背信棄義
「オー、アンタん家ってスッゲー気が満ちてんな」
北山がやや興奮気味に言った。強力な妖気や霊気は、妖怪たちにとってはある種の栄養のようなものなのだそうだ。その所為か、家にはよく妖怪が集まってくる。まぁ、その結果として広い家が窮屈に感じるくらい妖怪が住み着いているのである。
『おい、透が男を連れてきたぞ』
『あぁ、しかもあれ天狗じゃないか』
『あの妖怪嫌いの透がね』
『見た目に騙されたんじゃないか』
家に住み着いている妖怪たちがひそひそと話し始める。
「―――黙っていればあんた達…言いたい放題言ってくれちゃってるのねぇ………」
妖怪よりも恐ろしい今の私の殺気を感じて、妖怪たちは言い訳を始めた。
「あ、と、透。聞いてたの…」
「別に馬鹿にしてたとかそんなんじゃ………」
だが先程よりも殺気が強くなった私を前にして、妖怪たちは逃げて行ってしまった。
「ふん、妖怪のくせに弱いんだから」
その時北山は心の中で「ぜってー逆らわないようにしよう」と深く誓いを立てたのだった。
「師匠、ただいま」
「お邪魔しまーす」
二人が玄関のドアを開けてそう言ったが、返事はなかった。
「師匠――――?」
私は何だか胸騒ぎがした。師匠は基本グータラで、自分じゃ何もできなくて、だから仕事の時以外はいつも家にいる。そして私が「ただいま」と言えば「お帰り」と返してくれる。
「師匠!?」
私は急いで靴を脱ぎ、居間に向かう。北山はそんな私の様子に気づいて、無言で着いてきた。
「師匠!?」
バンッと襖を開け、中の様子を探る。すると―――
「なんだぁ?騒々しい。こちとら仕事疲れで眠いっての」
いつもと変わらない師匠がいた。座布団を枕にし、昼寝中の師匠が。私が安心して一息つくと、師匠は北山の方を見た。
「おや、お客さん。――天狗か。何でここに居る?」
怪訝そうな顔をした師匠。透は何だか違和感を覚えた。
―――あんなに妖怪好きの師匠が……
そう、妖怪好きの師匠が、何故そんな嫌そうな顔をするのだろうか。だが透にとっては悪くない話だ。極度の妖怪好きが治ったのならそれはそれで満足だ。ただ――――
そう思いかけて、でも面倒くさいので気にしないことにした。
「私、着替えてくるから」
私はそう言って、北山の紹介などもせずに自分の部屋に向かった。透は気づかなかった。師匠がとても辛そうにしていたこと。北山が師匠を睨み付けていたこと。そして、自分の首筋に変な痣が出来ていたこと。
透が着替えて居間に戻ると、そこには誰もいなかった。