桜の下で〈後編〉
「何事だ!?」
会場は騒然となり、八重の席に注目が集まった。呆然とする八重は、かばうように巴雅が腕に抱き寄せている。
「娘!その者がいかがした?」
「この方が姫様のお食事に一服盛ろうとされていたので、取り押さえました」
駆けつけた家臣達に対して侍女は冷静に言うと、押さえつけている男の髪を掴み、皆に顔を見せつけた。
「なっ……!?」
「ーー常光殿……」
それは、和倉家臣の中でも重鎮の家の嫡子、この宴席では八重の護衛の一人でもある、永本常光だった。
「放せ、無礼者!私は姫の御膳に近づく者がないか、見張っていただけだ!」
「では、あなたが懐から取り出されたこの薬紙の中身……飲まれますか?」
抵抗していた常光は、侍女が一緒に押さえた証拠を提示され、ぐっと押し黙る。それを見て、あっけにとられていた家臣達ははっと我に還り、侍女を退かせ、常光を両腕を押さえながら起き上がらせた。
「常光殿……どうして?」
八重が震える体を必死に抑えて尋ねる。それに気づいた巴雅は腕の力を強くする。
「……あなたがいけないのです。殿も……国のことを考えない和倉が悪いんだ!」
常光は声を荒げると、拘束を振り払い、短刀を抜いた。
咄嗟に動いたのは四人ーー
巴雅は八重を抱えたまま刀を抜き、成明は常光の背後に回り刀を突き付け、侍女が常光が短刀を持つ手を掴む。
そして、もう一人……舞台にいたはずの舞い手が八重に背を向け、護るようにして立っている。
「この女……!」
「動くな」
常光は侍女を振り払おうとすると、すかさず成明が切っ先を背中に当てた。しかし、常光はかまうことなく、侍女の手首を掴む。
「この短刀で自分を刺すつもりでしょう?」
「!」
その言葉で常光の動きが止まる。
「あなたに姫を殺す気はない。先日の毒は、死に至るものではなかった。それに、あなたは護衛として姫の最も近いところにいた。もっと簡単に、早く殺すこともできたはずなのに、それをしなかった」
淡々と述べるこの侍女は何者だ?常光はあらためて、女をまじまじと見つめた。
そして、そのまっすぐな瞳と面影で、ようやくそれに思い至る。
「……“しろ”?」
「……あなたはただ、姫の結婚を考え直してほしかった。当主がただ娘を思って、今回の結婚話を持ち上げたと思ったから……なにせ、その相手が……」
「あの……あなたは?」
八重は目の前に立つ人物に声をかける。背格好からして、少年であろう、その舞い手はくるりと振り替えって面を外した。
その顔を見て、一目でわかる。成長したが、あの時の面影はしっかりと残し、優しい笑みを浮かべる彼はーー
「お久しぶりです、姫様。私は旭川雅と申します。覚えておいででしょうか?」
あの日と同じ桜の下で、八重は再び彼と会えたのだった。




