幽愁暗恨
「……し、しょ…?」
透の声は何もない部屋に響いた。いや、
―――何か、ある
透は目を閉じ、神経を集中させる。
―――この部屋の…この部屋の空間が歪んでる
その“歪み”に近づく。ちょうど部屋の真ん中あたりに、透は手を伸ばした。刹那、そこの空間が開けた。その中に透は手から引きづりこまれた。
「…ったぁ」
透は激しい頭痛に顔をしかめた。しかし、その頭痛もすぐに和らぎ、透はゆっくりとあたりを見回した。そこは居間だった。だが、そこには色も音もない、ただの空間だった。そこには―――
「師匠っ!!」
苦しそうに倒れこむ師匠と、真白な羽をもつ北山がいた。
透は師匠に駆け寄り、北山と対峙する。だがしかし、今の透には何もできない。
「どいてくれ、透。俺はそいつを殺さなければならない」
北山は、いつになく冷たい声で言った。だけど透には、恐ろしく感じられなかった。
「どかない。師匠を傷つけることは、私が許さない」
透は北山を睨み付けた。しばらく見つめあった後、北山は「仕方ない」と言って手を振りかざした。それと同時に、彼の両脇から2匹の狼の精霊が現れた。
「雪、光、殺れ」
北山が言い放ったと同時に、2匹の狼がこちらに向かってきた。透にはそれを止める術がなかった。この、北山の作り出した異空間の中では、使えるものが何も無い。
透はただ2匹の狼を睨み付けていた。師匠を守るには、自分の体を犠牲にするしかない。
師匠だけは守らなければならない。
だって師匠は、私を暗闇から救ってくれた人なのだから。
私は師匠の前に立つ。
「透っ!!どけっ」
師匠は怒鳴るように言った。しかし私はどくつもりはない。
2匹の狼は私目がけて突っ込んでくる。私はギュッと目を瞑った。
―――来る!
「―――…雪、光、止まれ」
北山はそう言い、狼は私の目の前で止まった。そして北山のもとへ戻った。
私にはわからなかった。北山は何故狼を止めたのだろうか―――?
「透、お願いだからそこをどいてくれないか。アンタを傷つけたくない」
北山は優しい口調で言った。しかし私は首を振った。
「師匠は絶対に傷つけさせない」
「……傷つけたくなかったのに……」
北山がそう言うと同時に、また2匹の狼はこちらに向かってきた。
今度こそ私は覚悟した。自分は死んでも良いとさえ思った。
私は、本当は、
一度あそこで死んでいたのだから