重見天日
透に向かってくるそれは、鋭い牙をもっていた。あれを受ければきっと、死んでしまうだろう。だからこそ、師匠を守るために命を捧げてやろう。それで満足してくれるとは思っていないけど。
狼たちは透の目の前に、すぐそこに迫りそして―――
「ギャンッ」
苦しそうな声を上げた。そこには、烏丸師匠の式神がいた。
『大丈夫ですか』
それは烏丸師匠と同じ声で透に話しかけてきた。しかしすぐに消えてしまった。もともと師匠の力が弱まっていたのだから仕方がないが。
透は何か違和感、のようなものを覚えた。
―――前にもこんなことが……いつ?
その瞬間、透の小さいころの記憶が思い出された。とても小さく、自分の身すら守れない時の、自分。そんな私を襲おうとしていた妖怪から救ってくれた人がいた。いや、人じゃなかった。
とてもきれいな女の人で、確か名前は――――――
「よ、う……姫?」
透がそう声を発すると、北山が素早く反応してきた。
「擁姫だと?お前、姫様を知ってるのか?」
北山が探していた姫様。それが彼女だというのか?
『私は、故郷に大事なモノを置いてきてしまった』
『帰らなければ、ならぬところがあるのです』
『私の身体は、もう持ちません』
『透、頼みごとがあるのです。どうか―――』
透は彼女が言った言葉を思い出した。それと同時に、自分のするべきことも分かった。擁姫が何をしたかったのかも。
「我、その体支配するものなり。しばしその力、解放せん」
透はそう詠唱し、北山を見据えた。
―――お願い、成功して!
透は祈るような気持ちで北山を見つめる。しばらくすると、その視界は光で霞んできた。その光は透の身体から発せられていた。
「な、に」
北山はまぶしさに顔をゆがませた。師匠は辛そうながらもその顔には笑みが浮かんでいた。
『若き私の故郷の者、よくぞここまで来てくれましたね』
その声は透の口から発せられていたが、まがいもなく擁姫のものだった。
「姫さ…ま?」
北山は信じられないと言わんばかりに透を、透の中の擁姫を見つめていた。
『彼らに手を出すことは、私が許しません』
「しかし姫様―――」
『許しません。私がこうしてあなたと話すことができるのも、彼らのおかげです』
北山は何か言いたそうにしていたが、口を開かなかった。
『時間がありません。手短に話します。枯れた森のことですが、山の中腹の泉の札がはがれかかっているようです。きちんとはりなおしてください。山はもとに戻るでしょう。長い時間はかかりますが』
『以上です。故郷に戻れないのは残念ですが、それも運命というものです』
「姫様!何故そんなお姿なのですか!?やはりコイツに何かされたのでしょう?」
北山はしびれを切らしたように叫び、師匠を指差した。
「俺は、俺は見ていました!2年前、姫様がこの男に攻撃され、姿を消されたところを!」