

白猫ははじめて一般的なお祖母さんを見た時の衝撃を思い出す。今の巴のように、現実を疑ったものだ。それに……。


「祖母も俺もこんな変わった見た目だから、忍びの術を身につけるまでは、ばけものと罵られて育ちました」


祖母を凝視していた巴は真面目な表情で白猫に向き直る。

「忍びになってからも、俺の腕を買ってくれても見た目は不気味だ、恐ろしいと言う輩ばかり……一部特殊はいたけれど」

言いながら、今回のことに巻き込んだ若君を思い出す。それに……。

「私は美しいと思ったぞ?月の光に照らされて輝く、まるで月下美人のようだった」

この目の前の人物は他とは違った感想を言うのだ。

「……なぜそこまで、俺を?」

「お前と同じで、私も人が信じられない」

若くして、しかも女の身で当主となり、騙され、裏切られ……巴の過去は前の任務で調査済だ。彼女が人間不信になるのも無理はない。

「特に忍びは信用できない。真実の姿が見えないからな。お前のことを鈴久殿に薦められても雇う気になれなかった」

「では、なぜあの夜、俺に任務を与えた?」

「お前が同じ目をしていたからだ……誰も信じられない、寂しい目……」

白猫は巴の言葉に耳を疑う。


ーー寂しい?俺が?そんなことはない……俺には祖母や拓馬がいる。でも、彼等がいなくなったら、誰も俺のことを見てくれない……そうなったら……?


巴は優しく微笑んで白猫に手を差し出す。

「私の忍びになってくれ、白猫」





『ーーずっと思ってたんだけど、やっぱり忍びは主がいた方が良い仕事ができるよ?信じられるものというか、守るべきものというか……。君は良い子だし僕の忍びになってほしいくらいだけど、日景がいるしね。君はぜひ旭川の忍びになって、八重殿や雅殿、巴殿を守ってあげてよ


……君のために』



鈴久からの手紙を思い出している内に、気がつけば白猫はその手を握っていた。





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