白猫と女武将
世は、数多の国が覇権を争い、戦の絶えぬ時代。
一時はその国や集落の数がゆうに百を越えていたことから、争いが始まった頃から終息した年までのことを後に『千国時代』と呼ぶことになる。
旭川は、その時代にあって最も勢いのある国の一つである。
とある国の当主から依頼を受け、白猫は旭川に潜入していた。
主を持たぬ忍びながら、その迅速で正確な仕事ぶりで生活に困ることはない。今回もさっさと任務を終えて、しばらくのんびりとするつもりだった。
白猫は怨めしそうに、自分を組み敷く者を見上げた。
「貴様が噂に聞く忍びか。なるほど、見事な白髪だ」
白猫の名前の由来はその容姿にある。生まれつき色を持たないその髪は、月に照らされきらきらと輝く。肌も陶磁器のように白く、軽やかな身のこなしで夜を駆ける姿は、まさに白猫というわけだ。
潜入のために変装していた奉公人用のかつらや化粧は、今は全て剥がされ、白猫はこの任務の失敗を確信した。
忍びの任務失敗、それは死を意味する……。
「……死を覚悟したか」
そう言って白猫の上から降りた人物はふっと笑みを浮かべる。
普段、猛者たちを統べる精悍な武将が、今は慈愛に満ちた目で白猫を見つめる。
「私の影にならないか?」
彼女の名は、巴。
後に白猫が生涯の忠誠を誓うことになる人物である。