満身創痍
師匠が怪我をして、立ち上がれないのなら。
立ち上がるために、人の手が必要ならば。
私がその手を取ってあげる。
あの時、私はその手に救われたのだから。
「透っ!!」
学校の屋上だった。私は師匠の家に住み始めて、少し気持ちが落ち着いていた頃だった。
『お前、親に捨てられたんだろ』
『親不孝の嘘つきだから』
『変なおっさんと暮らしてるって』
『やだ、それって犯罪?』
私は思った。
あぁ、何も変わらないのだ
たとえ自分と同じ人間を見つけても、拒絶されない家に帰ることができても、他人からの目は、視線は、何も変わらない。それどころか、今までよりも罵られる。
何も変わらない。私が必要ない存在だということは、まぎれもない事実だったのだ。
私は授業中でさえも考えた。
自分という存在を。
そして私は走り出していた。
上へ、屋上へ。
階段をたくさん上って、ふいに視界が開けた。
吸い込まれそうなほど空は青くて、そこに浮かぶ雲は、やっぱり孤独だった。
周りに同じものが、どれだけあろうとも、自分の周りだけはどうしても青い。
どうしても相容れない。
それでも私が雲だったなら、どうなっていただろう。
誰からも干渉されず、罵られず、ただ淡々と浮いているだけ。
どうして私は、こんな世界に生まれたのだろう。
どうして私は、人間なのだろう。
そうか、私は―――
生まれた意味がない。だけど、死ぬ意味もないのだ。ただここに存在して、時間に揺られながら死に向かって歩く。そんなだからきっと、神が私に罰を下した。自分じゃ何もできないくせに、神からの救いの手には気づく素振りも見せず、ただフラフラと歩いて、神は自分を見捨てたと逆恨みして。
救いの手は、あったのに。
友達のいなかった私。
一人で泣いてい私に、近づいて来てくれたのは妖怪たちだった。
それを拒絶したのは私だ。自業、自得。
「ハハ、バカみたい」
すべてを悟ったうえで、自らの過ちを後悔し、そのことを自嘲する。
今更、気づいたところで
もう遅いのだ。
あぁ、生まれ変わったら、もっといい人生を歩めるだろうか。
屋上の手すりから下をのぞきこみながら思った。
でも、4階建ての屋上から飛び降りても、死ねないか
私は踵を返した。今までの自分の行動が馬鹿らしく思えて、仕方なかった。
「透っ!!」
私はびっくりした。学校で名前を呼んでくれる人なんていなかったからだ。
しかし私は、その声の主をみて納得。
―――烏丸師匠なら、有り得るか
きっと授業中に、尋常でない様子で私が教室を飛び出したものだから、先生が連絡でもしたのだろう。でも、嬉しかった。烏丸師匠は私を見て、私を認めて、私と生きてくれるのだ。そしてきっと―――
私が死んだら、悲しんでくれるだろう
私はそのことを考えると、少しだけ、ほんの少しだけ嬉しくなった。