姫君の恋
「八重様の様子がおかしい……」
そう声をかけてきたのは、同僚となった成明だ。
あれから成明は、ことあるごとに白猫にかまうようになった。それを見かける度に拓馬が頬を膨らませるのが目につく。仕事でなければ、間に割り込んでくるのだろうな。面倒な奴。
まあ、それはともかく……。
「姫様がですか?今朝もいつも通りの笑顔で挨拶してくださいましたよ」
「いや、そうではなく……なんだろうな?ある人物の近くにいたら、挙動不審になっているような……」
「……巴雅殿のことですか?」
八重との対面後、巴はとにかく彼女に対して甘い態度で接し、紳士的に振る舞う。あんなにあからさまな軟派をされたら、誰でも動揺するだろう。
「姫様を惑わさぬよう、太助からも言ってくれるかい?」
「効果はないと思いますが……」
今のところ、彼女が白猫の言うことを聞いた試しがない。
「それにしても、太助はモテるね。巴雅殿や拓馬殿、姫様まで君がお気に入りみたいだし、奉公人も君を見かける度に声をかける」
「皆さん、よくしてくださいます」
巴はからかっているだけだし、八重姫は平民上がりの太助を気にかけてくれている。奉公人達は仲間意識を持ってくれていて、拓馬はただのアホだ。ここ数日、周りにかまわれすぎて心中穏やかでない。
「本当に、平和だ。護衛の意味がないくらいね」
「このままご当主様の杞憂に終われば良いのですが……」
「そうもいかないのが、世の常だね」
そう言った成明は、やはり感情の読めない笑みを浮かべていた。
そうこうしている内に、花見の席が近づく。桜は次々に開花し、見頃を迎えている。
八重はこの宴席が済み次第、輿入れすることになっていた。誰の元に嫁ぐのか、当主はまだ公表していない。家臣の中でも一部の重臣しか知らされず、本人でさえ相手がわからないのだと言う。拓馬は知っているかもしれないが、そう簡単に吐く奴ではない。こちらが忍びであるとわかっているので、余計に教えることはないだろう。ふざけているように見えて、真面目で忠義に篤い。
そんな誰かもわからない人に嫁ぐことになり、さぞ悩んでいるだろう姫君は、実は別のことで悩んでいた。
「どうしましょう、太助。巴雅殿の近くにいると、なんだかドキドキしてしまうの」
何やってんだ、旭川当主!とういうか、同性!
白猫は心から叫びたいのを我慢した。
「……なぜですか?」
幸い、今この八重の部屋で傍にいるのは白猫だけだ。冷静を装い、探りを入れる。
「はじめてお会いした時から、初恋の方に似ていると思っていて……」
だから八重は、あの時驚いていたのか。
「今頃、巴雅殿のような素敵な方に成長されているかと思うと、あの頃の気持ちを思い出してしまって」
良かった、ドキドキの相手は初恋の君だ。
しかし、巴はどういうつもりなのだ?もしや、八重を自分の虜にして、和倉の縁談を壊すつもりか?
……あの破天荒な主ならあり得そうだ。
「その初恋の方は、どちらの?」
一人納得して、白猫は八重に話を促す。
「わからないわ。私が小さい頃、花見にいらした他国の方なのは確かだけれど……私と同じくらいの年だったわ」
「その方が今、目の前に現れたらどうされますか?」
八重はきょとんとした顔をして、一瞬どういうことかわからなかったようだが、次第に顔を赤くしていく。
「その質問、すごく意地悪だわ」
そう言ってそっぽ向いた八重に、白猫は「かわいい」と素直に思った。同時に、不憫に思う。忍びに感情移入はご法度だが、見知らぬ相手に嫁ぎ、戦の火種になるかもしれない八重に同情してしまうのだ。
せめて、その初恋の思い出を糧に、これから襲い来る災厄に立ち向かってほしい。
「失礼いたします、姫様」
ちょうど良い時に、侍女が入ってくる。
「お茶にされませんか?おいしいお菓子をいただきましたので」
言いながら、侍女は八重の元へお盆に乗せた茶と菓子を運ぶ。
「ありがとう。太助も一緒に食べましょう?」
「……そうさせていただきます」
白猫は八重の元へ置かれる前に、盆から菓子を取り上げる。侍女は眉をひそめて白猫を見た。
「なんて行儀の悪い!」
「姫様、できればこの菓子全ていただけませんか?」
「えっ……?いいけれど、なぜ?」
「それは後程。侍女殿、お話がございます。一緒に来ていただきます」
白猫は侍女の腕を掴み、引きずるように部屋から連れ出した。
ーー菓子には毒が仕込んであったのだ。




