日沖
「あらためて紹介しよう。お前の婚約者、旭川雅殿だ」
利春と共に部屋で待っていた雅は、当主から紹介され、にこりと笑みを浮かべた。
「こんにちは」
微笑みかけられた八重は頬を真っ赤に染めながら、慌てて頭を下げる。恋する乙女は素直に可愛らしい。
「ご苦労だったな、雅」
一方のあまり可愛くない方の乙女は、にやりと笑って雅の隣に腰かける。八重はその様子を、不思議そうに目で追っていた。
「そちらこそ。お疲れ様でした、姉上」
「……あ……ね?」
巴と雅のやりとりで驚き、動揺しているのは八重だけだ。やはり利春とあの人は知っていたのだ。
「身分を偽り、失礼した。この度、和倉と同盟を結ぶことになった、旭川巴と申す。よろしくな、義妹よ」
このしたり顔の小姑に遊ばれ続けるのだろうな……。
白猫は八重の結婚後を思い、少し同情してしまうのだった。
常光、巴が当然のことながら八重の護衛を辞めることになり、成明と白猫、応援で来る利春の護衛の一部が姫を警護することになった。任務を終えたはずの白猫だが、再び巴から嫁(仮)を守るように命じられたので、引き続き護衛をしている。正式な結婚はまだだが、八重は先に旭川に移ることが決まっているので、それもこれも後数日の話だ。
「姫が元気になって良かったな」
護衛の休憩時間、白猫は成明に誘われて町外れの茶屋に来ていた。
「そうですね。まだ気がかりはあるでしょうが、以前と比べればお元気そうです」
成明とこうして二人きりになるのは久し振りだ。彼の正体を確信してから、白猫が勧んで彼に近づこうと思わなかったからだ。だが、こうして連れ出されるということは、彼から本当のことを聞けるのかもしれない。
「永本一派の他は大した動きを見せないようだし、護衛は必要ないかもね」
「……もう“国”に帰るつもりですか?……日景さん」
白猫が問いかけるとは成明はふっと笑みを浮かべ、ガラリと雰囲気を変えた。
「剣術大会では悪かったな。一度本気のお前と戦ってみたかったんだ」
穏やかな成明とは違うその鋭い目付きは、以前の仕事先で見たものだった。
青年の名は日景。旭川と肩を並べる大国・日沖に仕える忍びだ。
「それと、鈴様が拗ねていらしたぞ。子猫に冷たくあしらわれた、と」
「よくおっしゃる。こうなることを予測した上で、旭川に潜入させたくせに」
そう、旭川の調査を依頼したのは他ならぬ彼の主。日沖の若君、鈴久なのだ。報告が簡単なもので、しかも直接伝えなかったことの嫌みを言われるが、そもそも和倉と共に同盟を結ぼうとしていたのだから、既に自国の忍びで調査を済ませていたのだ。それなのに、わざわざ白猫を雇ったのは……。
「俺をこの騒動に巻き込みたかったんでしょ?」
「ははっ!鈴様はお前のことを大層お気に召したらしい」
白猫が内心げんなりして言うと、日景は声を上げて笑った。
「さて、そんな鈴様から文を預かっている」
日景はそう言って、髪紐をほどき、仕込んでいた手紙を白猫へ差し出した。
「とりあえず、姫の引っ越しまでは成明でいる。旭川入りの時は鈴様もいらっしゃるしな」
日景は用を済ませると髪を結び直し、成明の顔に戻ると、先に城へ戻っていった。
白猫は日景の姿が見えなくなると、深く溜め息を吐いて頭を抱えた。
ーー結局、今回は日沖鈴久の掌の上で踊っていたわけだ。




