真相
一連の騒動の主犯は古くから和倉に仕える永本家だった。
常光とその父は、元々姫が他国に嫁ぐということを良くは思っていなかったものの、利春の決断とその覚悟に従うつもりだった。乱世を終らせるために動くのだ、と。しかし、結婚相手を知った永本は疑念を抱いた。
ーーこれは国のためではなく、ただ姫のためだけの縁談ではないのか?
「姫のお相手は初恋の方……旭川雅殿だった。殿は姫の想いを叶えるために、国を危険にさらすのかと思った」
捕らえられた常光は、拓馬と白猫の尋問に素直に応じていた。別室ではそれぞれ尋問が行われている。捕らえられた時の彼らはすでに覚悟はできていたようで、堂々とした様子だった。永年仕えた和倉に異を唱え、姫に危害を加えるのだから当然か。
「それで、姫を病に臥せさせて縁談を破談……もしくは延期にするつもりだった?」
「そうだ!その間に殿を説得して、考えを改めさせたかった!」
永本の縁者だった侍女に持たせた菓子や、花見で盛ろうとした薬紙の毒は、死に至るほどではないが、頭痛や吐き気、手足の痺れなど病と同じ症状を与えるものだった。白猫の問いに、常光は拳を強く握り締めた。
「殿は……殿はおっしゃった。『同じ志を持つ大国と同盟を結び、戦の世を終らせる』……それなのに、相手が姫の想い人だなんて……!」
「だから利春様は結婚相手を教えなかったんだよ」
拳を床に叩き付ける常光を見下ろしながら、拓馬は冷たく言い放つ。
「つね……なんで利春様を信じられないの?なんでたまたま同志が旭川だったと思わないの?なんでこの同盟の婚礼に旭川雅殿が適任だったと思わないの?」
常光ははっと拓馬を見上げる。
ーーそうだ、何故自分は思い込んでしまったのだろう?
今更ながら、そのことに気付いたという顔だった。
「そうやってただ姫の想い人だという事実だけで、全てを疑われるかもしれない……だから利春様は一部の家臣にしか相手を告げなかった。家臣を信じられなかったのは、利春様も同じだ。でも……誰がそうさせたの?」
返す言葉のない常光は、口を固く結び、拓馬から目を反らした。
「平和は誰もが願ってる。でもこんな世で、自分さえ、自国さえ良ければいいわけないと利春様はずっと思っていた。……和倉は全ての国ための決断をしたんだよ、つね」
当主を信じた拓馬と、信じきれなかった常光。国を護りたい気持ちは同じでも、裏切った形になる常光は、堂々としている拓馬を直視することができなかった。
花見での騒動の翌日、白猫は護衛として、巴、成明と共に当主から呼び出された八重について謁見の間に向かっていた。
あの後、すぐに八重は城に戻され、部屋から出ることを禁じられていた。家臣に狙われた驚きと悲しみ、思いもよらぬ初恋の相手との再会による混乱、状況がわからないまま閉じ込められ、相当疲れているように見える。
「大丈夫ですか、姫様?」
「……はい。巴雅殿達こそ疲れているでしょう……苦労をかけます」
八重の様子を案じた巴が微笑みかけると、彼女も笑みを返した。
「私などより、あの大活躍だった侍女を労ってやってください」
この破天荒主は……ここでそのことに触れないでほしい。
「そうですね。でも、あれから一度も見かけなくて……彼女を見かけたら、私の所に連れてきてください」
「はい」と返す巴は笑いを堪えながら、ちらりと白猫に視線を送る。頭を抱える白猫を面白がっている。
護衛の数を減らし、動きやすい状況を作り、なおかつすぐに動けるようにするには、油断される姿で近づくしかなかった。
事前にその事を伝えているのに、からかってくるとは……面倒な主だ。
「さあ、おしゃべりはその辺で。殿のお部屋に着きましたよ」
話題を変えようと思っていた矢先に、先頭を歩いた成明が告げる。
部屋の中で待っているのは利春と、おそらくあの人……。白猫はまた厄介なことになりそうな予感に、心の中で溜め息を吐いたのだった。




